寄稿 ウクライナは売り物ではない!もう一つのウクライナ連帯は可能だ!
稲垣 豊 (ATTAC Japan首都圏)
以下は「ウクライナの頭越しに決めるな! 米ロ首脳会談に抗議する!8・15米国大使館緊急行動」(呼びかけ:ウクライナ民衆連帯募金、賛同:ウクライナ連帯ネットワーク、許すな!憲法改悪・市民連絡会)で連帯発言をした筆者が、発言に追加の情報を書き足したもの。緊急行動では武器取引反対ネットワーク(NAJAT)の杉原浩司さんの司会のもと、ウクライナ民衆連帯募金の加藤直樹さん、許すな!憲法改悪・市民連絡会の高田健さん、土井登美江さん、日本平和委員会の千坂純さん、チェチェン・ニュースの大富亮さん、ウクライナ連帯ネットワークの中村利也さんからもアピールがあり、約30人がアメリカ大使館に向けて抗議の声を上げた。(「週刊かけはし」編集部)
◎ウクライナの頭越しに決めるな!
日本時間の16日早朝4時半ごろから、アメリカのアラスカ州アンカレジの米軍基地でトランプ大統領とプーチン大統領が初めての対面会談を行います。当初はウクライナのゼレンスキー大統領も含めた三者会談を想定していたようですが、ゼレンスキーはロシアによる激しい攻勢が続く中、当然にも参加せず、ウクライナ抜きで取引が行われないようにと述べました。
7月にトルコのイスタンブールで行われた3回目の停戦交渉でウクライナ側は「完全かつ無条件の停戦」「ウクライナとロシアの首脳による会談の実現」「人道的取り組みの継続」を提示、そして8月にはトランプを交えた交渉の継続を呼びかけていました。一方、ロシア側は、さらなる捕虜交換や戦死者遺体の収容を目的とした「短期停戦」などを提示、首脳会談を行うためには「合意条件の確定が不可欠」との立場を示していました。
◎領土割譲は飲めない
問題はその「合意条件」ですが、当然にも双方が正反対の条件を提示しています。ウクライナ側は開戦以前の状態にまで戻すこと、ロシア側は2014年のマイダン革命の混乱に乗じて併合したクリミア半島と東部ルハンスク州とドネツク州の全域(分離独立派を利用してロシア軍関係者らが事実上の占領支配を続け、22年2月の本格開戦とともにロシア領に併合)をロシア側に割譲し、開戦以降に占領したザポリージャ州やヘルソン州の一部の事実上の併合を停戦条件としています。当然、ウクライナ側はこんな条件を飲めるわけがありません。
また本日(8月16日)のトランプとの会談を前に、ウクライナ軍がロシアの侵攻を食い止めているドネツク州の交通の要衝ポクロウシクなどでも、いまだにロシアの激しい攻撃が続いています。ロシア軍は人海戦術による戦線拡大や新型ドローンを導入し、数で劣るウクライナ軍は苦戦を強いられているようです。
◎トランプの機嫌をとりつつ?
こういった状況のなか、今日の「日経新聞」ではトランプに批判的なフィナンシャルタイムスのコメンテーターのギデオン・ラックマンが、かつてフィンランドが旧ソ連と和平条約を結ぶ際に領土、主権、独立を分けて考え、独立と民主主義を守るために領土の一部を譲ったことを紹介しつつこう述べています。「ウクライナの人びとも欧州の人びとも、トランプ氏の機嫌をとりつつ、長期戦に持ち込む必要があることを理解している。それは最高の選択肢ではないが、彼らがとり得る最善の選択だ」。
ひどい論調です。ウクライナは米ロの交渉のカードではないし、トランプのノーベル平和賞受賞のための踏み台でもない。たとえ停戦や和平の条件がどれだけ酷いものであったとしても、ウクライナの人びとの尊厳を保ちつつ、主体的に交渉を通じて最終的に選択しなければだめでしょう。それを「機嫌をとりつつ」?
◎Ukraine are Not for Sale!
