書評:「AI・機会の手足となる労働者」
モーリッツ・アルテンリート著/白揚社 2024
西島志朗
左翼活動家必読の書がここにある
「デジタル資本主義」と労働の変容
カリフォルニア州にあるグーグルの本社では、胸につけたバッジの色で、働く人々を区別する。正社員は白。インターンは緑。外部の契約者は赤。広大な敷地には、無料のレストランやカフェ、スポーツジム、プール、映画館などの施設がある。グーグルが社員に求めるものは、「自由・創造性・フラットな組織・遊び心・コミュニケーション・革新性」であり、本社の環境はその理念を反映して、「非常にアカデミック」で「エキセントリック」で、「大きな遊び場」のようにデザインされているのだという。
しかし、同じ敷地内の目立たないビルでは、黄色のバッジを胸につけた非正規労働者がシフト制で働いている。彼らはレストランやジムを利用できない。敷地内を自由に移動することも白いバッチの正社員と会話することも許されない。彼らの仕事は、書籍をスキャンすることだ。リズムを刻む音楽に合わせ、ページをめくるように指示を出す機械に従って、ひたすらスキャンし続けてノルマを達成しなければならない。
グーグルは2010年、世界中の1億3千万冊の書籍をデジタル化する計画を立てた。スキャン作業員はそのために集められた。ページをめくってスキャンする作業が自動化できないからだ。グーグルは、スキャン作業員のような自動化できていない部分をカバーする労働者を、世界中で10万人以上使っている。スマートフォンアプリの訓練のための会話の書き起こし、ストリートビュー用の写真の撮影、ユーチューブにアップされた危険な動画のチェックなどの業務を担う労働者の一群が、デジタル化を陰で支えている。
「・・・その仕事は反復的でありながらストレスがたまり、退屈でありながら感情面で負担が多く、正式な資格はほとんど必要としないが、しばしば高度な技術と知識が求められ、アルゴリズム・アーキテクチャー(註①)に組み込まれていながら(少なくとも今のところは)自動化できていない」「本書が調査しているのは、デジタル技術が見た目はまったく違っていても、20世紀初頭のテーラー主義の工場に面白いほど似通った労働制度を確立・強制している労働分野である。そしてデジタル技術がさらに発達するために、高度に断片化、分解、管理された人間の労働力が必要とされている現場である。そうした労働の現場は、アルゴリズムという魔法の背後に隠されていることが多く、自動化されていると思われていても、実際には人間の労働力に大きく依存している。それは事実上「デジタル工場」になっているのだ」(P15~16)。
著者は、本書の中心テーマを簡潔に要約する。「デジタル資本主義の特徴とは、工場の終焉ではなく、その爆発的普及、増殖、空間的な再構成、そしてデジタル工場への技術的変異であるということだ」(P16)。
労働の変容、三つのベクトル
第一のベクトルは、「デジタル・テーラー主義」という用語を実証的・理論的に展開させることである。「デジタル・テーラー主義」とは、「さまざまなソフトやハードとその組み合わせによって、いかに労働の標準化、分解、定量化、監視が新しい(半)自動化された管理、協力、制御を通して新たなものになるか」(P17)ということを意味する。著者は、アルゴリズムが多数の人間の労働を組織化する現場に焦点を当てる。しかし、テーラー主義が単純に復活しているのではない。
著者が注目している第二のベクトルは、デジタル技術がアルゴリズムによって、世界中に散在して、異なる経験や経歴を持ち、文化的にも多様な労働力を、厳密に管理し標準化して協力させることができるということであり、伝統的な工場に多数の労働者を集めなくても、労働者を資本の下に実質的に包摂できるということである。この実質的包摂(註②)は、「分業」という言葉では説明しつくせない。著者は「労働の多数化」という概念を導入する。アマゾンの配送センターであれ、ギグエコノミーであれ、デジタル技術と標準化されたマニュアルが、労働者の迅速な参加と入れ替えを可能にし、多くの労働者が複数の仕事(副業・複業)を余儀なくされるという意味で、「労働の多数化」が進行している。
第三のベクトルは、「デジタル・インフラによる空間の再構成」を理解することである。「世界的な分業を再編成するグローバルな物流システムや、アマゾンの倉庫内で作業員の動きを細かく組織化するソフトウェア、世界中の個人宅からデジタル労働力を集めるクラウドワーク・プラットフォームといった事例には、デジタル技術が労働の空間アーキテクチャーを如何に変化させるかということがよく表れている」(P21)。
著者は、デジタル化が「バーチャル経済」などという言葉から連想されるものとは異なり、極めて物質的なプロセスであると強調する。「デジタルデバイス、人工衛星、光ケーブル、データセンターなどが、港湾、道路、鉄道といった旧来のインフラを補完している。私の理解では、インフラにはソフトウェアも含まれる」(P26)。
三つのベクトルに沿って、著者の論考は、クラウドワーカーの自己組織化と抵抗やアマゾン労働者のストライキなども取り上げ、資本のグローバル化とデジタル化による労働の変容、抵抗する運動の困難性と可能性にまで及ぶ。「私は、具体的な労働や闘争の現場を丹念に調査すると同時に、それらの分析を、グローバル資本主義の変容についてのより広い理解の中に位置づけるという挑戦が必要であると確信している」(P28)。
著者のこの「挑戦」こそが、デジタル化やAIの利用が社会に及ぼす影響に関する幾多の凡庸な出版物とは一線を画して、本書を労働運動の活動家の必読書にしている。
クラウドワーク・プラットフォーム
