IMF支持する自主的「改革者」への弾圧

マレーシア

サイド・フセイン・アリ

 マハティールの後継者と見られていたマレーシアの副首相アンワル・イブラヒムが、9月2日に突然マハティールによって副首相と蔵相を解任され、9月20日には逮捕された。IMFの押しつける政策を拒否するマハティールの背後にはクローニー資本主義があり、アンワルの背後には新興ビジネスマンと多国籍資本の支持がある。両者の権力闘争から独立した民衆のオルタナティブこそ求められている。

マハティールが後継者弾圧

 民主派の活動家たちは、解任された蔵相のアンワル・イブラヒムを防衛するために結集している。しかしアンワルは、社会的問題に関してはマレーシアの権威主義的な首相であるマハティール・モハマドよりも少ない保障しか提起していないのである。
 マレーシアの副首相で蔵相のアンワル・イブラヒムは、98年9月2日に政府の高位ポストから排除された。翌日彼は連合政権の指導的構成要素であるUMNO(統一マレー国民組織)副委員長の地位を解任され、党から追放された。
 その結果、首相マハティール・モハマド博士は内相の位置だけではなく、第一蔵相の権能をも奪い取った。彼は実質上、外相であり通商相でもある。マハティールは政府と党の双方に対する権力を一身に集中してきた。そして彼は、内閣、裁判所、メディアをも強力に掌握している。彼の独裁的権力は以前よりも大きくなっている。
 16年前、国内治安維持法(ISA)による裁判なしでの22カ月にわたる拘禁から釈放されてから六年後、イスラム青年連合(ABIM)議長として絶大な人気を得ていたアンワルは、当時すでに首相でUMNO委員長だったマハティールから彼の党に加盟するよう勧められた。マハティールは、アンワルが急速に政治的ヒエラルヒーを駆け登るのを助けて、多くの手段や機会を開いてやった。ほとんどの人びとの感覚では、アンワルがマハティールの後継者になるということに何の疑いもなかった。
 この2人の指導者の間では、そのアプローチやスタイルにおいてつねに違いがあった。しかし彼らはおたがいに支えあい、二人を引き裂くことは不可能であるように思われた。しかし一九九七年までに、二人の間の相違は衝突にまで発展していった。
 この年の半ばに行われたUMNO大会の数日後、マハティールは、アンワルが既婚の女性との性的関係や運転手とのホモセクシュアルに関わっているという中傷の手紙が存在することを確認した。しかし後にマハティール(と警察)は、この手紙が虚偽のものだとしてその告発を棄却した。マハティールは、この手紙を公に知らせることでUMNO委員長の地位を張り合う準備をしていると考えられていたアンワルの立場を弱めた上で、そうしたことを行ったのである。

2人の権力者の立場の相違

 マレーシアが1997年7月にリンギ(マレーシアの通貨)の価値下落と株価の低落という形で経済危機に直面しはじめた時、2人の指導者の間での相違は明確なものになっていった。当初から、マハティールはこの危機の原因が外国の金融投機家にあるとして非難し、ジョージ・ソロスを主犯として名指しにした。マハティールはIMFや世界銀行の援助を受け入れたタイやインドネシアに従うことを拒絶した。彼はきわめて正しくも、この2つの機構を「新植民地主義」の道具と性格づけた。また彼は、国際的金融投機を統制することを支持した。
 マハティールの立場は、西側の支配的エリートの一部から自由化や自由市場に反対しているものと見なされた。西側のメディアの一部は、彼を攻撃しはじめたり、批判的報道を行ったりした。しかしマレーシアにグローバリゼーションやそれに伴う自由化、自由市場政策への道を開いた責任はマハティール本人にあったというのが真実なのである。彼は、富を蓄積するために彼に近い企業人を助けて、こうした諸政策を支持した。たとえばマレーシア中央銀行は、1992-3年に英ポンドの投機に関与した。同銀行は、約50億米ドルの損失をこうむったと見られる。首相の将来の敵となるジョージ・ソロスは同じ投機で巨額の利益を手に入れた。
 アンワルは公然とマハティールの立場に反対しなかったとはいえ、彼はしばしば指導部と行政府の弱体さに言及していた。彼はよく、腐敗やクローニーズム(取り巻きの優遇)とかネポチズム(縁故主義)といった言葉を使った。それに対してマハティールは、そうした用語が「新植民地主義的報道から発する用語」だと述べ、自分を直接的に攻撃するものだとした。アンワルは蔵相として、危機を克服するためのIMFや世界銀行の処方せんに、よりオープンな態度をとっているように見えた(しかし彼は、マレーシアがIMFの緊急策を受け入れるべきだとは公的には述べなかった)。
 IMFや世界銀行の高官とアンワルとの関係は、とりわけ彼がIMF開発委員会議長になって以後は、より親密になったように見える。またアンワルは、広範で同情に満ちた報道の対象となり、西側メディアのお気に入りになった。アメリカの支配エリートの一部は、マハティールよりもアンワルを支持していると見られていた。アンワルがペンタゴンを訪問したとき、彼は「捧げ銃」つきの丁重な扱いを受けた。マハティールが新植民地主義を攻撃している時にアンワルが一部の米高官と密接な関係を持っていたことは、首相の機嫌を損ねたし、実際アンワルに対するマハティールの疑惑を大きくさせるものだった。

