2.21アイヌ文化から北方諸島の問題を考える

日本の社会はアイヌを伝えない社会

 【東京】2月21日、専修大学神田校舎で「2・21アイヌ文化から北方諸島の問題を考える」講演会が、同実行委の主催で開かれた。
 お話は田澤守さん(樺太アイヌ協会会長)。
 お話に先立ち、「アイヌの人たちのふる里になって サハリン墓参・交流のたび」(プライム10 NHK札幌)が放映された。樺太から引き揚げてきて稚咲内(わかさかない)に住むようになった家族の樺太そして稚咲内の姿を描いている。
 司会者が「樺太アイヌはロシアの領土になっていてほとんど自治権、自由交通権が十分保障されていないのではないか、現地でどんなことをやっていきたいのかとか、いろんな思いがあると思うので、その辺を語っていただきたい」と紹介した。(М)

田澤守さんのお話

「奪った側が日本人の歴史なんです。それをないことにしてはダメなんですよ」

樺太アイヌの歴史と生活

 13年前と何も変わっていない。率直な感想だ。あえて皆さんを追及する。また13年後、同じことを言わなければならないとしたらがっかりする。変わっていなければいけないはずだ。でも変わらない。聞き取りをしている。それをどうするの、あなたたち。皆さんに答えを持って帰ってほしい。
 稚内のわっかは水、ないは川。稚内は飲み水のある川。稚咲内は飲み水のない川。原生砂丘林の中に、村づくりをした。雨が降ると水が出る。小さい時はいつも水くみをしていた。電気は小学校に入ってからです。ランプ磨きが子ども仕事だった。どうすれば皆さんがアイヌのことについて、伝えていけるのだろうか。伝えていってほしい。
 1955年生まれ。天塩郡豊富町稚咲内番外地。番地がない所です。樺太アイヌと言っているが日本政府は認めていない。北海道アイヌは認めていて旧土人だ。樺太は土人だ。樺太では昭和8年までどこの国のものでもない。土人なんです。当時の樺太の実力者が日本政府に、戸籍を与えよと言った。樺太アイヌには日本戸籍を与えた。これは台湾も同じ。旧土人ではなく、一気に日本人になった。
 何が発生したか。旧土人・北海道アイヌは開拓したら土地を与えられた。樺太アイヌにはそういうのはない。
 私が生まれた時、ニシンがいっぱい獲れた。国策で村つくりをした。樺太アイヌと和人側で800人ぐらいいた。その6割が樺太アイヌ。すごい人口比率だ。なぜそこに入植せざるを得なかったのか。おかしいと思いませんか。アイヌ語分からないわけがない。飲み水もない川、人間が住む所ではない所に住まわざるをえなかった。和人は漁業ではなく酪農をやった。原生林なので牛は草を食べる。
 港ができるまで40年かかった。砂浜なので砂がどんどん入ってくる。それを取り出す。今でも10月から3月いっぱいシケで漁に出れない。その期間出稼ぎに行った。アイヌ語で泊は港だ。

強制移住の歴史

 1875年千島・樺太交換条約、ロシアと日本で樺太と千島を取りあいした。その時に、841人のエンチウ(樺太アイヌ)の人たちを北海道に強制移住させた。研究者は強制移住とは絶対に使わない。強制移住という言い方には私も反対だ。強制移住は本来国民がその国の国民の人たちを強制移住、樺太アイヌと千島アイヌはいつから国民になったのですか。いつから北海道・樺太は日本国民になったのですか。全部略奪したんですよ。これがアイヌの歴史なんです。
 奪った側が日本人の歴史なんです。それをないことにしてはダメなんですよ。戦争を放棄しているはずなのに、武器を作って売っちゃう。一人殺したら人殺し、百人殺したら人殺しにならない。日本の国は。
 なぜアイヌは日本の国に従わざるをえなかったのか。武器を持って戦って痛い目にあっているから、アイヌは従わざるをえなかった。12~13世紀の時に、樺太アイヌも北海道アイヌも戦争している。モンゴルとも日本とも戦っている。アテルイ、東北の方も戦っている。みんななんで負けているかといったら武器だ。刀や槍や。一番怖いのは伝える人たちがいなくなることだ。
 なぜ、戦争をしない、武器を使わないで、仲良くできると考えないというのはおかしい。なぜ、未来を描けないのか。エンチュウにはちゃんと伝わっている。千島樺太交換条約で、ロシアと日本が戦争した時に、何で日本は勝ったのか。おやじたちがアイヌからの伝えで、戦争のあった時に、樺太アイヌは水先案内人となったからだ。地形だとかここに行ったら食料があるだとかいろんな情報がある。

