ナワリヌイ帰国と左翼の戦略

かけはし 第2652号 2021年2月8日

ロシア 左翼活動家への緊急インタビュー

「レフト・イースト」より

 ロシアにとって、さまざまな事件が起きた一週間だったが、それはまだ終わっていない。第一に、アレクセイ・ナワリヌイがモスクワに戻ってきた。彼は国境を越えてすぐに逮捕され、翌日には彼のチームがプーチンの汚職を描いた動画を公開し、1月23日には全市民に政府に反対して街頭に出てくるよう呼びかけた。ロシアの左翼はこのことをどう考えるべきだろうか? ナワリヌイは確かに自分たちの陣営の人物ではないが、抗議デモや起こりつつある政治的危機に近づかないようにすべきなのだろうか? 『レフト・イースト』はイリヤ・ブドライツキス、イリヤ・マトヴェーエフ、キリル・メドヴェージェフに意見を聞いた。
 
 イリヤ・ブドライツキス

 1月17日、アレクセイ・ナワリヌイがロシアに帰国して数分後に、モスクワのシェレメチエヴォ空港で逮捕されたことは、予想されていただけでなく、ロシア当局がとりうる唯一の反応でもあった。昨年夏の憲法改正によってプーチンが無期限の個人権力をもつ可能性が開けたあと、今年の初めには彼の政権は明らかに新たな段階に入っていた。つまり、下からの受動的な支持にではなく、抑圧的権力に基礎を置く事実上の開かれた独裁体制である。この新しい形態の中には、周縁化されたリベラル野党や組織的な「管理された民主主義」政党のどちらも居場所がなくなっている。こうした政党は、ロシア連邦の絶対的な独占体制をチェックし続け、選挙の際に不満を表現する限定的な機会を作り出していた。
昨年8月のロシア治安部隊によるナワリヌイ暗殺未遂事件は、この構図に完全に当てはまる。当局の見解では、ナワリヌイがもたらす主な脅威は、「スマート投票」という戦術である。「スマート投票」とは、与党「統一ロシア」を敗北させるチャンスが一番ある候補者にすべての抗議票を集中させるという戦術である。与党支持率が急速に低下している状況(現在は30%以下)では、「スマート投票」は、今年9月に予定されている連邦議会選挙の公認シナリオに脅威を与え、長期的にはプーチン自身が新しい任期で勝利的に再選を果たすことをも脅かしている。
ナワリヌイの大胆かつ的確なポピュリスト戦略は、実際には、抵抗勢力の連合を形成することを目指したものである。その中では、クレムリンのルールに従って演じることを拒否し、活発で攻撃的な選挙キャンペーンを実行することができる制度内政党(結局のところ共産党)の代表に重要な位置が確保されることになる。この戦略の鍵となる要素は、貧困と社会的格差の問題が自由民主主義的価値観に取って代わったナワリヌイのレトリックである。彼に人気をもたらした注目を浴びている反汚職調査は、膨大な視聴者に感情的なインパクトを与えている(たとえば、1000億ルーブルをかけたプーチンの宮殿についての彼の最新動画は、1月22日までに五千万回以上視聴された)。
というのは、そうした調査がロシア社会の極端な階層化を直接に示しているからである。公然と改ざんされた選挙やかつてない警察の圧力という状況のもとでは、選挙に対する抗議は、議会以外の大衆的な街頭運動に支えられて初めて効果を発揮することができる。そして、そのような運動だけが、今日のナワリヌイの個人的な運命を決定することができるのである。もし全国で何十万人もの人々が、今後数週間で彼の即時釈放を求めて立ち上がらなければ、ナワリヌイは間違いなく長期刑に直面するだろう。
私の見解では、われわれ自身の綱領と要求を持ってこのような運動に参加することは、今日ではロシア左翼にとっての唯一のチャンスである。さらに、人々を積極的な抗議に駆り立てている感情、つまり社会的格差、社会的領域(特にパンデミックの間に劇的に明らかになった医療)の劣化、警察の暴力、基本的な民主主義的(特に労働者にとって)権利の欠如をもっとも首尾よく表現できるのは左翼なのである。

