投稿 今こそ「生活賃金」運動を
「最低賃金2000円以上」要求する大衆闘争の組織化を
西島志朗
はじめに
「かけはし」8月3日号一面の見出しを見て、驚いた。「昨年を上回る最賃引上げを」!?いったいどうしたのだろうか。引き上げ額が昨年を上回れば、「よし」とするのだろうか。また、8月24日号の3ページには、「・・・全国一律最低賃金の実現と最低賃金の抜本的引上げ、賃金の物価スライド制・・・」とある。「賃金の物価スライド制」!?現在の極端に低すぎる賃金水準を前提にして、物価上昇率に合わせて引き上げろと言うのだろうか。
私は、このような主張には、到底納得できない。同時に、「最低賃金1500円をただちに実現」という要求も、最低賃金近傍で働いている労働者の心に響くものにはならないし、情勢に立ち遅れていると言いたい。すでに、アルバイト求人の平均時給は、1300円~1600円(埼玉県)まで上がっている。連合や全労連の「生活賃金」に関する調査結果も、「1500円」では全く足りないこと、まともな生活はできないことを裏付けている。
この小論で、改めて、「生活賃金運動」の喫緊の必要性を訴えたい。
単身者の「生活賃金」は1909円
「厚労省は3日、都道府県ごとに決める2026年度の最低賃金の全国加重平均が1177円になったと発表した。今の全国平均である1121円から56円増え、引き上げ幅は25年度の66円に次いで過去2番目に大きい。賃上げ原資の確保が急務となるが、中小の余力には限りがある。日銀短観によると、25年度の時点で大企業の売上高経常利益率が10・42%だった一方、中小企業では4・69%にとどまった」(日経9月8日)。
時給1177円では、月に200時間(!)働いても24万弱にしかならない。手取りは20万を下回る。家賃も食料品も高騰している。単身者でもまともな生活はできないだろう。
「25歳の若者が岩手で自立して「まともに」暮らすには、月収がどれくらいあればいいか。全国労働組合総連合(全労連)東北地方協議会が試算したところ、「28万6363円必要」という結果になった。前回2022年の調査から、約2万8千円増えた」「月150時間働くとして、必要な時給は「1909円」。22年の試算では、1720円だった。岩手の現状の最低賃金は、時給1031円。昨年12月の改定で79円上がったものの、物価上昇に追いついていない」(朝日6月2日)。
全労連の調査では、岩手県の単身者の生活賃金が1909円となった。「昨年を上回る最賃引上げ」ではとても追いつかない。「物価スライド制」だと、物価が2倍程度になって初めて実現する賃金、ということになる。
飢餓賃金を正当化する
差別意識
「最低賃金制度」には2つの機能がある。ひとつは、労働力の再生産費用である賃金が「飢餓水準」に下がることで、再生産を阻害することを防止することであり、もうひとつは、単純作業に従事する最下層労働者の賃金を合法的に下押しすることである。
「1177円」は「飢餓賃金」と言うべきだろう。なぜなら、この賃金水準は、すでに婚姻率や合計特殊出生率の低下の要因となり、労働力の次の世代の再生産を阻害しているからだ。最低賃金審議会は、「飢餓賃金」を合法化している。「労働力という商品」と賃金とは、「等価交換」されていない。
2023年の連合の「リビングウェイジ報告書」(埼玉県モデル)は、「世帯単位」で生活賃金を調査したものだが、「稼ぎ手が1人で子どもが2人の場合」は2000円~2400円、「稼ぎ手が2人、子どもが高校生、中学生の場合」は2人合わせて3200円~3600円となっている。1500円でも足りない。念のため、この調査は3年前のものである。
「世帯単位」で調査することは、女性の賃金が補助的な水準であることを前提にしているようで、調査手法として問題があるとしても、「ひとり親世帯の生活賃金は2000円~2400円であること」、さらに、「夫婦ともに最低賃金で働いている場合は1500円でも足りないこと」を明らかにした意義はある。
そもそも「1500円」は、最低賃金が800円程度だった時期に、まともな生活ができる賃金水準として要求されたはずだ。しかし、現時点での要求水準としてそのまま継続する惰性は、「最低賃金近傍で働いているのは、どうせパートの女性労働者だから」という家父長主義的な潜在的差別意識を孕んでいると言えば、穿ち過ぎだろうか。「このような調査結果を知りながら、今1500円を要求することは、女性の賃金は家計の補助ということを暗に認めることにならないか」と問われた時、労働組合は何と答えるのだろうか。最低賃金は生活賃金でなければならない。「誰一人取り残さない」ことを貫くならば、それは「シングルマザー世帯の生活賃金」でなければならない。
「賃金の物価スライド制」は、生活賃金を要求する闘いの前進の中でこそ意味を持つ。「昨年を上回る最賃引上げ」の要求は、全く論外である。
雇用の劣化、「労働力の
再構成」
2000万人以上の労働者が、「正当な再生産費用」に満たない賃金で働いている。その絶対数と割合は増え続けている。労働市場が「売り手市場」であるにもかかわらず、下層労働者の賃金は、「再生産費用」を下回り続けている。