少数者の権利を認めることの大事さ

 アイヌにとって民主主義は一番の敵だ。多数決で物事決めたら、アイヌはどんなに正論を言おうが覆ることはない。アイヌの決め方は合議だ。議論して議論して、間違ってもその時の最善の答えを決める。
 樺太はもともとは中国。山丹交易がある。中国の皇帝と樺太アイヌの覚書がある。松前は和人地だと言うけれど、十三湊の安藤一族と松前は親戚だ。安藤一族は完全なアイヌだ。三内丸山遺跡もそうだ。三内はアイヌ語だ。
 日本の社会はアイヌを伝えない社会。アイヌに寄り添うとアイヌに味方しているようにしている。これは上手だな。いろんな所で、アイヌの先住権、自己決定権と言いながら組織を立ち上げるが、そこに必ず弁護士だとかからんでくる。私はすごく拒否反応を起こす。なぜ、アイヌの自己決定する場に、和人側が入らなければいけないのか。
 国のアイヌ政策検討委員会なるもの。アイヌを二から三人入れて、後は最後にいるのは官房長官で総理大臣。アイヌに絶対決定させない。自己決定させない組織だ。私は多数者の権利は少数者の権利を絶対的に認めて初めて成り立つものだと思っている。それ以外にない。少数者の権利を認めない日本社会がある。
 アイヌの自己決定する組織を立ち上げたら、和人側の人たちは自分たちの今までアイヌにしてきたことの反省を踏まえて、どうしたらいいかを、その人たちが決める。大多数の人は少数者が自己決定したことを最大限守る。絶対に犯してはいけない。
 アイヌの権利はずっと国連宣言からも、すべてあると認めているはずだ。しかし国際法ほど役に立たないものはないと分かりました。なぜか、日本政府は批准しなくともいいからだ。アイヌにとって一番大事な生活・土地を返さない。土地があるから生活があって、どういうふうな文化となるかにつながる。
 アイヌ振興法があるが、おととし、札幌市役所とチャランケした。アイヌの生活館を建てるのに、どういう生活がいいのか聞き取りをやった時に、ヘイトの人も使えますよ、アイヌのことをおとしめる人も日本国民だったら誰でも使えると役所の人はいう。…(略)
 アイヌ文化の人材育成のためにあの手この手でやっている。文化事業を育成したら受け入れ地域、そこの生活はどうなの。それさえも整ってないで、文化育成して、今のアイヌ文化って何なの。どうするのか。
 樺太に4回ほど行った。その時、「ここはあなた方の先住地、主役の場だ」とロシアの方は認めている。認めてないのは日本だけです。北海道・千島・樺太はアイヌ・エンチウ・クリルの先住地だ。北方領土と呼ばないといけない土地がある。千島は24の島からなっている。北方4島とったら20になる。みんなアイヌの土地なんです。北海道ウタリ協会の時代に、北方領土は権利を留保する、権利はあるが今は主張しないと総会が決議した。私は大反対した。
 稚咲内でなぜ拒んだのか。あそこではアイヌの生活はできなかった。漁もできないような所で、どう生きるかがすごく重要。砂浜なので泥臭くない。世界で初めての養殖事業をやったが数年で失敗した。稚貝を苫小牧漁港でやった。いま古老から聞かないと、明日はない。できたら樺太アイヌのトンコリをやったり、ちょっと歴史に触れてください。アイヌ文化を見直さないといけない。樺太アイヌのことをおかしくされる、口だせない状況にきている。それがアイヌの今後につながる。(発言要旨、文責編集部、質疑応答は略した)

講演する田澤 守さん

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