 イリヤ・マトヴェーエフ

 最初は、ナワリヌイのロシア帰国の決断は戸惑わせるものだった。彼は何が起こると予想していたのだろうか? 国家は明らかに国際的な圧力を無視して、彼を刑務所に入れることを決めていた(いずれにしても、きわめて知れ渡っている暗殺未遂のあとでは、ロシア当局の評判がこれ以上悪くなることはないのだから)。刑務所の中で、ナワリヌイは道徳的に優位な立場を主張することはできるかもしれないが、(彼のもっとも重要な活動である)反汚職調査と政治キャンペーンを効果的に伝えることはできなくなるだろう。ナワリヌイの決定は、ほとんど非合理的で、頑固な反抗心の表れのように思えた。
しかし、すぐにこれには政治的計算の要素があることが明らかになった。ナワリヌイが逮捕されると、彼のチームは新しい調査動画を発表した。それはユニークなもので、プーチンを直接標的にしたナワリヌイによる最初の大規模な調査だった。この動画は膨大な視聴者を惹きつける運命にあった。ナワリヌイの計算は、自らの逮捕と新しい爆発的な調査の両方で、ただちに深刻な政治的危機を誘発することにあったのだ。この危機は街頭行動―1月23日には、ロシア各都市で無許可集会が開催される―と選挙の局面を迎えるだろう。
2021年は実際にロシアの連邦議会選挙の年である。ロシアの選挙制度は、小選挙区・比例代表併用制で、半数が比例代表で、残りの半数が小選挙区(1人区)で選出される。選挙は厳しくコントロールされており、2020年の憲法改正投票では改ざんが前例のないレベルに達したが、連邦議会選挙はまだ政権にとって問題をもたらす可能性がある。政党候補者リストへの投票は、与党「統一ロシア」の深刻な不人気という問題に直面している。
そして、少選挙区では、ナワリヌイのきわめて先進的な投票戦術スキーム、いわゆる「スマート投票」に政権は直面している。ナワリヌイの逮捕と彼の新しい反プーチン動画によって引き起こされた政治的危機は両方の標的を直撃している。つまり、「統一ロシア」へのさらなる投票減をもたらすとともに、小選挙区での「スマート投票」を促進しているのである。そのことは、とりわけ街頭抗議行動と結びつくことで、政権にとって大きな打撃となる可能性がある。要するに、ナワリヌイのロシア帰国は計算された賭けだったのである。ボールはいまや、野党の通常党員のコートにある。
新しい動画について言えば、それは多くの新しい事実を提示してはいない。 プーチンの個人宮殿が最初にニュースに登場したのは2010年だった。また、それがプーチンへの直接の挑戦だという理由だけでは、重要ではない。この動画で注目すべきなのは、一貫した物語を作っていることである。この物語の中で、プーチンをよく表している特徴は、物質的な富に対する彼の不条理で滑稽な欲望である。ナワリヌイによれば、プーチンは常にこの欲望だけに導かれてきたという。
ドイツでKGBの諜報員をしていたときも、1990年代のサンクトペテルブルクのアナトリー・サプチャク市長のもと[で副市長を務めていたとき]でも、モスクワに移ったあと大統領になったときでも、かれは物に対する欲求があった。入り口にロマノフ王朝の印章を入れた15億ドルの宮殿を建てたあとでさえ、その物に対する欲求は続いているという。私に言わせれば、これはプーチンの考え方や動機を正確に表したものではない。また、ロシアの政権をこのような風刺画に還元してしまうことはできない。しかし、(2012年の大統領復帰から2020年の彼自らのための任期制限撤廃に至るまでの)ここ数年のプーチンの決定は、彼の人生と仕事の描写を避けて通れないものにしている。自らの人生をこのように一方的に描かれたことでは、プーチンが非難すべきなのは自分自身以外にはいない。

 キリル・メドベージェフ

 ナワリヌイは、自ら帰国することによって、ロシアにおける政治の新たな理解と政治化の新たなラウンドに向けて重要な一歩を踏み出した。それまでは、抗議活動にはかなり明確な「分業」が存在していた。つまり、活動家はある種の理想主義的な市民的衝動に駆られて危険を冒す一方で、政治家はしばしば純粋に利己的な利益を追求する。ナワリヌイはこの線を引いて、政治は勇敢かつ技術的でありうるし、そうあるべきだということを示している。
重要なのは、新しい動画の中で、彼はプーチンを政治家としてではなく、腐敗した役人として、そのイメージを展開し続けていることだ。プーチンは不正な取り決めによって巨大な権力を手に入れたが、FSB(ロシア連邦保安庁、KGBの後継組織)とつながりのあるポスト・ソビエトの悪役人と同じ古いやり方で行動し続けているというのである。
しかし、ナワリヌイが汚職と高官の派手な消費をテーマとしてとりくむことで説得力を持てば持つほど、格差によって疲弊し、階級的矛盾が充満しているロシアのような国では、このレトリックの限界がますます露呈することになる。現在の状況は以下のようなものである。ナワリヌイは、われわれに支配者の宮殿を見せて、階級的怒りの火をもてあそんでいる。もう一方では、(彼の戦友たちと一緒になって)「美しい未来のロシア」における完全な自由を企業家に約束している。彼らは、問題は宮殿や巨大な富そのものではなく、それらがどこから来ているかだと言う。
しかしもちろんのことだが、このポピュリスト路線がさらに発展すると、腐敗した「プーチンの友人」と、ナワリヌイが「誠実なビジネスマン」と呼ぶ人々とを分けることはもはや容易ではなくなるだろう。「誠実なビジネスマン」の富も[「プーチンの友人」と]同様に巨大で、1990年代から2000年代にかけての違法なスキームによって、そしてもちろんのこと労働者を過剰に搾取することによって生み出されたものだからである。このことすべてが左翼勢力に大きな機会をもたらしている。左翼勢力は、勇気と合理性を[ナワリヌイと]同じように巧みに組み合わせれば、ナワリヌイの折衷的なポピュリズムよりもはるかに強力な不満の波とずっと首尾一貫した変化のプログラムを作り出すことができるだろう。

(『インターナショナル・ビューポイント』2121年1月22日)


(イリヤ・ブドライツキスは、「ロシア社会主義運動」の結成に参加した「前進」(第四インターナショナル・ロシア支部)の指導者。イリヤ・マトヴェーエフは、サンクトペテルスブルグ在住の研究者・講演者で、『オープンレフト』の設立編集者、研究グループ『パブリック・ソシオロジー・ラボラトリ』のメンバー。キリル・メドヴェージェフは、モスクワ在住の詩人・翻訳者・活動家で、「アルカディ・コッツ・バンド」の結成メンバー)。

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