読書案内 「誘拐された西欧、あるいは中欧の悲劇」

ミラン・クンデラ著 阿部賢一訳(集英社新書)

小民族の視点から、絶望を越えて未来志向の文化を模索する

「プラハの春」の現代性

 ミラン・クンデラ(1929―2023年)は、チェコスロバキア生まれのフランスの作家。『存在の耐えられない軽さ』(1984年刊行)などの作品が知られているが、本書は1968年の「プラハの春」の大きなきっかけとなった67年6月のチェコスロバキア作家大会での演説『文学と小民族』と、83年に亡命先のフランスで発表された評論『誘拐された西欧、あるいは中欧の悲劇』の二つの短い作品を核にして、それぞれの作品の時代背景とそれらがその後のヨーロッパ世界の流れにどのような影響を及ぼしているのかについての二人の研究者による解説、さらに、訳者の阿部賢一がチェコや中欧の歴史や文化についてなじみのない読者のために簡潔に通史的に書き下ろした「訳者あとがき」と90項目に及ぶ「訳注」という実に丁寧な、気迫のこもった内容である。しかも新書版で151ページ、950円と手軽に楽しめる。
 『文学と小民族』は冒頭で、19世紀初頭のヨーロッパの民族と国家の盛衰の中で、ドイツとロシアの二つの大国に挟まれ、翻弄されてきたチェコにおける民族としてのアイデンティティーの確立に文学や音楽が果たした役割、特にこの時代にチェコは世界的に評価される多くの知識人・文化人を輩出したことに注意を喚起させる。ここを出発点にして高揚した民族意識はその後、19世紀後半から20世紀初めにかけてのロシア帝国の脅威、領土分割とナチス・ドイツによる占領、ソ連による「解放」と独立国家の実現、その解放感もつかの間、ソ連におけるスターリン体制と大ロシア主義の下で期待は裏切られる。スターリン体制の下では、特に民族としての文化的アイデンティティーが失われていくが、1950年代後半から60年代にかけて新たな文芸復興の動きがあり、クンデラ自身がその有力なリーダーの一人となった。こうして67年6月のチェコスロバキア作家大会はチェコの民族的アイデンティティーと新たな文化の創生をめぐる共産党との攻防の頂点となった。

『文学と小民族』


 クンデラは大国に蹂躙されてきたチェコスロバキアの民族的アイデンティティーが、それでも衰滅に抗して、ヨーロッパが体現する普遍的価値に身を寄せながらも独自の存在意義を主張するために、19世紀に初頭に始まる新しい文化・芸術の先進性に普遍的価値を見い出した。以下は『文学と小民族』(67年6月)からの引用。

 「古典と呼ばれる歴史を有するヨーロッパの民族にとって、ヨーロッパという文脈は自然なものである。だが、チェコ人は歴史の中で目覚めの時間と眠りの時間を繰り返し、ヨーロッパ精神の本質的な発展段階において後れを取り、ヨーロッパという文脈を自ら仲介し、習得し、形成する必要があった。チェコ人にしてみれば、自明に与えられるものは何もなく、自身の言語も、そればかりかヨーロッパ性もそうであった。かれらのヨーロッパへの帰属もまた、永遠の問いかけとなっている。チェコ語をヨーロッパの単なる方言とさせるのか――あるいは、意義のあるヨーロッパ民族の一つになるか。現実の生を保証するのは後者の選択肢だけであるが、それを実現するには・・・異常なまでの困難を伴った。
 ・・・必要とされていたのは、落ち着いた、連続した時間だけだった。そのようなときにあまりにも繊細な文化の発展がまずは[ドイツによる]占領によって、ついでスターリニズムによってほぼ四半世紀にわたって中断し、世界からの孤立を招き、多様な内的発展が制限され、不毛なプロパガンダの次元に没してしまうことは、チェコの民族を再度――かつ決定的に――ヨーロッパの文化的辺境へ追いやる悲劇に他ならなかった」(24ページ)。
 このヨーロッパ性と独自のアイデンティティーの間の葛藤は、ドイツや西欧とロシア・東欧の間に位置するポーランド、ハンガリー、旧ユーゴなどにも共通しており、今日的にはウクライナや、ユダヤ人、パレスチナ人、クルド人の民族的アイデンティーの問題とも重なる。19世紀ヨーロッパにおける民族国家形成の中で、さらに19世紀後半から20世紀初めにかけての一連の帝国の崩壊と新興独立国家の形成の中で周辺化されてきた問題が、依然として悲劇を再生産しつづけている。それはまたロシア革命後の社会主義建設の失敗や、東アジアと日本における植民地支配の根本的な問題を考える上でも一つの手がかりとなるかもしれない。