クラウドワークとは、プラットフォームに仲介されて、パソコンやスマホを使って遠隔で働くこと(雇用ではなく委託)である。「彼ら(デジタル労働者)は、秒単位で雇用・解雇可能な超柔軟でオンデマンド型の労働力である。・・・特にAIの開発とトレーニングにおいては、その存在は極めて大きい。現在、何百万人もの労働者がデジタル労働プラットフォームにログインし、写真の分類、ソフトウェアのテスト、録音された音声の書き起こし、検索エンジンの検索結果の最適化などを行っている」(P142)。
「近年、AIのトレーニングと最適化が、クラウドワークのダイナミクスを変化させる主な要因となっている。AIの開発は、分類された大規模な学習データセットが基盤となっており、その作成にはとりわけ大量の人手が必要になる。クラウドワーク・プラットフォームは今日、自動車運転車を動かすアルゴリズムや、人間の言葉を理解するデバイスに必要な、何百万時間もの隠れた労働を提供している」(P151)。ジェフ・ベゾスはこのようなクラウドワークを「マイクロワーク」と名付けた。アマゾンのプラットフォームには、次の様な宣伝が並ぶ。「レシートの画像を見て何のレシートかを特定する報酬0・02ドル」「画像の中にある適所を丁寧に入力する報酬0・01ドル」(P150)・・・。
AIの開発競争が米中対立を煽っている。AIの生産とサービスへの実装が、生産性を格段に上げるだろうとの期待が、関連株への資本の集中を促してきた。中国が「ディープシーク」を開発したことで、アメリカの独占状態が揺らいでいる。AIの実装は人間の仕事を奪うと危惧されている。すでにホワイトカラー層の人員削減が始まりつつある。しかし、本書で著者が明らかにしているように、デジタル化とAI開発の背後には、膨大なクラウドワーカーが存在し、「プラットフォームの工場」で劣悪な労働条件を甘受しながら働いている。その労働条件はまさにデジタル化が可能にしたものであり、AI開発はさらにそれを加速する。
「クラウドワークの場合、アルゴリズムによって行われていると思われている労働は、実際にはしばしばドイツの民家やベネズエラのインターネットカフェ、ケニアの街角に隠れている多数のオンデマンド労働者によって行われているか、少なくともサポートされている。・・・このような労働者を視野に入れると、仕事のない未来について推測するよりも、真にグローバルなデジタル労働市場の出現や、リモートワーカーの新しい組織化法・管理法、さらには新しい形の抵抗が見られる現在を分析することの方が重要である」(P156)。
本書は日本の現状については触れていないが、アマゾンやウーバーのプラットフォームで働く労働者や副業・複業が国内でも急増している。「スポットワーク協会によると今年10月時点で、「タイミー」「シェアフル」など4社のサービスに登録した働き手の数は、延べ2千万人に達した」(朝日2024年10月14日)。プラットフォームワーカーが就労人口の相当の部分を占めるようになった状況は、世界全体の構造と変わらない。
「副業SEASON」のサイトは、国内最大手のプラットフォームであるクラウドワークス(2014年に東証グロース市場に上場)でのマイクロワークの体験談を掲載している。「文字単価ではなく、1項目につき0・6円、名刺1枚につき6円」「4万字分のデータを入力して、報酬は750円。1日8時間以上の作業を3日間、時給に換算すると30円」・・・。
専業主婦や学生が「すき間時間」を利用して、正社員と非正規社員が「副業・複業」として、データ入力の仕事を請け負っている。これは出来高払いの「デジタル内職」であり、時給に換算した報酬の低さには驚くほかない。「デジタル・プラットフォームは、出稼ぎの日雇労働や内職などといった何世紀にもわたる偶発的な単発労働の伝統を受け継いでいる」(P143)。クラウドワークスの累計登録者数は、今年の2月に600万人を超えた。
グローバルな階級の再構成
著者は、デジタル・プラットフォームによって、労働力のグローバルな再編成が進行していることを強調する。「クラウドワークは、グローバルサウスにおける新たなデジタル労働資源を、インフラとして利用可能にするための「リスト化」を進めるプロセスの一翼を担っており、性別による分業の偏りをデジタル的に再構成することにも関与している。コンピューターを通じた在宅勤務が可能になったことで、これまで家事や介護労働を担ってきた人々(多くの国では依然として女性が中心となっている)も、デジタル賃金労働者になることが可能になった。ここにおいて、デジタル技術は単に労働プロセスを変えたり、労働者管理のための新しい方法を開拓したりしているだけではなく、社会的・世界的な分業を根本的に再構築している、より大きな変革の一部であることがよくわかる」(P247―248)。
デジタル労働者の多くは移民であり女性である。メタのマーク・ザッカーバーグやアマゾンのジェフ・ベゾス、アップルのティム・クックらが、トランプの就任式に出席し、トランプがDEIを否定する背景には、著者が強調する「グローバルな階級の再構成」がある。それは、台頭する右翼のイデオロギーの基盤でもある。繰り返すが、左派の活動家、必読の一冊である。
[註]
①アルゴリズム(algorithm)とは、コンピュータープログラミングで用いられる言葉。大量のデータを高速に処理し、目標を達成するための、プログラムへ組み込んだ一定の計算手順や処理方法のこと。
②実質的包摂とは、マルクスが資本論で用いた概念。単に労働者を工場に集めて統制する(形式的包摂)だけではなく、分業と技術革新によって熟練を解体し、機械制工業のシステムによって、労働者を機械に従属させ、資本による労働過程の支配を完成させること。

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