政治的・社会的変革求める民衆へ支援強化を

かけはし 第2653号 2021年2月15日

ベラルーシ 人民の闘いは続く
不正で過酷な抑圧体制への反抗
民主主義要求からの出発は必然

アンナ・ペレクホダ

 2020年8月9日以降、ベラルーシは、1994年からずっと政権を維持しているアレクサンドル・ルカシェンコ大統領の再選が不正であると考えられていることに対する大衆的抗議の場となっている。大統領選挙の結果は、80%の得票率でルカシェンコの勝利となったが、この数字は選挙監視団による集計からはかけ離れたものだった。
 選挙結果の書き換え、投票箱の入れ替え、有権者・監視団・選挙管理者への圧力など、何千もの不正行為が音声やビデオで記録されている。ジャーナリストや社会科学者によると、広く知られた部分的なデータにもとづいてではあるが、実際に大統領に当選したのは野党候補のスベトラーナ・チハノフスカヤだった。
 提示された数字は、調査によってかなり異なる可能性があるとしても、2人の候補者の得票数は、ベラルーシ中央選挙委員会が発表した数字よりもはるかに接近していたという点ですべての調査は一致している。
 投票日の夜、何十万人もの人々が選挙結果に異議を唱えようと街頭に繰り出した。集会は何日も続き、ミンスクだけでも10万人から30万人が定期的に集まり、800万の人口を擁するベラルーシ史上最大のデモとなった。抗議行動はまたたく間に国中に広がった。この4カ月間、ベラルーシは大規模な民衆抗議運動に揺さぶられてきた。

かつてない大衆運動への引き金


 この運動は平和的な性格を持つにもかかわらず、この夏の初日から機動隊による暴力的な弾圧を受けてきた。不当な暴力の証拠は、通行人・未成年者・高齢者が恣意的に逮捕されていることに示されている。逮捕された多くの人々は、食べ物や飲料水も手に入らず、混雑した独房の中で病気になっている。
 釈放された逮捕者たちは、拘置所で屈辱や拷問を受けたと話している。拘置所当局者が女性と男性の両方をレイプしたという疑惑がある。平和的なデモ参加者に対する完全に過度な警察の暴力、大量逮捕と拘留者が受けた拷問が動員に勢いを与え、最近まで政治に関心がないと考えていた人々や政権に忠誠を誓っていた人々さえも巻き込んだ。
 民衆の怒りを高めているもう一つの問題は、ベラルーシ当局による新型コロナウイルスのパンデミックへの非効果的な対応である。ドナルド・トランプやジャイル・ボルソナロのように、アレクサンドル・ルカシェンコはこの病気の危険性について長い間否定しており、それを「単なるインフルエンザ」と呼んでいた。パンデミックの真只中、大統領はベラルーシ人に、「ウイルスを毒殺する」ためにウォッカで手を洗うこと、サウナに行くこと、アルコールを飲むことを勧めていた。ルカシェンコ大統領は、ウイルスの存在を公然と否定し、「ここら辺を飛んでいる」のは見なかったと述べることまでした。政府は祝賀会、サッカーやアイスホッケーの試合、その他の公的イベントを続けることにした。その中には、ソビエト連邦がナチスに戦勝したことを祝う毎年恒例の5月9日の軍事パレードも含まれていた。
 一方で、このような大統領の無責任な態度は、国民の間でのルカシェンコの信用失墜に大きく寄与してきた。他方では、当局がパンデミックを否定するとともに医療施策の導入を拒否したことで、ベラルーシの住民たちは連帯の横のつながりを築くようになり、それは後に抗議運動に非常に有用であることが証明された。