『誘拐された西欧、あるいは中欧の悲劇』


 1960代後半の反官僚・改革運動は68年1月に改革派のドプチェクが共産党第一書記に就任し、文化活動に対する検閲の廃止などの改革に着手、同8月にソ連軍を中心とするワルシャワ条約機構軍による侵攻、ドプチェクの屈服という経緯で挫折した。クンデラの代表作『存在の耐えられない軽さ』は「1960年代のチェコという特定の時代や場所を描こうとしたものではなく、そのような『︿歴史﹀それ自体が実存的状況として理解され、分析』されることを意図している」(「訳者あとがき」、126ページ)。
 クンデラは1975年にフランスに移住・亡命、一連の作品をフランス語で執筆。1989年の「ビロード革命」後もチェコには戻らず、『文学と小民族』以来のテーマを西欧と中欧との葛藤として問い続けた。
 以下は『誘拐された西欧、あるいは中欧の悲劇』(83年11月)からの引用。
 「地理上のヨーロッパ(大西洋からウラル山脈にいたる)はつねに二分され、それぞれ独自に発展を遂げてきた。一方は古代ローマとカトリック教会に結びつき(ラテン文学がその特徴である)、もう一方はビザンツと正教に基礎を置いている(キリル文字がその特徴である)。1945年以降、二つのヨーロッパを分かつ境界線は数百キロほど西へ移動し、自分たちが西欧だと思っていたいくつかの民族は、ある朝目覚めると、自分が東側にいることに気づいたのだった。
 その結果、戦後のヨーロッパに三つの基本的な状況が生まれた。西欧の状況、東欧の状況、そして地理的には中央に位置し、文化的には西側に、政治的には東側に位置する最も複雑なヨーロッパの状況である」(48ページ)。
 クンデラはこの三番目の「複雑なヨーロッパ」を「中欧」と呼ぶ。そしてこの地域を舞台とする1956年のハンガリーでの大規模な蜂起、1968のチェコの「プラハの春」、1980年のポーランドでの反乱が「その本質において東欧・ソ連圏・共産主義の悲劇ではなく、中欧の悲劇としてとらえるべき」だと言う(48ページ)。
 ロシアとヨーロッパは古代ギリシャと「ユダヤ・キリスト思想」にしっかり根を下ろした一つの存在であり、19世紀にロシアはヨーロッパへの接近を試みていた。プラハ生まれのドイツ語詩人であるリルケの作品やロシアの小説はヨーロッパに共通の文化遺産を成している。しかし「ロシアの共産主義が昔から続く反西欧感情を刺激し、西欧の歴史からロシアを暴力的に引きはがしたのも事実である」(58ページ)。
 ここからクンデラは中欧における民族主義、あるいは民族的アイデンティティー自体に含まれている限界と誤り、一方、西欧側での無関心、そしてロシア革命やソ連への期待と幻滅について問いを発し続ける。残念ながらその内容を簡潔に紹介することは筆者の知識と理解力を超えている。スターリン派の「プロレタリア文化」論に対するトロツキーの批判やシュールリアリストの潮流との親近性が示唆されているが、これも筆者の手に余るテーマである。以下の章は本書でのクンデラの問いについての筆者の主観的かつ強引な理解と、それに鼓吹された希望的な展望である。

ありえた選択と優先されるべき価値観

 国家や民族は自明なものでも必然的なものでもなく、境界線をめぐる抗争や共通の苦難、価値観をめぐる憎悪や共感の過程で形作られる。それが教育を通じて世代間で継承され、時には信仰となり、憎悪を濃縮する形で内面化されていくことも少なくない。小民族の場合、歴史的にたえず国際環境の変化に応じて選択が迫られるし、内部に分断を抱えている場合も多い。
 19世紀のヨーロッパで形成された体制と価値観は必ずしも普遍性を持つわけではなく、むしろその無理や歪みが小民族に重しとなってきた。そんな視点から今日のウクライナをめぐる西欧とロシアの抗争を見ると、なかなか正義や価値観で割り切れる単純な議論でないことがわかるはずだ。
 思えば私が大学時代に初めて参加した東京でのデモはソ連のチェコへの軍事介入に抗議するソ連大使館デモだった。チェコや東欧の民主化運動についてはその当時から共感はするが、なかなか理解できないという思いを引きずってきた。その後、1980年代初めのポーランド「連帯」の闘いを先頭として東欧・中欧とソ連邦の各地で起こった民主化と改革の波では、官僚制打倒の「政治革命」は成就したものの、社会主義の再生に向かうのではなく議会制民主主義あるいはオリガーキー支配の資本主義反革命に向かった。さらに、今はウクライナとパレスチナの悲惨な戦争。どちらも西欧あるいはヨーロッパの境界で起こっている(トルコとクルドの抗争もそうである)。
 19―20世紀にヨーロッパを主戦場として展開されてきた数々の戦争、その中で常に悲劇が集中してきた小民族。大国の戦略を含めて歴史の必然ではなく、他に選択があったのではないか? その際にどの価値観が優先されるべきだったのか? どのような対話と妥協がありえたのか? 近現代の歴史を遡って一つ一つの選択を検証することから、何かヒントが得られるのでは?
(小林秀史)


【訂正】かけはし前号(5月19日発行)1面5・3憲法集会報告記事で、政党の日本共産党田村智子委員長と社民党副党首大椿ゆうこさんの発言があったことを欠落させていました。訂正しおわびします。(編集部)

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