1970年代から80年代にかけて、正社員をパート労働者に取って替える「労働力の再構成」が進行した。それは、正社員層の大量削減・長時間労働・サービス残業の蔓延とセットであり、多くの職場で「パートの主戦力化」へと至る。さらに、90年代から2010年にかけて、パートに加えて、派遣労働者やギグワーカー、偽装フリーランスなどの多様な非正規社員が急激に増大した。バブル崩壊後、労働組合(連合)は、「正社員の雇用を守るため」という口実で、賃金の抑制を受け入れ、非正規雇用を認め、結局、正社員の大量の「希望退職」を余儀なくされた。
そして、2010年代になると、副業・複業が奨励され、「女性活躍」と「生涯現役」のレトリックで、女性と高齢者の労働参加率が上昇した。スポットワークが急増する。「パートさん」の下に「タイミーさん」という「身分」が作られた。女性と高齢者の低賃金は、「どうせ女性の賃金は家計の補助」、「どうせ年金の補助だから」という「論理」で正当化される。資本は「女性差別」と「貧年金」を利用して、「労働力の再構成」を推し進め、深刻な「人手不足」に対処している。「飢餓賃金」レベルの最低賃金が、「再構成」を支えている。資本によるこの「再構成」が、女性労働者と高齢者に「飢餓賃金」を強制し、男性下層労働者の非正規化と賃金抑制を促進している。
「賃上げ原資がない」は本当か
最低賃金審議会で使用者側委員は「原材料費の高騰や中小・零細企業の厳しい経営実態を踏まえ、支払い能力を慎重に見極めるべきである」と主張する。「中小・零細の支払い能力」を盾にした論理によって、労働側の委員は抑え込まれてしまう。
「賃上げの原資がない」は、本当だろうか。いったい何十年、中小・零細の労働者だけが我慢させられるのか。
労働者の7割は中小企業に雇用されているが、従業員数100人未満の中小企業の組合組織率は0・8%であり、「春闘」は別世界の出来事にすぎない。ほとんどすべての職場に集団的労使関係がない状態であり、労働条件についての「労資交渉」は全く行われていない。「交渉」がないのだから「賃上げの原資」が本当にないのかどうかは定かではない。
確かに、中小企業での個別の賃金交渉は困難である。帳簿を公開させてギリギリの交渉をしても、本当に赤字で賃上げの原資がない中小企業が相当な割合で存在する。だから、各種補助金や中小企業向け「賃上げ促進税制」に頼るしかないのだろうか。
そうではない。「賃上げの原資がない」その主要な原因は、大企業による「下請け叩き」である。中小下請け企業が原材料を輸入して加工し、親会社に販売する。親会社が「買い叩く」ことで、輸入原材料高騰のコストは下請けが被り、親会社は「円安」を口実にして販売価格を引き上げ利益を拡大する。この構造こそが「25年度の時点で大企業の売上高経常利益率が10・42%だった一方、中小企業では4・69%にとどまった」(日経9月8日)原因である。
上場企業だけで、600兆円もの内部留保をため込んでいる。2025年度だけで、上場企業の「純利益」は75兆円にのぼる。「総資本」との関係では、大企業の利益を犠牲にすれば、「賃上げの原資」は有り余るほどである。重要なことは、その「原資」はそもそも労働者の剰余労働を盗み取ったものだということである。中小・零細企業の労働者が働いて生産した剰余価値は、大企業に「移転」されているのだ。労働者には、それを取り返す正当な権利がある。
労働組合は「街頭」へ
どうすればいいのか。
中小・零細企業の経営者が横につながって、親会社との取引価格交渉を行うことを促し、労働者と中小企業の犠牲の上で莫大な利益を上げている大企業の「下請け叩き」を暴露しなければならない。そのために、左派労働運動は、すべての労働組合に呼びかけ、すべての市民運動に呼びかけ、生活困窮者を支援するあらゆる団体に呼び掛けて、「生活賃金を求める国民運動」を組織しなければならない。その草の根の大衆運動の高揚こそが、中小・零細企業の経営者を動かし団結させて、大独占との「価格交渉」へ向かわせる。
全国から結集して「厚生労働省」を包囲し、最低賃金2000円を要求しよう。トヨタの本社の前で「買い叩きをやめろ」と叫ぼう。タイミーの本社の前で「ピンハネは許さない」と叫ぼう。それぞれの地域で外食大手チェーン店や大手スーパーマーケットに対して、「2000円未満での雇用は許さない」と声をあげよう。
個別企業内での労資交渉の重要性を否定するわけではないが、今労働組合に求められていることは、街頭に出て、「生活賃金運動」を組織することである。それこそが、低賃金と過重労働によって、女性労働者にはそれに加えて無償の「家事労働」によって、インフレによって、「生活苦」に苛まれる非正規の未組織労働者たちが、「自己責任」の鎖を断ち切って、街頭に出て声を上げる道を拓くだろう。
(9月25日)
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