ロシア頼り社会平和の危機


 ベラルーシ人が体制に挑戦するようになったこうした直接的な原因のほかにも、それ以外のそれほど明確ではない理由も分析する価値がある。生活水準が徐々に悪化していることは、このような広範な民衆の不満を刺激する主な要因の一つであると考えることができる。
 民衆の意識の中に見られる、ときには左翼活動家の間でさえ見られる固定観念にもかかわらず、ベラルーシは決して社会主義国ではない。ソ連崩壊後の1994年に当選したルカシェンコは、大規模な民営化に効果的に歯止めをかけた。この部分的な経済の国家管理への回帰はベラルーシ人の間で人気を博した。ベラルーシ人は、資本主義の復活によって荒廃したソ連崩壊後の近隣諸国の経済を悲しむべき先例として目撃したからである。
 今日に至るまで、ベラルーシはソビエト社会主義体制のある種の特徴を維持し続けているが、その大部分はロシアからの多額の補助金のおかげである。このロシアからの「寄付金」は、ベラルーシの国内総生産の約4分の1を占めている。ロシアはベラルーシ経済の主要な投資家であり、事実上唯一の市場でもある。ベラルーシの生産の90%、特に農業部門における生産はロシアに輸出されている。
 さらに、ベラルーシはロシア産石油・天然ガスの価格の大幅な値引きによる利益を受けている。ロシアは、ベラルーシが低コストで購入した原油を精製し、市場価格でヨーロッパに再輸出することを認めている。また、ロシア産天然ガスは隣国であるベラルーシに友好国価格で販売されている。ロシアの「独裁者」からのこの支援のおかげで、ルカシェンコは確かに自国の社会的平和を「買う」ことができた。その見返りとして、プーチンはベラルーシに経済的・地政学的に完全な忠誠を要求した。
 しかし、とりわけ2014年のウクライナへの軍事介入とその後の欧米諸国による制裁以降、モスクワ自身が非常に微妙な経済的・政治的状況に置かれていることを忘れてはならない。ロシアは、もっとも忠実な兄弟国を支援するために、同じ手段をとれなくなっている。ロシアの援助から引き続き利益を得るために、ルカシェンコは恫喝に訴えて、西側諸国との和解をモスクワに対する脅しに使った。この緊張は、ロシア・ベラルーシ両政権の関係改善にはほとんど役に立たなかった。
 ベラルーシの経済は脅かされていた。その安定性が東の隣国であるロシアに大きく依存しているからである。ベラルーシ当局は、数々の緊縮策を導入し、社会的権利を縮小することで、この状況を改善しようと考えていた。このようにして、われわれはルカシェンコ政権の基盤が弱体化していくのを目撃してきた。
 2020年までは、ある種の暗黙の契約が政府と国民の間の関係を規制していた。つまり、ベラルーシ人は、ささやかな社会保障と引き換えに、民主的な自由がないことを容認する準備ができていた。アレクサンドル・ルカシェンコは、いまや経済的安定の保証人としての義務を果たせなくなったため、徐々に政治的正当性を失い始めた。深い不満の感情は、ゆっくりと町や田舎の大部分の人々に広がっていった。
 要するに、大規模な不正選挙とアレクサンドル・ルカシェンコの大統領退陣拒否により、何十万人もの人々が街頭に繰り出したのである。警察の残虐行為は動員にさらに火をつけ、以前は政治に無関心だった人々をも動員に巻き込んだ。
 新型コロナウイルスのパンデミックへの対応の失敗もまた、民衆の怒りを強めている。国家の暴力の強化と相まって民衆が貧しくなっていることも、ベラルーシの人々の目には、現在の反乱の正当化に寄与しているように思える。

