環境 気候変動・記録的高温

今の気候をめぐる議論の中には気候変動による人間の死が欠落
不要な高排出活動の即刻停止を

ジュディス・ドイチュ

見過ごされる温暖化による死

 気候変動で今どれほどの人が死んでいるのだろうか? 気候変動はどのように死を引き起こすのだろうか? そして化石燃料、気候変動、死者数について、何か混同、ごまかし、抜かれたものは何だろうか?
 米国では、気候関連の死は熱関連として狭く分類されている。それゆえ、この疑問に対する単純なグーグル検索は2022年に対して106人を示す。しかしながら、マラリア、デング熱、ジカ熱のような、熱を原因に急増する媒介生物由来の疾病もまた、年に70万人の死の原因になっている。
 ジョージ・モンビット(英国のライターで環境運動を推進:訳者)は、サトウキビやパームヤシのプランテーションからのバイオ燃料(石炭に代わるものとして)のためにインドネシアの熱帯林を燃やすことが、あり得ることとして1万5千人の幼児死亡に導く大気汚染を引き起こした、と書いた。そして、化石燃料を求める米国の石油戦争と国連イラク石油・食糧交換計画は、5百万人と見積もられた子どもを含んで、何百万人もの死に導いた。
 ガーディアン紙は2021年に、異常な高温は年に5百万人を殺す、そして死は上昇中、と報じた。報道の正確さと評価の難しさに関する問題もある。世界死者数データベースは、2015年のエジプトの熱波における死者数は報告された61人ではなく、2万人だった、また2022年に、欧州の熱波は6万1600人以上を死に追いやった、と見出した。20年前、夏の熱波を原因に、欧州では7万1000人の過剰死が記録された。しかしこれでも、どんな原理的な変革を動き出させるにも十分ではなかった。
 2023年7月13日、ジェイムズ・ハンセン(世界でも著名な気候学者:訳者)は、地球は世界気候の新しい未知の領域に向かいつつある、そしてそこでは、「異常な湿度が異常な高熱よりも重要になる」、と書いた。これが地上レベルの湿度と人間の命にどう作用するかははっきりしていない。ハンセンが書いていることは、「より高い絶対湿度と湿った対流のより深い浸透は、激しい雷雨の中で見出されるような降雨の比率がより大きくなることに導く」ということだ。
 ニュースの中でほとんどふれられないことは、ウェットバルブ条件が原因の不可避的で予防不可能な死だ。その条件は、ウェットバルブ温度(訳注)が35度Cで、相対湿度が95%以上、温度が最低31・1度C(88度F)以上の時に起きる。ウェットバルブ温度が35度Cに達すると、人間が自らを冷やして身体内部の熱を取ることが困難になる閾値(しきいち)を超える。
 しかし研究は、ウェットバルブ温度が35度C以下でも致命的になり得ることを示している。それは2010年の場合であり、その時ロシアは死を呼ぶ熱波を経験したが、ウェットバルブ温度は28度Cを超えていなかった。イランでは、「今週熱と湿度の組み合わせがペルシャ湾国際空港で、90度F以上の露点を伴って、熱指標を152度Fまで押し上げた」。それは、人間が生き延びることができることの限界に近い。しかし死者に関する情報は皆無だ。

人間と環境への温暖化の影響


 コフィ・アナンの下の世界人道フォーラムは、2007年から、スイス連邦外務局が上記機関は債務過剰、活動停止が必要、と報告した2010年までしか続かなかった。しかしそれは2009年のコペンハーゲン気候会議に対し、これは気候変動による人間への影響に取り組む始まりにすぎないと述べる、「人間影響報告:気候変動」を提出した。同報告は、1991年以来では発展途上諸国は死者の99%を経験した、そして、産業革命以前レベルより約2・7度Cの温暖化という結果になると想定される現在の世界の政策に関しては、「損失と損害」に取り組む緊急の必要がある、と評価した。
 「2020年に近づくまでにわれわれが現在の傾向を逆転しないならば、しかしながらわれわれは失敗しているかもしれない。地球温暖化は、広く認識された2度という危険レベルを超えるだろう。排出削減とその温暖化作用の停止の間には、約20年のタイムラグがあるからだ」と。
 以下は、炭素予算の考えから消されている多くの事実のひとつだ。2009年当時その報告は、基本的には栄養不足、下痢、マラリア、さらに気候変動によってもたらされる気象関連災害が原因で、気候変動に起因して年に31万5千人が亡くなる、と示した。それは、女性が世界の貧困の3分の2を占めると報告し、気候変動とその結末に十分に気づいている現場の貧しく教育を受けていない多くの人々を引き合いに出した。
 この報告を読み、サラ・フランダース(米国のライター:訳者)が報告したようなコペンハーゲン2009の失敗を思い起こすことには、十分な時間を割く価値がある。サラは「百人以上の国家首脳を含んだ192ヵ国からの1万5千人の参加者、および街頭の10万人のデモとの関係では、次のことを問うことが重要だ。地球上のCO2と他の有害廃棄物による最悪の汚染者があらゆる会合と提案された制限の焦点ではないことがどうして可能なのか、と。……ペンタゴンはあらゆる国際的気候協定で全面的な除外を確保している」と報告したのだ(注1)。この除外は2015年のパリCOP会合でもそのまま維持された。

