書評 ヤニス・バルファキス著『テクノ封建制:何が資本主義を壊したのか』(上)

私たちは新しい封建制の時代に入ったか?
ウォルデン・ベロ

 ヤニス・バルファキス著『テクノ封建制:何が資本主義を壊したのか』をめぐって主にヨーロッパの左派の間で、資本主義後の世界についての議論が活性化している。同著の日本語版は『テクノ封建制:デジタル空間の領主たちが私たち農奴を支配する とんでもなく醜くて、不公平な経済の話』として2025年2月に集英社から刊行されている。
 ウォルデン・ベロは「フォーカス・オン・ザ・グローバル・サウス」(本部・バンコク)の創立者、元フィリピン下院議員(アクバヤン党)、現在はニューヨーク州立大学(ビンガムトン校)教授。
原題:"Technofeudalism: What Killed Capitalism," by Yanis Varoufakis (Vintage 2024)
出典:”CounterPunch”, November 13, 2025
https://www.counterpunch.org/2025/11/13/have-we-entered-a-new-feudal-era/

 1990年代にインターネットと巨大テクノロジー企業が誕生して以来、世界中の人たちが私たちは新しいグローバル政治経済の時代に入ったという感覚を抱いてきました。多くの人がこの変革の本質を解明しようと試みてきました。そのような批判的思想家の中で最も著名なのはソシャナ・ズボフ(Soshana Zuboff)*でしょう。彼女は、私たちは「監視資本主義」の時代に生きている、そこではサイバー空間から収集する情報がGoogle、Microsoft、その他の巨大IT企業に私たちに関するデータを収集する機会を与え、彼らはそれを加工して私たちのデジタル・プロファイルを作成していると論じています。作成されたプロファイルは、彼らや彼らの顧客企業が私たちを製品の購入へと誘導するために活用したり、私たちを監視したい国家に売却されたりします。

*訳注:ソシャナ・ズボフは米国在住の文筆家、大学教授(社会心理学、哲学)。2019年に発表した"The Age of Surveillance Capitalism”の日本語版は『監視資本主義の時代』(東洋経済新報社、2021/6)。

 もう1つの重要な試みはマッケンジー・ワーク(Mckenzie Wark)*によるものです。彼女は『ハッカー宣言』(2004年刊)の中で、新しい時代の中心的な矛盾はもはや資本と労働の間の矛盾ではなく、情報は自由であるべきだと考える「ハッカー」たち︱つまり革新と創造性の源泉︱と、知識を収奪して商品化しようとする「ベクトル的な支配階級」の間の矛盾であると述べています。

*訳注:マッケンジー・ワークはニューヨーク在住の文筆家、ニューヨーク市のニュースクール大学ユージンラング校教授(文化・メディア論)。"A Hacker Manifesto”の日本語版は『ハッカー宣言』(河出書房新社、2005/07)。

 バルファキスは自身の論考がズボフとワークの両者に負うところが多いことを認めつつ、両者は重要な洞察にもかかわらず、それをその論理的結論、すなわち固有の特徴を持つ生産様式としての資本主義はもはや時代に追い越されたという結論まで進めていないと指摘し、両者の主張を止揚したジンテーゼ(「総合」)として「テクノ封建制」という概念を提示しています。彼は「もはや資本家はどうでもいい」という立場ではなく、資本家は依然として力を持っており、生産過程において労働者から剰余価値あるいは利潤を搾取しつづけているけれども、彼ら自身は「クラウド・キャピタリスト(クラウド資本家)」あるいは「クラウダリスト」と呼ばれる新たなエリート階級︱「サイバー空間」と呼ばれてきた共有財を私有化し、今ではそのアクセス権を支配している︱に従属していると述べています。
 クラウダリストの中でも特に強力なのはGoogle、Microsoft、Apple、Amazon、そしてチップメーカーのNvidiaで、世界各地にある巨大なデータセンターによって物理的に支援される地球規模の情報ハイウェイを支配しています。サイバー空間で相互に絡み合った「クラウド」と呼ばれるネットワークへのアクセスは今では、従来型あるいは「地上型」の資本家が製品を販売するために潜在顧客にアクセスする上で不可欠であり、ゲートキーパー企業はそのような資本家に「レント」(使用料)を課すことで収益を得ています。ネットワークへのアクセス許可がなければ資本家は利益を上げることができません。一方、クラウダリストは封建時代に土地を支配していた領主とよく似たやり方で、クラウドを独占的に支配することによって「従属的資本家」やネットを利用するすべての人から直接あるいは間接的に「レント」を徴収することができます。「レント」は市場競争の条件の変動に関わりなく確実に得られる収益です。

