フレデリック・ロルドンの「不服従のフランス(LFI)」批判について ②
「不服従のフランス」は反資本主義なのか?
2026年1月6日 アダム・ノバック
ネットワークと寡頭体制
テクノ封建制をめぐる論争は、「不服従のフランス(LFI)」の戦略的方向に関わる重要なものである。LFIの運動は「ネットワーク」(インターネットだけでなく、公共サービス、電力供給、都市アメニティを含む広い概念として)を階級分析の中心軸としてきた。メランションは「Faites mieux」の中で次のように書いている。「人民と寡頭体制とはネットワークの支配をめぐって争っている」、「人民こそが富とネットワークへのアクセスの共有をめぐる抗争の主役である」。
ロルドンはこの分析が優れていることを認めている。メランションの概念においてネットワークをめぐる問題は、新自由主義下における公共サービス・インフラ(郵便局、病院、鉄道駅など)の破壊、気候変動に伴う電力供給の不確実性、そして貧困層を「あらゆる場所から遠い場所へ」追い出す空間的隔離を包含するものである。
しかし、何かが忘れられている。「不服従のフランス(LFI)」を設立した意図は称賛に値するものだった。それは歴史の主体としての「工場プロレタリアート」という硬直したイメージを超えることだった。新しい階級分析は労働の場だけでなく現代生活のあらゆる条件を包含する必要があった。しかし、この刷新の試みは先走りすぎだった。正統派マルクス主義が階級主体を工場での生産者としてのみ捉えていたのに対して、LFIの現在の路線はそれをネットワークから隔離された人々の困難な生活にのみ見ている。生産者の姿が階級という体系的な概念から消えてしまったのである。
資本主義の基本的な論理、つまり(投資用)不動産と貨幣の自己膨張という形での無限の蓄積の論理、マルクスがG―W―‘G(貨幣を商品生産のために投資して、最初の投資を上回る貨幣を得る)と呼んだ論理は、まず生産様式に内在する。階級の象徴としての工場プロレタリアートという概念から決別することと、その階級の概念を導き出した分析の核心となっている概念から決別するのは別の問題である。たとえ「その主体の心をつかむ」ためのレトリックだとしてもである。
ロルドンの結論は、ネットワークの「寡頭制」支配に異議を唱えても、その先に(投資用)不動産を規制し最終的には廃止する可能性を考えないのであれば、資本主義との決裂にはならないというものである。「LFIが反資本主義的ではないかもしれないという批判は正しいと思うが、どちらにしても明確な根拠と筋道に沿って議論したい。論争相手を『世間知らず』呼ばわりするような反論は受け入れ難い」。
「不服従のフランス(LFI)」の反論
サレス=パプーはこのロルドンの解釈に異議を唱える。彼によると、「不服従のフランス(LFI)」の「貢納資本主義」についての分析は所有関係、具体的にはデジタル・プラットフォームと金融機関が基本的なインフラの支配を通じて価値を吸い上げているメカニズムに焦点を当てている。人民/寡頭制という枠組は革命の主体を狭めるのではなく、むしろ伝統的にそこから排除されてきたカテゴリー、つまり今やプラットフォームの独占に従属することを余儀なくされている独立自営業者、職人、中小企業経営者などを包含することによって革命の主体を広げている。
サレス=パプーは、「不服従のフランス(LFI)」が反資本主義的であるかどうかを抽象的に議論することではなく、LFIが革命的であるかどうか、階級闘争を革命的な方向へ導くのに寄与するかどうかが議論されるべきだと主張している。この基準で判断すればLFIが現代資本主義の現実の矛盾に焦点を当てていることは戦略的知性を示すものであり、後退ではないと彼は言う。
ロルドンの11月の反論は容赦ない。「サレス=パプーは私の論点のいくつかを見落としているのではなく、すべて見落としている。貢納資本主義の枠組がいかに優れたものであろうと、この理論は闘争を生産(生産手段の支配)の領域ではなく再生産(ネットワークへのアクセス手段の支配)の領域に位置付けており、生産者が不在になっていることに変わりはない」。
市民革命と暴力の問題
「人民」と「ネットワーク」を軸とした枠組は、「市民革命」という「不服従のフランス(LFI)」の戦略的概念を形作っている。この言い回しにおいて、すべての主張が「革命」よりも「市民」という言葉を印象付けるように構成されているとロルドンは指摘する。「市民」という記号表現は、「市民大会」、「市民の慈善活動」のように実体的な集合体に属している。熟議の力が支配し、市民大会が主権を持ち、構成員の活動は活発であるのはいいことだが、財産の没収はどうなるのだろうか?財産の没収がどのような抵抗を引き起こすと想定されているのだろうか?