死者数で気候変動を計測すれば


 気候変動のコストが貨幣ではなく人間の命という観点で計測されたならば、そして数学、測定、統計、計算方法、検索エンジンなどのツールの利用が温度と温室効果ガス(GHG)濃度の各々の上昇が引き起こす死を決定できるとすれば、どうなるだろうか? たとえば人びとは、大西洋横断飛行のコストがどれほどの死になるかを見出すことができるだろう(航空運輸は京都議定書では除外されている)。NATOの「使命」や戦争の冒険はどれほどの死を犠牲にし(京都議定書では軍事も除外)、鋼鉄の海上輸送やオレンジの輸送はどれほどの死を引き起こしているだろうか(京都では海上輸送も除外)? あるいは肉食とそれに関連するメタン、森林伐採、輸送からの排出はどうだろうか? 電動自動車や電子部品向けのコバルト採掘はどれほどの死を代償にしているのだろうか? 米国、ベルギー、中国のコンゴ内鉱山に関して、先頃の著作でこのショッキングな報告を知ることができる。
 人間の死が真剣に、また中心的に考えられる時どうなるだろうか?
 新型コロナ感染初期に際しては、思い切った諸方策が実施された。つまり、製薬研究への投資、不可欠ではない生産や国際航空輸送の停止、債務返済の停止などだ。しかしその後すぐ、徹底的で不可解な緩和と逆戻りが起きた。パンデミックが始まって以来、「不平等が4秒ごとにひとりの死に力を貸している中で、26時間毎に新たな億万長者が送り出されてきた」。
 有名なホッケースティックカーブ(地球大気平均気温の経年変化から地球温暖化を歴然と示すとして提示された曲線だが、温暖化懐疑論者からねつ造として攻撃も受けた:訳者)は、1800年頃の産業革命開始以後の徐々に進む上昇、そしてその後の急勾配、1990年からの突然の上昇を描いている。そしてそのグラフはまた、森林、珊瑚礁、湿地、鳥類、昆虫、さらに哺乳動物の消失を明確に示すためにも利用可能だ。
 しかしながら、人間の死に関するグラフは皆無だ。図象的な気候変動のイメージは、消えゆく熊、あるいは全体としてのエコシステム(珊瑚礁など)、あるいはたまに消えゆく伝統的な諸社会というものだ。気候変動の惨事は、「われわれが知っているものとしての文明の終わり」のような抽象として描かれている。
 戦争の「コスト」あるいは気候変動のコストを貨幣化することは、人類全体の死を明らかにはしようとしない。しかしその死を、多くの人は分かっていて、またそれを深く感じている――そして疑いなくその原因も分かっている――。
 ダニエル・エルズバーグ(経済学者、核戦略研究者、平和運動家:訳者)は、彼がインタビューした軍や政府の人びとが示した、無頓着ないい加減さ――核兵器の使用が引き起こす途方もないあり得る死に関するかれらの無関心――について彼自身のショックと容易には信じられない感覚を表現している。

