書評「共同の未来」(ジャン=リュック・メランション) 法政大学出版局 2024年
メランションの「共同の未来」が浮き彫りにするもの――日本の左派に何が足りないのか
西島志朗
「服従しないフランス」の選挙公約
「訳者あとがき」によれば、本書はメランションによる2020年4月の大統領選挙の際の政権公約であり、同年6月のフランス国民議会選挙の際に結成された政党連合「新民衆連合」の政権公約でもある。この政党連合は「服従しないフランス」を中心に、社会党、共産党、緑の党などによって構成された。
「新民衆連合」は、本書を基礎にした650項目もの「共同政府計画」を公表し、その95%で合意が成立し、33項目は意見の相違があるとした。ただし、「以下の重要施策については合意が成立している。すなわち、最低賃金を月1500ユーロに引き上げること、60歳定年制を復活させること、生活必需品の価格を凍結すること、経済計画を立てること、第6共和制を設立すること、若者のための自立手当を支給することである」(P206)。
2024年の国民議会選挙では、左派政党は、極右政権成立を阻止するため、前年に解消した「新民衆連合」に代わって「新人民戦線」という左派連合を立ち上げた。選挙の結果は周知の通りである。
著者のメランションは、高校生の時に5月革命の運動に参加。国際共産主義組織(OCI)に所属し、フランス全国学生連合で活動した。1977年に社会党に入党。党内左派として活動したが、2008年に離党して「左翼党」を結成。2016年にエコロジストやLGBT運動とともに「服従しないフランス」を結成した。(「不服従のフランス」と訳されることが多いが、本書では「服従しないフランス」としている)
本書の意義
本書の意義について、訳者はこう述べている。
「本書は、これまで日本でまとまった紹介がなかったメランションと「服従しないフランス」の思想と活動を伝えてくれる。本書を読めば、「服従しないフランス」が単なる左派ポピュリズム政党ではないことがお分かりいただけるだろう。党名の「服従しない」が意味するのは、資本主義が必然的に生み出す環境破壊や新自由主義に基づく経済・社会政策が生み出す不平等、NATOの軍事主義に服従しないということなのである。・・・われわれが学ぶことができることの一つは、明確な理念と、民主的な討論に基づく具体的政策の練り上げという活動スタイルであろう。「共同の未来」の数々の政策は、広範な支持組織による議論の積み重ねによって作り上げられた。「服従しないフランス」はニュイ・ドウブ運動、黄色いベスト運動、年金問題など、常に戦いの中で議論を重ねてきた。その基盤があって初めて選挙を戦うことが出来たのである」(P208―209)。
反資本主義の市民革命
メランションは、本書冒頭の「日本の読者へのメッセージ」の中で、「共同の未来」の反資本主義的性格を明確に述べている。
「共同の未来」は、資本主義を打倒するための移行プログラムである。秩序正しく、平和的に、そして何よりも最悪の事態の回避に間に合うように!・・・私たちの行動計画は、たんなる技術官僚による予測的管理とは異なる。それは、生産者、消費者、教育者の調子を合わせ、原材料、エネルギー源、回収・リサイクル過程の選択を調整する、社会的オーケストラを指揮することである。・・・このようなプログラムは、権力の手綱を握っている金融寡頭制と対決することなしには実行できない。それは息も絶え絶えの社会民主主義がいまだに提案しているような、旧態依然とした妥協のプログラムではない。生産至上主義によって増大し続ける富を再分配することで不平等を是正するのではない。私たちの視点の存在意義は、生態系の危機に対応するために必要な目標と、資本の目標との間の根本的な矛盾にある。したがって私たちが提案しているのは、過去の政策と決別するためのプログラムなのである。それを最後まで実現するためには、人々を根底から動かす必要がある。私たちはこれを市民革命と呼んでいる」(「日本の読者へのメッセージ」ⅵ~ⅶ)。
社会民主主義と一線を画す具体的政策の体系