アンワルのスキャンダル

 1998年6月のUMNO大会で事態は転機を迎えた。大会の直前に『アンワルがなぜ首相になれないかについての50の理由』と題する本が出版された。大会代議員に配付された会議用の包みの一部にその本のコピーが入り込んだ。
 その本では、アンワルはセックススキャンダルにかかわっているとされ、彼を外国政府の代理人と呼び、外国諜報機関からカネを貰っていると彼を弾劾していた。この本には1年前にマハティールが暴露した中傷の手紙が収録されていた。
 大会の間にマハティールは、特別の株券を貰って、プロジェクトと輸送の許可証を私物化した人びとの幾つかのリストを明るみに出した。そのリストには、マハティールの子どもをふくむ彼に近い著名な企業人が含まれていた。しかしそれは、アンワルの家族の一員や彼の密接な協力者も同様の特権を享受していたことも示していた。これは彼らのマハティールに対する攻撃の矛先を鈍らせた。

メディアに加えられた弾圧

 経済危機は多くの大企業経営者を襲い、米ドルに対してリンギが50%下落したことで巨額の対外債務を背負わせることになった。さらにリストに載せられた企業は、株式市場が70%以上下落したことで莫大な損失をこうむった。株主の損失は7000億リンギ(1850億米ドル)に達したと見なされている。最も深刻な打撃を受けた企業の中には、UMNO指導部がクローニー(取り巻き)たちを通じて間接的に所有していた企業が含まれていた。
 政府は、一部のクローニー企業の苦境を救済するために、国庫準備金とともに従業員保険基金や聖地巡礼基金から資金を使うことを決定した。これには批判があった。マレーシアのメディアにおいてそれは明瞭なものであった。マハティールは、ジャーナリストと出版社を厳しい統制の下に置くためにただちに動いた。影響力のある二つの新聞--「ウトゥサン・マレーシア」と「ベリタ・ハリアン」--の上級編集者と民間テレビ局「TV3」の番組上級プロデューサーは、辞任を強制された。彼らはみな、アンワルの強力な支持者と見なされた。彼らに代わった人びとは、みなマハティールの思いのままに支配される連中だった。
 数週間後、中央銀行総裁と副総裁が辞任した。金利を下げるべきであり、外国為替市場への統制が再確立されるべきだというマハティールの主張に2人とも反対していた。

2つのショツキングな事件

 9月1日、マハティールは「ショック措置」を発表した。それには、1ドル/3・8リンギへの固定、国外への持ち出し・国外からの持ち込みの最大限度額を1万リンギにすることなどが含まれており、月末までに送金しないかぎり海外にストックされたすべてのリンギは無価値になることが宣言された。
 よりショッキングな動きだったのは、その翌日にアンワルが政府内のすべての地位を剥奪されたことであった。テレビと新聞はただちに『50の理由』の中に書かれた多くの事柄を繰り返して、供述書を報道した。9月3日、アンワルはUMNOから除名された。
 なぜこうしたショッキングな出来事がなされたのかについては幾つかの理由がある。主要な理由は、マハティールとその協力者たちが、UMNO大会でアンワルがマハティールに挑戦し、彼を打ち負かす可能性があると恐れたことであった。さらに、マハティールの助けを借りて非常にカネ持ちになった一握りの億万長者・百万長者たちが、彼らの利益を守り、経営状態の悪い彼らの企業を救済する手助けのために、マハティールが権力の座に止まり続けることを望んだからである。
 同時に彼らは、73歳のマハティールに何かが起こった時に信頼できるだれかが後継者になるよう確保したいと望んだのである。アンワルは、そのための立派な候補とは見られなかった。それは彼が腐敗に対して厳しい行動を取ると宣言していたためだけではなく、彼の周囲には、マハティールを取り巻く既成の人びとに急速にとってかわるように見られた一連の野心的な若いビジネスマンたちがいたためである。