気候システム崩壊の危険が問題


 気候システムそれ自身に関し基本的な鍵になる事実とは何だろうか? ジェイムズ・ハンセンは、古気候記録に基づいて、大気中CO2濃度は350PPMが地球上で氷が形成される転換点だった、そして大気中の追加的なGHGは地球の氷すべての融解を引き起こすだろう、と見出した。変化率は、プラスとマイナスのフィードバックで、また大気への追加的CO2の追加率で決定される。現時点で、恒常的な上昇率には前例がなく、地球のすべての氷が溶けるまでどれだけかかるかを予測するのを難しくしている。人間は氷皆無の条件ではまったく生きていなかった。
 産業革命以前全体のCO2濃度はおよそ275PPMだった。2023年5月、CO2の月平均レベルは424PPMだった(注2)。それは、事実上550PPM相当まで温暖化効果をかなり上昇させる他のGHG(水蒸気、メタン、酸化窒素)を含んでいない。
 決定要因で鍵になるのはプラスのフィードバックがもつ効力の高まり、そして森林と土壌による吸収を通してCO2濃度を引き下げる地球の能力の劣化(森林では、山火事や伐採、土壌では、表土喪失、乾燥、不毛化)だ。人間が生産するCO2の各追加的増大は、二次的にフィードバック効果を増幅する。おそらくそこで比較になるのは、公衆衛生システムに対する新型コロナ感染の影響だ。そこでは、二次的効果の数珠つなぎが、全般的なシステム崩壊と死を引き起こしている。
 気候の解決策に関する多くの現在の予測は、混乱させるものであり、詐欺行為になっている。つまり、「ネットゼロ」に達するための基礎線と目標期限は恣意的であり、国毎に一貫性がない。上記で説明されたように、人間のつくるCO2のどんな量がどれほどのフィードバックを生み出すことになるのかが予測不可能なのだ。さらに、地球表面の平均温度で気候変動を表すことは、地域的な違いを対照すること(つまり、熱帯と極地域間の差違を低めて)、海洋の各層と循環の交互作用(地域的、半球的、また地球的循環、塩水と淡水の層化)、大気循環の作用(つまり、対流圏と成層圏に対する気候の作用)、大地表面と海表面の温度差、これらに含まれたはるかにもっと重要かつ複雑な影響を、大きな程度で過剰に単純化している。
 公正な解決策と持続可能性を求める要求は決定的だ。しかしそれらは、遅れや注意散漫や欺瞞によって組み込まれた急を要する人間の命の非常事態をそれだけでは反映していない。最も微少な努力ですらも、しばしば事後点検として浪費され、試験的構想として扱われている。直接の排出削減は、再生可能エネルギーへの転換や化石燃料を地下に残すことを必要としない。つまり、不可欠でない高排出活動は即刻排除されなければならず、あるいはGHGの実質濃度が350PPMに達するまで実質的に引き下げられなければならない。

民衆にとっては命と死の問題

 はっきりしていることは、地球の広大な領域が居住不可能になろうとしていることだ。現在の前例のない気象災害は今、1・5度C以下の平均気温で起きている。そしてそれは、気候システムがもつ慣性のために、現在の424PPMよりはるかに低い濃度の反映なのだ。炭素予算という考えに政策を基礎付けることは、資本主義経済学の中心的擁護者である何人かの主流新古典派エコノミストと共に、仕事はエアコンの効いた建物の中で行うことができるから、米国人にとっては6度Cの気温上昇でも安全、などと信じることにすらなりかねない。
 この主張は、世界の人間に反する犯罪のラベルを招き、核戦争の作戦立案者に関するエルズバーグの暴露に匹敵する性格を呈している(注3)
 死を予防する観点からは、気候の政治的構図全体は、化石燃料投資引き上げ、化石燃料の土中留め置き、また再生可能エネルギーを超える緊急の行動が必要になる。それは、国境の開放、軍隊と全兵器産業の排除、第3世界債務の帳消し、民主的かつ国際的に賠償を行うこと、消防や初期対応への資金手当、穀物在庫の構築、工場農業の地域的な農業と決定策定での置き換え、を含まなければならない。そして実際に、世論調査だけではなく、人びとの声を聞き、話し合うことが必要だ。これは、過半の住民にとっては命と死の問題であり、資本主義の経済システムそれ自身との決裂を避けることはできない。(ソーシャリスト・プロジェクトより)

▼筆者は「独立ユダヤ人の声」メンバーかつ「平和のための科学」前代表であり、トロント在住の精神分析家。

(注1)「ペンタゴン、気候変動」の著者、かつブラウン大学における「戦争のコスト」計画の創始者であるネタ・C・クロードの研究参照。彼女は、京都での軍の除外、軍それ自身と軍装備の工業生産両者からの排出、さらに東南アジアでの枯れ葉作戦のような米国の長い歴史になる焦土作戦について書いている。さらに今では、ペンタゴンによる気候変動に関するあくどい軍事的「安全保障」の枠付けもある。
(注2)たとえばそれは、1度C上昇が単純に1780年を起点に測定されるならば、あたかも1度C上昇には数百年かかるかのように、気候変動の速度の理解に大きな違いをつくり出す。世界気象機構は、以前の1991年―2000年間の平均を上回って、2001年から2010年で0・2度C上昇を報告した。この加速は、平均気温上昇を1・5度Cに保つチャンスは全くないことを示すように見えるだろう。
(注3)スティーヴ・キーン(オーストラリアの経済学者:訳者)、「新経済学、マニフェスト、ケンブリッジ:政治組織体、2022」。この文書は、新古典派経済学、および経済学と気候変動に関するかれらの危険な思い違いに対する鋭い批評だ。(「インターナショナルビューポイント」2023年8月27日)(訳注)温度表示媒体(水銀とアルコールなど)が水の気化熱で冷やされている状態で表示される気温。

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