メランションは、「富の再分配によって不平等を是正するのではない」と述べて、社会民主主義と一線を画し、金融資本との対決が不可避であるとする。この基本的なスタンスは、日本のリベラル左派のそれとは全く別物である。
本書は、このスタンスに基づく膨大な政策の体系であり、詳細に検討し真摯に学ぶに値する。しかし、この「不完全な短い書評」で網羅的に紹介して検討することは不可能であり、私の能力の限界をはるかに超える。ここでは、主要な政策のいくつかについて、部分的に、かいつまんで、取り上げるしかない。
また、憲法を改正し「第6共和政」に移行すること、新憲法に「自然が再生できるもの以上を自然から奪わない」という「グリーン・ルール」の原則を憲法に書き込む、ということが本書全体の基調になっているが、やはり能力不足のため、そこには言及しない。
そこで、この書評では、第7章「完全雇用」、第8章「豊かさの分配」、第13章「平和のためのオルター・グローバリズム外交」の3つの章に限定して、なおかつ、各章の政策の一部を取り上げて、具体的な「鍵となる政策」を紹介し、日本の状況と比較しながら、その内容にコメントしてみたい。(►印が「鍵となる政策」、➡印が私のコメント)
第7章 「完全雇用」
►「直ちに週35時間の法定労働時間・・・を復活させ、きつい仕事いや夜間勤務は週32時間に移行し、団体交渉を通じて週32時間制を広めることを奨励します」
➡日本では共産党が「週37時間労働」を主張しているが、労働時間の短縮に関する要求は、「生涯現役」と「働きたい改革」のキャンペーンに埋没している。「服従しないフランス」は、「60歳定年制」の復活や「6週間の有給休暇の一般化」を求める。失業対策であるとともに、「労働時間の短縮は社会的・人間的な進歩である」という価値観が重視されている。
日本で労働時間の短縮を要求すれば「手取りが減る」という反応が返ってくるだろう。問題はあまりに低すぎる賃金である。
►「企業における不安定雇用契約の上限枠を導入します。中小企業は10%、大企業は5%です」
➡フランスでは「約400万人が不安定雇用で働き、新たな雇用の87%が短期契約」となっている。「上限枠」の導入とともに、「デジタルプラットフォームの労働者(ウーバーイーツ、デリバールーなど)と、給与労働者であるのに自営業者だと偽って扱われてきたすべての給与労働者を、賃労働契約に分類し直します」としている。
さらに、 「有利原則」を復活させる。「有利原則」とは、「企業内協定は産業部門の団体協約よりも労働者にとって有利なものでなければならず、産業部門の労働協約自体が法律よりも有利なものでなければならない」という原則である。これは、産業別労働組合の交渉の成果が、その産業部門の個別企業の労働協約に反映する仕組みである。
日本は企業別組合なので、「春闘」による賃上げの効力は企業内に限定される。対照的に、フランスでは産業別労働組合が勝ち取った労働条件はその産業全体に「拡張適用」される。労働組合の社会的存在意義が全く違うことになる。だからこそ、日本の労働運動は、社会的労働運動として、最低賃金を「生活賃金」に引き上げることを最優先する必要がある。
►「直ちに月額の法定最低賃金を、手取り1600ユーロ(約25・6万円)に引き上げます」
➡手取りで月25万ということは、週35時間労働では時給2000円を超えるだろう。「生活賃金」の水準と言える。さらに、「最高賃金」を最低賃金の20倍以内に制限することや、ストックオプション(会社役員が優遇価格で自社株を買う権利)の廃止、株主への配当を従業員に支払われる割合と同じに制限するといった政策を提起している。
►「燃え尽き症候群を職業病として認めます」
➡ 「燃え尽き症候群」とは「労働環境が原因で起こる深刻な職業性ストレス障害」のこと。さらにここでは、「失業期間も含めた就労期間中の定期健診の復活」や「つながらない権利」、「テレワークの制限」にも言及している。
日本でも精神疾患(うつ病)が増加している。間違いなく、フランスよりも深刻な状況である。精神疾患の大半は個人の問題ではない。それは、過大なノルマと長時間労働、機械とマニュアルに従属する労働、パワハラ・セクハラが蔓延する職場の問題である。