メランションが彼の考えを確立するきっかけとなった近年の出来事、つまりラテンアメリカの左派政権、アラブの春、2019年のチリの蜂起には共通の特徴がある。それは財産権が手つかずのまま残されたということだ。
ロルドンは「市民革命」をアジェンデの「社会主義への民主主義的な道」の再現と理解している。メランションはこの遺産を明確に意識して、「不服従のフランス(LFI)」を中心とする選挙のための連合をアジェンデの人民連合にちなんで「人民連合」と名付けた。アジェンデの実験がどのように終わったかは周知の事実である。1973年9月のピノチェトによるクーデターである。違った結末へ導くためにはアジェンデは労働者が自衛のために要求した武器を提供する必要があったが、彼は民主的で熟慮された平和的な道に固執していたため、そうすることを拒否した。チリの教訓については左派の間で依然として異論があり、民衆の動員が不十分だったと主張する者もいれば、米国が支援する軍隊に対する武装抵抗は実行可能ではなかったと主張する者もいる。
最近の出来事は問題の切迫性を示している。フランスで超富裕層の資産に最低2%課税する「ズックマン税」法案は、貨幣の自己膨張を通じた支配に対するごく小さな脅威にすぎない内容だったが、それでも激しい反動的な抵抗が起こった。そのような反応にブルジョワジーの急進化の度合いが示されている。労働法改革、年金支給年齢の引き上げ(62歳から64歳に)や富裕層の横暴に対する穏健な反対運動に対してさえ、BRAV―M機動警察隊の出動や、デモのドローンによる監視、ケンタウロス騎馬部隊による威嚇という厳しい対応が取られている。もっと重大な反対運動に発展した場合に、暴力的弾圧がさらにエスカレートすることが想像できる。
生態学的矛盾
「不服従のフランス(LFI)」は生態系の破壊と気候変動について多大な力を投入してきた。メランションは『Faites mieux』の中でこれらの問題に数百ページを費やしている。「不服従のフランス(LFI)」の「緑の原則」は、フランスが消費する資源は再生可能な量を超えてはならないと明言しており、この制約に従うならばLFIは[政権に就いた場合]本格的な経済再編を求められる。
しかし、それがギリギリの状態まで達している時、資本主義と決別する以外に出口はない。つまり資本主義の核心である高収益不動産と無限蓄積の論理との決別である。ロルドンは11月の反論でこの点を強調している。「資本主義からの脱却以外に生態系の救出はありえない。しかしそれは本当に脱却すること、つまり生産手段と分業を編成する能力の両方を超富裕層の手から奪い取ることでなければならない。『ネットワーク』とは異なる何かを取り戻すことが必要なのである」。
マルクスが資本主義の真髄であると考えた「膨大な商品の蓄積」、そしてその基盤となるすべての仕組みはネットワークをコントロールするだけでは変わらない。高収益不動産に手を付けないのなら解決できるはずがない。LFIの生態系保護の取り組みはLFI自身の資本主義分析とも矛盾する。
グローバルな議論に拡大
この議論はフランスを越えて広がっている。ヨーロッパとラテンアメリカの左派勢力は、同じ戦略的課題に直面している。つまりラディカルなレトリックをベースにする一方で、そのレトリックを実体化する所有関係をめぐる対立を回避するような大衆的な選挙運動というものが現実に構築できるのかという問題である。
ポデモスは20年1月にスペインの連立政権に少数与党として参加したが、連立政権が2023年に終焉するまでに大きな資産移転はなかった。シリザ(急進左派連合)は2015年から2019年までギリシャを統治したが、反緊縮財政を掲げて勝利した選挙から数カ月後にEUからの緊縮財政実施の要求に屈服した。ラテンアメリカでは、2000年代の左派政権(ブラジルのルラ、アルゼンチンのキルチネル、エクアドルのコレア)は所有権構造を変えることなく商品の形のレントを再分配したため、商品価格が下落した時に後継政権には守るべきものがほとんどなくなった。これらの政権は新自由主義反対のレトリックを掲げているにもかかわらず、国内資本によって形成された階級融和的政権にとどまった。
「不服従のフランス(LFI)」の洗練されたレトリックは、より精巧な回避策を提示している。テクノ封建制という枠組は、その分析の豊かさにもかかわらず、敵を直接に名指しすることを避けている。それは寡頭支配者が支配するネットワークではなく、所有関係そのものである。
戦略的曖昧さ
ロルドンは「不服従のフランス(LFI)」が反資本主義的かつ革命的であることを望まないのに、敢えてそうするべきだと求めているわけではない。しかし、LFIは自分たちが反資本主義であると宣言することによって、過剰な期待を生み出している。
二つの可能性が考えられる。LFIは真剣ではあるが、現実には一貫性のない反資本主義の道を歩んでいるのか、それとも「反資本主義」という言葉を道具的に利用し、過激な言葉を使って、本気で反資本主義的な政策を進める気がない政府への支持を動員しようとしているのかだ。
ロルドンは彼自身の立場を明確に述べている。もし「不服従のフランス(LFI)」の政権が誕生するならば躊躇することなくそれを受け入れるべきだし、その前にその実現に協力することも忘れてはならない。しかし空想を語る必要はない。
どちらの仮説が正しいにせよ、「反資本主義」や「革命」という言葉を繰り返し口にし、そのような言葉を大衆的な規模で政治論争の中に再び導入することが人々の思考に影響を及ぼさないはずがない。そのような言葉は、人々がこれらの問題を深く考えることに慣れて、その提唱者たちが意図したことを超えて進むための土台を用意するかも知れない。
(おわり)
The KAKEHASHI
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