女性が自らの身体をコントロールする権利と暴力のない生活を送る権利を保障する

 人間は、自分自身との関係、つまり-女性の身体を通じての-自らの生物的再生産を意識的に管理することなしには、他の自然との関係を意識的に管理することはできないだろう。女性の権利に対する家父長的な攻撃があらゆるところで強まっており、それが性差別主義者や性的攻撃と連携しているのは偶然ではない。こうした攻撃は、富裕層や資本家に奉仕する強力な権力を確立しようとする政治的プロジェクトの不可欠な一部だからである。それは反動的であり、激しい反LGBTQI+でもある「生命保護」イデオロギーの名の下におこなわれることが多い。そうしたイデオロギーは人新世の気候変動をも否定する。しかし、こうした反動勢力と並んで、生態系の危機を「人口過剰」のせいにし、それによって権威主義的な避妊政策を押し付けようとするテクノクラート潮流も存在する。こうした二つの脅威を前にして、われわれの主張は、女性が自らの生殖能力をコントロールする基本的な権利を否定するために、道徳やより高尚な理由を、それがたとえエコロジー的なものであっても、引き合いに出すことはできないということである。この権利の否定は、家父長制とその現在の資本主義的形態の利益のためにある他のすべての支配のメカニズムと一体のものである。その中には、他の自然に対する「人間の支配」も含まれる。人間の解放には女性の解放も含まれる。このことがまず何よりも意味するのは、女性が避妊、中絶、それらの使用方法に関する教育、再生産ケア全般に自由にアクセスできなければならないということである。それはまた、女性やLGBTQI+の人々に対するあらゆる形態の身体的・心理的・社会的・医療的暴力に反対する闘争を意味している。