見出された不信表現回路


 ルカシェンコは、自己中心的でマッチョな態度で知られていたが、チハノフスカヤの大統領立候補を真剣に考えていなかったのは明らかである。彼女は、政府を批判したことで投獄されていたブロガーの夫に代わって立候補したのだった。政治的経験や公的な経験がないにもかかわらず、彼女はこの運動の象徴となった。
 ルカシェンコが組織的にライバルを投獄したり、亡命に追いやったりしていたことは周知の事実である。潜在的な大統領候補者はすべてベラルーシの政治圏から排除されていたため、選挙に参加して自分たちの存在を知らしめることができなかった。
 チハノフスカヤについて言えば、彼女は、自分の公約は当選したらその職を離れ、すべての候補者が立候補できる自由で透明性のある選挙を速やかにおこなうことだと述べていた。したがって、彼女の立候補は、彼女自身にとっても支持者にとっても、四半世紀に及ぶ硬直した権威主義のあとで、この国の民主的な権力移行に必要な手段を実行するための手段として考えられていたのである。このように自らの政治的野心を公然と否定したことで、彼女は制度政治に警戒心を持つ国民からの支持を広く得ることができたのである。
 制度的エリートに対する信頼が危機的状態にあり、不信感が持たれていることは、一般的な政治的傾向であるが、さまざまな形をとりうる。ベラルーシでは、そのことが女性候補者への大規模な支持の中にその表現を見出したのである。彼女にとって、政治経験がないことが最大の強みであり、政治的な「正直さ」を保証するものであると考えられているからである。
 抗議活動は、これまでのところ、正確な政治的・経済的プログラムをともなったものではない。チハノフスカヤの支持者は、政治犯の釈放、ルカシェンコの退陣、新しい選挙の実施といういくつかのシンプルな要求を中心に団結している。ベラルーシの政治的野党は、運動全体の代弁者としての地位を築いているが、比較的有名ではあるが、政治的には経験の浅い少数の人々で構成されている。彼らは要求や立場については「普通の」抗議者よりも急進的ではないように見える。数が少なく、抑圧の対象となっているため、民衆運動のリーダーとしての役割を十分に果たすことができない。
 選挙の翌日、ベラルーシのKGBに脅されたチハノフスカヤはリトアニアに避難した。野党調整評議会幹部会の他のメンバーは全員、刑務所にいるか、強制亡命させられている。したがって、組織された政治的野党は一般大衆の間で重要な役割を果たすことはできないでいる。

女性の前面化―特殊性と可能性

 また、野党の大統領選挙運動は3人の女性が主導していたことも忘れてはならない。そのうちの2人、スヴェトラーナ・チハノフスカヤとヴェロニカ・ツェプカロは、以前に排除された大統領候補者の配偶者である。3人目のマリア・コレスニコワは、別の候補者の元キャンペーンマネージャーで、候補者自身は亡命している。
すでに述べたように、大統領は女性の立候補を真剣に受け止めていないようだった。ルカシェンコによると、チハノフスカヤ、ツェプカロ、コレスニコワは、「何も理解していない貧しい3人の少女」に過ぎないのだ。ルカシェンコは選挙運動中、女性には国を治める能力がないとの発言を何回かしていた。ルカシェンコによると、ベラルーシの憲法は「女性のために作られたものではない」し、社会は「女性に投票する準備ができていない」。しかし、1994年以降、大統領が培ってきた家父長的でマッチョなイメージは、2020年になってようやく裏目に出た。女性、特に若い人たちは、それを自分たちの尊厳への攻撃と見なしたのだ。
女性は街頭抗議を含め、運動の中で非常に可視的な形で存在している。女性ばかりの抗議行動がしばしばおこなわれている。彼女たちの主な要求は、警察の暴力に終止符を打つことである。白い服を着て、花を振り、手をつないでいるあらゆる年齢層の女性の写真が、国際的なメディアの一面に掲載された。こうして「ベラルーシの女性」は、運動全体の象徴となった。
しかし、この前例のない女性の積極的行動を、われわれが欧米でよく思い描くようなフェミニスト運動に相当するものと考えると間違いであろう。何千人もの女性を集めている行進は、特にフェミニスト的な要求を打ち出しているわけではない。この動員はポストソビエトの想像力の枠組みの中でおこなわれている。つまり、男女それぞれに固有の「本質的な」特性があるという枠組みにおいてである。この意味では、「母親」としての女性は当然にも保護されるものとして、友人・息子・夫・父親などの男性を落ち着かせ、サポートする役割を与えられていると考えられている。
さらに、デモ隊は警察との衝突の際、デモの前に女性を置くことで、女性の象徴的な地位を利用している。ベラルーシの警察は、男性と同じようには女性を暴力的に殴ろうとはしないようだからである。このような戦略は、女性が自ら有利になるように再生産している性差別的な固定観念を利用している。
いずれにしても、このような女性の社会運動への参加は、自己組織化と集団行動の貴重な経験である。それは確かに、女性の間で自らの利益と力についての意識を高めることに貢献することができるものだ。