今年2月に、開戦3周年にあたって世界各地でウクライナ連帯のデモが行われました。ウクライナ民衆連帯募金の仲間も「侵略反対」の横断幕を掲げてウクライナ連帯の声をあげましたが、世界各地では「Ukraine are Not for Sale!(ウクライナは売り物ではない)」というスローガンが見られました。ウクライナは、トランプの得意とする「ディール」の対象ではない、という怒りでしょう。
この「Not For Sale」は、あらゆるものを商品化する新自由主義に対抗する、もう一つの世界を求める運動のスローガンでした。20世紀のおわりから21世紀にかけて、日本や世界、とりわけグローバルサウスと呼ばれる国々では飲料水、土地、森林がどんどん私有化されていき、教育や医療などの公共サービス、郵便事業や鉄道などの公共インフラなども民営化という名の商品化がすすめられ、労働者を安く買いたたき、農民や漁民らの生産者を苦しめる資本主義的商品サービスを買う、自己責任の社会になりました。その一方で税金は軍事費や大企業の利益にあてられていきます。そのような動きに対して「われわれの世界は売り物ではない」Our World is Not for Sale! という声を上げたのが「反グローバリゼーション運動」と呼ばれた運動でした。
◎極右版「反グローバリゼーション」と「グローバルサウス」
しかしそれから20年がたち、世界の「反グローバリズム」は極右に乗っ取られたかんじがあります。「グローバリスト」や「ディープステート」なるものに乗っ取られた世界を取り戻せという極右の世界観は、プーチンのイデオローグたるロシア極右のネオ・ユーラシア思想にもつながるものです。
僕たちは自分たちのことを「反グローバリズム」とは呼ばず、経済と社会の民主化やエコロジーのグローバル化という意味を込めて「もうひとつのグローバル化運動」(オルタグローバリゼーション運動)と呼んできました。
ついでに言えば、それに対抗する「自由貿易経済」の救世主として名乗りを上げているのが、「グローバルサウス」と一括されている改革開放政策で労働者農民を過酷に搾取して世界第二の貿易大国にのし上がった中国。そして、そのおこぼれを受けてきた日本の大企業です。かつて私たちが「グローバルサウス」と呼んでいたのはラテンアメリカの反米政権でしたが、そのなかでも農民や労働者の生活や民主的価値を守り、たたかいを通じて反米政権や民主的政権を押し上げてきたグローバルな社会運動の力であり、それは「世界社会フォーラム」という流れに結実していました。
しかし今日のメインストリームのなかで「グローバルサウス」と呼ばれるのは新自由主義政策と極端な愛国主義、そして大漢民族主義を推進してきた中国共産党政権、極右ヒンドゥー至上主義とイスラム嫌悪を掲げる「民族義勇団」出身のモディのインド人民党政権です。ブラジルでは社会運動がルラ労働党をふたたび政権につけるなどの状況が続いていますが、それもまた極めて微妙な運動の上にあるなど、世界資本主義とともに進歩的社会運動そのものが危機に直面しているといえます。
進歩的な社会運動においては、対米あるいは反米的な気分で無批判に「グローバルサウス」と一括するのではなく、「グローバルサウス」の中の極右的な部分をしっかりと批判しつつ、民主的で進歩的で開かれたもう一つのグローバルサウスの民衆運動とのつながりを模索すべきだと思います。これはウクライナとの連帯にも言えることでしょう。
◎ウクライナの価値観
「Not for Sale」に話を戻すと、ちょっと癪なのですが、実は、地盤が爆発したり、電車が止まったり、工賃不払いなど、問題だらけの大阪万博に出展しているウクライナのブースのコンセプトが「Not for Sale」なのです。ウクライナ国旗を模した壁面にドでかく「Not for Sale」と書かれています。
8月5日に大阪万博のウクライナデーに訪れたウクライナ大統領夫人のオレナ・ゼレンスカは「ウクライナの売り渡すことができない価値観を表している」と述べました。彼女のいう価値観とは、勝ち取られた自由や民主主義、そして領土や主権などでしょう。
僕もその価値観の多くに共感しますが、今年7月に新たに就任したユリア・スヴィリデンコ首相の内閣に象徴されるネオリベ経済思想もまた、今のウクライナの支配層の主流の価値観だというウクライナ左翼の批判があります。
◎もうひとつのウクライナ
たとえばウクライナ民衆連帯募金がカンパを送った団体の一つである「ソツィアルニィ・ルフ」(ウクライナ「社会運動」)の共同代表のドゥーディンさんはゼレンスキー政権が進める労働規制の緩和やアメリカに有利な鉱物資源協定の締結などを批判しつづけてきました。またケア労働に従事する看護師たちの権利を守り、労働安全衛生を確保する取り組みなど公共サービスを守る取り組みなども積極的に展開しています。7月末にゼレンスキー政権がウクライナ国会に上程した腐敗対策機関の独立性をはく奪する法案が可決されたことに対して、キーウをはじめとする全国各地で法案撤回反対のデモが取り組まれ、ゼレンスキー政権は独立性を回復する新法を上程せざるを得ませんでした。
これらすべてはまさに「ウクライナは売り物ではない!」という民衆の社会運動にほかなりません。このような批判的左翼もまたロシアの侵略戦争に抗するたたかいに参加しながら、戦争下で進められようとしているネオリベ経済政策や反動政策への批判を続けています。