►「40年間の分担金支払い後、60歳で退職、年金を満額受給する権利を復活します」
➡脚注(P103)によれば、フランス人の83%が、退職者すべてが法定最低賃金と同額以上の年金を受け取ることに賛成しており、またフランス人の68%が60歳以下での退職に賛成している。メランションの政策は、このような広範な支持に支えられている。
日本では、ほとんど何の抵抗もなく、年金支給開始年齢が引き上げられ、かつ実質的な減額が進められ、「老後の年金は自己責任」であり、今や、NISAで投資して稼ぐことが推奨されている。新自由主義のイデオロギー攻撃が、最もうまく「理想的」に成功しているのが日本の現状だろう。すでに「超高齢社会」への移行、「健康寿命」の伸長と「貧年金」の下で、「生涯現役」が喧伝され、国民の間で「常識」となり、高齢者の労働参加率は急激に上昇した。「高齢者」の定義を70歳に引き上げることさえ検討されている。
問題は「貧年金」であり、最低でも「基礎年金の倍額支給」を要求しなければならないし、社会的権利としての「年金権」を要求して、NISAと「スキマバイト」への依存を断ち切らねばならない。
第8章「豊かさの分配」
►「過去に行われた民営化部門(空港、高速道路、宝くじなど)を再び公営化します」「金融取引に関する実質的な課税を創設します」「公的銀行センターを創設します」「欧州中央銀行(ECB)が保有している各国の国債を、ゼロ金利の永久債に転換するよう欧州連合に要求します」
➡これらの政策には、金融デリバティブ商品の禁止やレバレッジと法外な株主還元の制限などが含まれる。また、「社会的・エコロジー的な基準に基づく零細企業への融資と、公共予算への資金供給のために、総合銀行を国営・公共化する」としている。ECBが保有する国債を「ゼロ金利の永久債に転換する」ということは、元本を返済しないわけではないが、金利は払わない、ということだろう。
また、「公債を金融市場の手から切り離すため、国庫の回路を復活させます」との政策も明示している。1960年代に、「国庫の回路」は、政府に極めて有利な短期資金調達を可能にしていた。フランス政府は事実上「ほぼゼロ金利」に近い条件で銀行から資金を引き出すことができた。
このような金融政策は、税制改革や株式市場への規制と共に、「金融に対する権力を取り戻し、投機家たちの行動から実体経済を取り戻す」ことを目ざしている。
日本では、国債の過剰な発行で金融市場が不安定化することへの危機感は語られても、国債を発行することで、つまり金融市場に利付債券を提供することで、公共政策の財源を確保する方法そのものや、莫大な金額(10兆円)となった国債の利払いを、利息を払うこと自体を、疑問視する政党など全くない。金融資本にとって日本は天国だ。誰も「デリバティブを規制せよ」などとは言わない。
►「誰一人として生きる尊厳を奪われることのないよう、自立の保証を創出します。各人の月収が単身者の貧困ライン(1102ユーロ)に達するようにします」
➡フランスでは、1000万人が貧困層であり、ホームレスが30万人とされている。貧困ラインを上回る収入の保証、食料品の価格統制、多重・過重債務を背負った世帯のローンの組みなおし、銀行手数料の上限規制、大量の公共住宅の建設、大都市での家賃の引き下げなどの政策が列記されている。
日本でも、「物価高」「生活苦」が最大の問題となり、家賃も引き上げられている。東京都内での食料品無料配布には長蛇の列ができる。「路上生活者」への支援として始められたNPOの活動は、今や主として年金生活者を支援するものとなった。「食料品の価格統制」は当然かつ喫緊の政策である。「消費税率ゼロ」や「給付金付き税額控除」などで誤魔化すのではなく、企業の販売価格を統制することで、資本の利益を犠牲にして、物価を下げねばならないのである。
第13章「平和のためのオルター・グローバリズム外交」
►「NATOの統合司令部から直ちに脱退し、ついでNATO自体からも段階的に脱退します」。