前例のないストライキの試み


抗議運動は、8月11日のゼネストが公表されたことで決定的な展開を見せた。産業・運輸・商業・情報技術分野の多数の労働者が抗議行動に参加した。医師・退職者・教師、大学生や高校生もこの運動の先頭に立っている。しかし、公表されたゼネストは、10月26日に再度おこなわれようとしたが、いまだに実現に向けて苦闘している。生産が完全に停止したのは一部の工場のみだった。
プーチンによる公然たる支持を受けて、ルカシェンコは自信を取り戻し、反撃に出た。忠誠心を持たない工場の入り口には、労働者を威嚇するために警察が配置された。ストライキ委員会の指導者や労働組合活動家の逮捕は、闘う決心がついていない労働者を落胆させた。そして、これらは単なる逮捕にはとどまらない。多くの拘留者が殴られ、拷問を受けたと報告している。8月以降、拘留中を含めて少なくとも10人が警察に殺害されている。
解雇の恐怖は現実のものである。すでに何十人もの労働者が「予防的」解雇の犠牲者となっている。さらに、労働者は有期雇用契約という資格なので、経営者はいかなる補償もせずに従業員を解雇することができるが、従業員は自発的に退職することはできない。ベラルーシでは失業は法律で罰せられるからである。
われわれはまた、工場経営者が自由に使える制裁手段を考慮に入れなければならない。ベラルーシは、労働者を職場に直接依存させる管理システム全体を開発してきた。労働者は、雇用者を通じてのみ得られる社会保障に依存している(これは住宅・ローン・休暇、その他の項目に関するものである)。したがって、物質的に有利な状態は完全な従属と忠誠によってのみ得ることができる。一言で言えば、このような労働組織は、ソ連と資本主義システムの最悪のものを組み合わせたものである。
また、もし親ヨーロッパで新自由主義的な反対勢力が政権を握れば、とりわけ国有企業の労働者の間では、雇用の喪失を意味する大規模な民営化がおこなわれるのではないかという懸念も存在している。そのような見通しは、ロシア市場の喪失と国有企業の民営化にもつながりかねない。国有企業はベラルーシにおける職場の大多数を占めているのだ。
あらゆることにかかわらず、ベラルーシにとって、このストライキの試みは前例のない出来事である。過去25年間、ルカシェンコ政権は下からの自己組織化のメカニズムを丹念に破壊してきた。ベラルーシの左翼は、社会経済的内容のスローガンを導入し、労働者が自分たちの利益を守るのを助けるためにとりくんでいるが、野党指導者たちは労働者階級の生活から全くかけ離れているように見える。
ベラルーシ野党の中核的部分は、結局は知識人で構成されているのだが、経験や決意、そして何よりもポストソビエト諸国の政治的・イデオロギー的分野を支配している自由主義的な言説に対する批判的な視点を持っていない。労働者が自ら組織した諸組織とのつながりを構築し、労働者の利益を考慮して、社会正義を求める要求を明確にすることができないことが、ベラルーシの抗議運動が成功するのに大きな障害となっている。
しかし、労働者がまだ自分たちの経済的要求を定式化しておらず、民主主義的なスローガンの支持にとどまっているという事実は、野党の自由主義的言説の影響だけで説明することはできない。ボロドミール・アルチュークとデニス・ゴーバチが指摘しているように、ベラルーシの国家資本主義システムでは、経済的搾取者は同時に国家官僚であり、そのことは社会的要求が民主主義的スローガンから切り離せないことを意味している。主に、労働者は、この官僚階級の政治的暴力を見て感じている。経済的搾取の暴力は、都市の路上ですぐに警察の警棒で人々を殺す政権の極端な物理的暴力の影の中に潜んでいる。
この段階では、当局に団結して立ち向かうという経験そのものが、ベラルーシの労働者にとって不可欠である。労働者たちは、ばらばらに分断された状態を克服し、組織的経験を積まなければならない。ベラルーシの抗議行動を軽蔑して見ている左翼活動家は、階級意識は集団行動の結果として現れるものであり、その逆ではないことを覚えておかなければならない。