ここで日本政府のウクライナ支援について批判的に言及しておく必要があるでしょう。
◎日本政府のウクライナ支援
日本政府はゼレンスキー政権下における労働規制や農業政策面での規制緩和に乗じた経済支援を進めています。8月4日に東京で行われた「日・ウクライナ経済復興推進フォーラム」に参加した加藤明良・経済産業大臣政務官は、「日・ウクライナ経済復興推進フォーラム」で、民間企業等による両国の協力案件の具体化に向けてと発言。また岩屋毅外務大臣は、経済復興推進フォーラムに参加するため来日したウクライナのカチカ副首相との面談で、10年前に締結されたウクライナ投資協定の改定を進めると発言しています。
投資協定は企業がビジネスをしやすくする法的土台として、IMF融資の継続判断にとって重要な指標になります。ご存じのようにIMFや日本も大きくかかわっている世銀関連のプロジェクトなどは、いずれも新自由主義をもとにしたビジネスモデルです。
日本はこのビジネスモデルの環境下において、国際協力銀行(JBIC)がはじめて戦時下における開発融資に参画する欧州中心のウクライナ投資プラットフォームの設置に「G7議長国」だった2023年に主導的な役割を果たしてきました。これはウクライナ復興を見越した支援という名の「投資」だといえます。2024年には、このウクライナ投資の枠組みの中で、JBICが黒海沿岸及び関係諸国11か国によって設立されている黒海貿易開発銀行(BSTDB)とのあいだで総額1億5千万ドルのクレジットラインを設定しました。これは同銀行によるウクライナ復興に資する事業や加盟国内における再生可能エネルギーなど気候変動緩和プロジェクトに使われます。
そして今年2月28日の記者会見でJBICの林信光総裁は加盟国内における再生エネルギー事業として「原子力の分野での日本企業の進出を支援していくことを念頭に、ルーマニア政府が発行するグリーンボンドの一部取得を行いました」と述べています。
まさにウクライナ戦争という「火事場」を利用して原発事業を推進するためだと批判されても仕方ないでしょう。
これらJBICによる投資を含む総額120億ドル(1兆8千億円)以上の日本政府によるウクライナ支援に対して、一部の報道では、海外からウクライナへの支援が腐敗役人や企業に流れ、その一部が米・民主党に還元されているという報道もあります。ウクライナに限らず、これまでも「海外支援」は日本の企業にも、そして企業を通じて政治家にも還元されてきたことは周知の事実でしょう。税収不足ゆえに海外支援をやめるべきだという反動的論調に与することなく、世界の債務帳消し運動や海外支援における不透明性や政治的癒着の問題に取り組んできたNGOなどとともに、不公正債務の帳消しや本当に支援を必要としている人々に支援が届くように求めることが必要でしょう。
◎ネオリベ経済が土台
今回の経済復興推進フォーラムでも、国連工業開発機関(UNIDO)で、日本の経済産業省が資金援助して進められる「ウクライナ・グリーン産業復興プロジェクト」の本格的な協力がすすめられることになりました。このプロジェクトの総額は1億8800万ドル、約30社の日本企業が環境ビジネスや農業ビジネス、エネルギーや医療機器などについて、ウクライナのパートナー企業とともに実証実験を行っていくことになりました。
このようにウクライナの規制緩和やネオリベ政策をもとにしたビジネス中心の価値観に対して、私たちがウクライナの人びとに国際的な連帯を示す際には、さらにもう一つの価値観があります。
◎民衆の国際連帯
それは22年2月の開戦直後にポーランド経由でリヴィウに支援物資を届けたフランスの労働組合連合ソリデールなどの労働者国際救援運動、昨年11月に厳しい攻防戦の前線から遠くない東部ドンバスの炭鉱労働組合に救援物資を届けたイギリスのウクライナ連帯ネットワークの仲間たち、今年3月にはベルギーのブリュッセルで行われた英国のウクライナ連帯ネットワークや欧州ウクライナ連帯ネットワークが組織した国際会議に集まったウクライナや欧州の左派・進歩派の団体や労働組合などの人びとが共有する価値観です。
この3月の国際会議で採択された宣言は、ウクライナでたたかうすべての人びと、ロシア反戦運動の闘士たちに連帯を示すとともに、領土の併合の拒否、主権と平和に生きる権利、戦争を終わらせるための軍事的サポート、軍需産業の民主的管理、国際債務の帳消し、ロシアの石油や天然ガスの国際輸送の禁止、ロシアの戦争犯罪を裁き、連れ去られた子どもたちを保護すること、難民支援など、これらの取り組みを可能な範囲で国際的に支える仕組みを作ることなどを訴えています。また先日プライベートで来日した英国のウクライナ連帯キャンペーンの仲間とも交流を行い、可能な限りのウクライナ支援を続けていくことを約束しました。ウクライナ連帯キャンペーンは労働組合や進歩的組織を中心にしたネットワークで、ウクライナのウクライナ独立鉱山労働組合などとへの支援キャンペーンを続けているそうです。
日本の反戦平和運動や労働運動や市民運動を巻き込んでいくために、できること、できないことを冷静に判断・議論をする必要はありますが、ウクライナの闘う仲間たちへの連帯はこれまで以上に情熱的に訴えていく必要があると思います。

「ウクライナの頭越しに決めるな! 」米大使館に抗議(8.15)
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