クラウド・プロレタリアートとクラウド・サーフ

 資本制の場合と同様に、クラウダリストや地上型の資本家は自分たちで価値を生産するわけではありません。価値の源泉はバルファキスが「クラウド・プロレタリアート」および「クラウド・サーフ」と呼ぶ人々です。クラウド・プロレタリアートとはAmazonなどの巨大ハイテク施設で働くサービス労働者で、組合に加入しておらず、賃金は低く、ロボットや人工知能に職を奪われる危険に常にさらされています。しかし、このようなプロレタリアートの労働から搾取される剰余価値は、クラウダリストが取得する利潤のごく一部です。剰余価値の大部分を生産するのはクラウド・サーフです。バルファキスはズボフの議論にふまえて、クラウド・サーフとは私たちの大部分のことだと述べています。私たちはGoogle検索をしたり、Facebookに写真を投稿したり、Amazonで本を注文したりするたびにクラウドに原材料を提供しており、その原材料は情報の形に加工され、クラウダリストや地上型の資本家はその情報を使って、私たちにお金を吐き出させるための非常に洗練されたマーケティング戦略を開発できるのです。クラウド・サーフの特徴は、無意識のうちにクラウダリストのために無給で働いているということです。バルファキスが言うように、「私たちが自発的に、それどころか楽しそうに働いているという事実は、私たちが無給の生産者であるという事実を覆すものではありません。クラウド・サーフの日々の自発的な労働が、ごく少数の超富裕層をさらに富裕化させているのです」。言い換えれば、私たちは究極の詐欺行為の無防備な標的なのです。

クラウド資本の台頭

 バルファキスはクラウダリストの台頭の時期について次のように指摘しています。それは2008年の世界金融危機後の経済危機と、その後の新型コロナウイルス感染症パンデミックの際に、中央銀行が生産と消費を刺激するためにゼロ金利またはそれ以下の金利で通貨を発行した時期に遡ることができます。しかし、当時は需要が大幅に落ち込んでいたため、ほとんどの企業は銀行から融資を受けた資金を投資に使うのではなく、自社株を安く買い戻したり、不動産に投資したりしました。同じ時期にジェフ・ベゾス、イーロン・マスク、マーク・ザッカーバーグなどのクラウダリストは、中央銀行から大手銀行を経由して自分たちに回ってきた資金の大部分をクラウドの拡張と独占化のために投資しました。「・・・(クラウダリストたちは)金融システムで漂流する数十億ドルの資金を吸い上げました。彼らはその資金でサーバーファーム、光ファイバー・ケーブル、AI研究所、巨大倉庫、ソフトウェア開発企業、最高水準のエンジニア、実験場、有望な新興企業などあらゆるものを手に入れました。利益追求の方法が選択可能になった環境の中で、クラウダリストたちは中央銀行の資金を使って新しい帝国を築くことを選択したのです」。

テクノ封建制の時代における抵抗

 テクノ封建制の時代において、中心的矛盾は労働と資本の対立から、クラウダリストとそのクラウドサーフ、クラウド・プロレタリアートの対立へと移行しました。バルファキスと私はプログレッシブ・インターナショナル(PI)国際評議会でいっしょに活動しています。彼はプログレッシブ・インターナショナルがスイスに本部があるUNIグローバルユニオンと連携して、毎年多くの国で取り組まれるAmazon 労働者による1日ストライキを支援するよう働きかけてきました。彼はこのストライキについて、「このような行動がAmazonの利用者と連携して、1日でもAmazon のウェブサイトのアクセス数が顕著に減るようにできればその影響は小さくない」と指摘しています。「たとえそれがささやかな成果にとどまったとしても、Amazonの倉庫のストライキで配送が24時間中断され、Amazonの収益が通常の10%ほど減少すれば、それだけでもAmazon の株価を下落させるのに十分な効果があるかも知れない。それは従来の労働運動では考えられなかったような効果だ」。
 しかし、クラウダリストに対する強力な抵抗運動を構築するには、そのような一時的な同盟関係を超えて進む必要があります。バルファキスは次のように述べています。「テクノ封建制を打倒し、民衆を民主主義の体制に戻すあらゆる可能性に挑戦するためには、伝統的なプロレタリア階級とクラウド・プロレタリアートだけでなく、クラウド・サーフや一部の従属的資本家も結集する必要があります」。
 バルファキスはこの「大連合」に、ビッグデータによって生活が脅かされるコミュニティを加えてもよいしれません。最近の「ニューヨーク・タイムズ」の記事によると、「データセンターの増加に伴い、コンピューターの稼働のために大量の電力と冷却のために膨大な水を必要とするこれらの施設は、メキシコをはじめ12カ国以上で生活環境に悪影響を及ぼしている。アイルランドではデータセンターが国の電力の20%以上を消費している。チリでは貴重な帯水層が枯渇の危機に瀕している。長年停電が日常化している南アフリカでは、データセンターが国の電力網にさらなる負担をかけている。ブラジル、イギリス、インド、マレーシア、オランダ、シンガポール、スペインでも同様の懸念が浮上している」。
 今ではデータセンターを押し付けられたコミュニティは、巨大IT
企業への抵抗の最前線となっています。同記事では「(各国で)活動家、住民、環境団体が結束してデータセンターに反対している。プロジェクトを阻止しようとする団体や、監督と透明性の強化を求める団体がある」と指摘しています。
(つづく)

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