ここでは、「文明の衝突を拒否し、平和に貢献する非同盟の国際活動を担い、普遍的で歪められていない人権概念を奨励します」「インド太平洋その他の地域における常設軍事同盟への加盟を全て拒否します」「オルター・グローバリズムに基づく新たな協定の成立に取り組みます」等の「非同盟・自主独立」の政策が強調されている。
➡NATO脱退と共に、「兵器産業と国防任務の民営化をやめ、公共企業に戻します」「軍の国産装備品の購入を優先します」「義務的市民奉仕のための選択肢のひとつとして兵役の可能性を開きます」等の具体的政策に言及している。
「義務的市民奉仕」とは、「第11章 教育と研修・職業訓練」の中に位置付けられた政策で、その「鍵となる施策」は、「市民奉仕制を創設し、国家市民隊(国民衛兵)を創設します」とされている。具体的には、「25歳未満の男女に9ヶ月間の市民奉仕制を創設します。これには見直し済みの法定最低賃金の報酬が支払われます。この制度には、初歩の軍事訓練(良心的兵役拒否の権利があります)と公共サービス業務(被災者・人命救助、警備、環境保護・修復、公益NPOの支援、公衆衛生危機の際の住民支援)が含まれます」。
日本の現状と比較すると突拍子もないが、「国民衛兵」とは、フランス革命時に常備軍に代わってフランス各都市で組織された民兵組織であり、七月革命と二月革命において重要な役割を演じた。フランスでは、「人民の武装」という思想的伝統が生きているのだろう。「市民奉仕制」は、2021年に導入されたマクロンの「普遍国民奉仕」への対案でもある。
「服従しないフランス」
をどう評価すべきか
さて、「服従しないフランス」の政策体系を革命的左派はどう評価しているのだろうか。
本紙(かけはし)2月16日号と2月23日号に、「フレデリック・ロルドンの不服従のフランス(LFI)批判について」が掲載された。現在のフランスで、おそらく最も革命的な知識人の一人であり、ニュイ・ドウブ運動の理論的リーダーだったロルドンが、メランションの政策をどう評価しているのか、大変興味深い問題であり、「かけはし」の記事は貴重な資料である。
記事によれば、ロルドンは「まだだめだ。本気で反資本主義とは思っていないだろう」と評価し、「・・・財産の没収はどうなるのだろうか? 財産の没収がどのような抵抗を引き起こすと想定されているのだろうか? 」と警告し、「資本主義からの脱却以外に生態系の救出はありえない。しかしそれは本当に脱却すること、つまり生産手段と分業を編成する能力の両方を超富裕層の手から奪い取ることでなければならない」と主張している。
つまり、生産手段の所有に基づく資本の経済権力(何を、どうやって、どれだけ生産し、いくらで販売するのか)を、「超富裕層の手から奪い取る」ための具体的な準備ができていないし、第8章「豊かさの分配」で提起されている金融政策も中途半端なものになっているということだろう。
確かにその通りだ。しかし、ロルドンの批判を糧にしつつ、われわれには「共同の未来」から学ぶべきことが山ほどある。それは「社会民主主義的政策の完全な破綻」の現実から出発して、フランスの急進的な大衆闘争と階級闘争の伝統を引き継ぎ、広範な「民主的な討論に基づく具体的政策の練り上げ」によって築かれた「反資本主義的綱領」なのである。
「訳者あとがき」にはこう記されている。
「・・・フランスと違って日本では、1968年5月を頂点とする運動の高まりを次の世代へとつなぐ連結器が働かなかった。しかしいまや日本はどの資本主義国よりも矛盾が蓄積していることは明らかだ。主要先進国の中で日本だけ賃金が下がり続け、福祉政策は切り縮められ。年金は減り続けている。また男女の賃金格差は最も大きく、女性労働者の大部分は非正規雇用であり、母子家庭の貧困率は深刻である。そして多くの若者が低賃金と非正規雇用の状態に置かれている。こうした苦しみや怒りを国政につなぐ回路が必要であることは間違いない」(P209―210)。
「連結器」は、量的に小さいだけでなく、質的にも、つまり政治的レベルにおいても「働いていない」。われわれは急いで、自らの政策を練り上げねばならない。
(3月4日)

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