国際的な状況とロシアの役割

 ストライキや大規模で長期化したデモにもかかわらず、ルカシェンコはまだ政権をなんとか維持している。ルカシェンコ政権が長く続いている主な理由の一つは、ロシアからのあからさまな支援であることは間違いない。プーチン大統領は、抗議デモがエスカレートすれば、秩序を維持するためにベラルーシに軍隊を派遣する用意があるとまで述べている。しかし、なぜロシアはベラルーシでも国際的にも、すでにあらゆる政治的正統性を失った独裁者を支援することに関心を持っているのだろうか?
モスクワの反射的な反応は、主にドミノ効果を恐れて隣国を援助することである。何よりもロシアの大統領は、民衆の抗議が自らの支持率が低下している自国に広がることを恐れている。プーチンはルカシェンコの完全従属と引き換えに、今度はルカシェンコを支援することを決めるかもしれない。しかし、仮にルカシェンコがロシアの介入によって政権を維持できたとしても、彼の存在意義である政治的恫喝と経済的駆け引きのモデルは、もはや生き残れないだろう。
ルカシェンコに対するクレムリンの支援が、ベラルーシ人の中に反ロシア感情を呼び起こさなかったとしたら、それはまた奇妙なことである。実際、「ロシアを支持するか、それとも反対するか」という問題は、これまでデモ参加者の言説にはほとんどなかった。人々は、ベラルーシにおける政権交代の必要性を、単に内政問題として認識していた。野党のスポークスパーソンは、大統領の退陣と自由で公正な選挙の実施という一つの要求に明確に限定している。
スベトラーナ・チハノフスカヤは、自分が介入するたびに、運動が反ロシアだと確実に見えないようにするためにできることは何でもしている。しかし、ロシアの干渉を受けた場合、政府とベラルーシ社会の間で進行中の対立は、確実に深刻な地政学的危機に変わるだろう。
モスクワはまた、「ソフト」な解決策を模索することもできるだろう。つまり、ルカシェンコに圧力をかけて、個人的な安全とロシアのどこかの別荘に静かに隠れることを保証することで、ルカシェンコが大統領の座を離れるように説得するという解決策である。そうすれば、ベラルーシの大統領のポストは、モスクワに忠実な信頼できる人物に譲ることになるだろう。しかし、このような戦略には潜在的なリスクがある。プーチンがその選択をすれば、無意識のうちに、大規模な動員によって、遅かれ早かれ独裁的な大統領を追い出すことができることを認めることになる。それは、ハバロフスクで数カ月間、ロシア民衆が公然とプーチンの権力に反抗するデモを行っている現状では、非常に危険なメッセージとなる。

闘う民衆との国際連帯は義務

 労働者階級は、現在ベラルーシが直面している危機的状況の中で、権力の問題を解決できる唯一の力である。労働者の自己組織化は、権威主義的な体制に挑戦し、大規模な大衆運動の成功を確実にするための最良の方法であることを何度も証明してきた。ベラルーシ民衆のこの反乱は正当なものであり、われわれが全面的に支援するのに値する。ヨーロッパで、世界中で、デモやストライキに参加している人々の民主的なスローガンを支持し、社会的内容をもった要求を掲げて奮闘しているベラルーシの左翼との連帯を示すことは、われわれの義務である。
これまで以上に、ベラルーシの組織された民衆階級は、親ロシア派であれ親西欧派であれ、自分たちの利益に反対する勢力によって、この真の民衆運動が挫折するのを防ぐために、政治的・社会的変革を支持するイニシアチブをとらなければならない。モスクワであろうと他国であろうと、ベラルーシの問題に対するいかなる外国からの干渉にも反対することが絶対に必要である。ベラルーシ人は、自分たちの将来を自分たちで決める権利を持っているのだ。
(『インターナショナル・ビューポイント』1月26日)
(アンナ・ペレクホダは、ドネツク出身のローザンヌ大学学生)

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