アンワルの改革運動と基盤

 アンワルは解任された後、ISA(国内治安維持法)によって逮捕されるか、ある種の不正行為の犠牲になることが予測されていた。それはただちには起こらなかった。英連邦競技会に何百人ものメディアの代表がいたためである。
 数多くの支持者と好意を寄せる人びとが連日のアンワルの住居にやってきた。毎晩彼は、自宅の外に集まっている何千人もの人びとに演説をした。彼のスピーチの音声テープやビデオテープは、全国で広く売られていた。
 アンワルは改革運動を作りだすつもりであると述べている。しかし改革の意味と運動の性質については詳しく説明されていない。彼の主要な狙いは依然として漠然たるものである。彼は、隣国のインドネシアでの事態の展開に心を奪われているように見える。
 新しい運動に加わっている主要な組織は、彼が指導してきたイスラム青年連合(ABIM)である。しかし大衆的な共感が広がっており、とりわけ青年、下層階級、専門家、政府職員の間でその共感は増大しているように見える。
 アンワルの主要な問題は、UMNOの政治文化から生み出されている。権力を失った指導者は、簡単に政治的支持を失う。UMNOの指導者は、政府内で高額の所得を得る位置を確保し、多くの手当てを貰って富を蓄える。したがって彼らは、なお権力を保持している指導者にただちになびき、忠誠を誓うことがしばしばである。しかしこうした誓約は表面的なものにすぎない。もしマハティールが権力を失えば、彼らは簡単にアンワルに対してさえ新たな忠誠を誓うだろう。
 もう一つの問題は、アンワルが均質的な組織を持っていないように思われることである。彼にはテストされたカードルも欠けている。彼が逮捕された後、彼への支持がどれだけ長続きするか予測することはむずかしい。

権力闘争からの自立が必要

 アンワルは、自分は新政党を作らず、既成政党のどれにも加盟することもないと断言的に語っていた。逮捕される前夜、彼はUMNOの中で改革運動を継続するために、党と政府に復帰するという考えを依然としてもてあそんでいたように思われる。アンワルの出身州であるペナン州のUMNO支部の多くは、マハティール指導部を支持しながらも、アンワルが以前の地位に復帰するようアピールしていた。
 マハティールが権力の座にいるかぎり、それは不可能である。マレー人のことわざに言うとおり、人は自分のつばをなめないのである。
 マハティールはアンワルに対する他の言いがかりを無視して、今やセックスとモラルに関連した問題を集中して攻撃しているようである。アンワルの真の性格は、彼が押し出している宗教的見かけと矛盾しているために、重要な指導者の地位にはふさわしくないということを、マハティールは国民に確認させようとしている。
 マハティールはすでにUMNO指導部のほとんどを自分のふところに取り込んだ。しかし彼が人びとを自分の側に動かすことに失敗したならば、あるいは彼が突然死んだならば、アンワルはUMNOに戻るチャンスがある。しかし彼が以前の権威ある位置に戻ることができるという保障はかならずしもない。
 マレーシアの進歩的人民にとって、マハティールとアンワルのどちらを選ぶかということはできない。新植民地主義に反対し、外国資本が国を支配する恐れに反対する首相の宣言を支持する人もいるかもしれない。しかし彼はどこまで真剣にそう考えているのか。
 彼はどこまでその立場を維持できるのだろうか。いずれにせよマハティールは信頼できない。なぜなら彼は、民主主義の根本的実践や基本的人権を侵害するワンマン的独裁者に徐々になってきたからである。
 他方アンワルは、彼のポピュリスト的方法や市民社会と人権への関心のために多くの人びとを引きつけるかもしれない。しかし彼の西側、外国資本、IMFへの強力な傾斜のために、一定の分野では多くの留保すべき点が存在する。
 つまりは第三のオルタナティブが求められているのである。[筆者のサイド・フセイン・アリは社会主義を掲げるマレーシア人民党(PRM)の代表]
(「インターナショナルビューポイント」98年10月号)           

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