映評「金子文子 何が私をこうさせたか」

国家権力と社会制度に抗した金子思想に迫る

立原龍二

無政府主義者として生きた独房での121日間

 「現に在るものをぶち壊すのが私の職業です」。これは、1926年(大正時代)7月23日、23歳の若さで、宇都宮刑務所栃木支所(現栃木刑務所)の独房で縊死した無政府主義者金子文子が、予審判事に言い放った言葉である。
 「現に在るもの」とは、
大逆罪の判決で死刑判決を受けた文子にとって、それは国家権力を頂点とした不合理な社会制度に対する憤懣やるせない心情の吐露だったに違いない。
 当時の無政府主義者、社会主義者というと大逆罪で死刑に処された平民新聞主宰の幸徳秋水があげられる。また、1923年に発生した関東大震災の際、憲兵隊によって連行され甘粕正彦憲兵大尉の手により虐殺(甘粕事件)された大杉栄、伊藤野枝も忘れられない人物だ。
 そんな中、本映画の主人公金子文子は役職や地位に一切無縁なひとりの女性である。文子没百周年にあたる今年2月に封切られた映画「金子文子 何が私をこうさせたか」(浜野佐知監督)は、死刑判決から恩赦により無期懲役に減刑され収監された宇都宮刑務所栃木支所の独房で過ごした121日間を描いている。

命をもてあそぶ大逆罪死刑判決から無期懲役

 この映画の見どころは、文子が幼少から青年期にかけて朝鮮に住む祖母の元で暮らした奴隷のような無慈悲な扱いや、後に同志としてめぐりあい結婚した朴烈(パクヨル)との回想を交えながら独房で自らと向かい合い無政府主義者として生き抜いた生涯に他ならない。
 映画は冒頭、大審院法廷で死刑判決を受けた際、両手をあげ大声で笑顔をふりまき「万歳!万歳!」と叫ぶ文子の姿に始まる。これこそ矛盾に満ちた国家権力、社会的常識や道徳などすべてを拒否する文子そのものだ。そして観客は、まずその光景に圧倒され次の展開に人それぞれがさまざまな想いでスクリーンに釘付けになる。判決後、恩赦により収監されている市ヶ谷刑務所所長から無期懲役に減刑されたと伝えられたとき、減刑状をズタズタに破り抗する姿も圧巻だ。皇室や国家の恩情など求めていない現れだ。
 場所は宇都宮刑務所栃木支所に移り文子の121日間に迫っていく。所長や特高らは、文子に転向を強要するが断固として応じない。書物やペンを取り上げるなどのさまざまな嫌がらせや、後手に革手錠をかけられ懲罰房に放り込まれる拷問。彼女には減刑による生への執着も、転向の意思も微塵もなかった。

同志朴烈との出会い、そして権力による弾圧

 そもそも文子と三・一独立運動に参加し朝鮮での弾圧から逃れ日本に渡ってきた朴烈が大逆罪によって起訴されたのは、関東大震災の際、朝鮮人や無政府主義者、社会主義者などを「暴動を起こす危険分子」とデッチ上げた政府が無差別に「保護検束」の名目で連行したことに始まる。そしてその年の10月、二人で結成した無政府主義を標榜する不逞社が治安維持法違反により起訴され、翌年1月予審尋問で爆弾を入手し皇太子を狙ったと語ったのが、大逆罪へとつながっていく。まさにフレームアップそのものだ。
 文子が朴烈と出会ったのは、彼が書いた「犬ころ」という詩に感銘し強く惹かれたのが発端。やがて朝鮮人社会主義者の集まりに参加し、活動を通して二人は愛し合い共に闘い生きる決意を固めた。そのとき文子は、同居生活を始めるにあたって次のように宣言をする。「同志として同棲すること。運動の方面においては、私が女性であるという観念を除去すべきこと。一方が思想的に堕落して権力者と握手した場合には、ただちに共同生活を解くこと」。身につまされる宣言だ。彼女の強い意思が見て取れる。
 刑務所で文子が日々自問自答を続けた中、覚悟の自死を選んだのは、1926年7月23日払暁のことだった。享年23歳。「手足まで不自由なりとも 死ねという ただ意志あらば 死は自由なり」。彼女の遺言とも読める短歌が残されている。

手記に描かれた社会の不条理とその半生記

 映画には登場してこないが、文子の遺骸は栃木支所の共同墓地に埋葬された。そのくだりは、彼女が市ヶ谷刑務所で執筆した原稿用紙700枚におよぶ自伝ともいうべき獄中手記「何が私をこうさせたか」(岩波文庫)の前文ともいえる「忘れ得ぬ面影」(栗原一男)に詳しい。手記の出版を文子から託された氏が、死後五周年にあたる1931年7月に書いたものだ。その最後は次のように締めくくられている。「この手記を全日本の心ある人々に贈りたいと思う」。また、彼女の手記の最後にある「手記の後に」には、苦難に満ちた朝鮮での生活、国家権力との闘いを通した朴との出会いなどを総括したように「何が私をこうさせたのか。私自身何もこれについては語らないであろう。私はただ、私の半生の歴史をここにひろげればよかったのだ」と。この一文に、大逆罪判決を受けた際、「万歳」を叫んだ文子の原点が記されていると言えよう。

 また余談になるが映評を終えるにあたりひとつ付け加えたい。金子文子を知るためには、韓国映画「金子文子と朴烈」(2017年 イ・ジュンイク監督)を観ることをお勧めする。今回紹介した映画は、大審院大逆事件判決以降の文子を描いているが、前述の韓国映画は判決以前の朴との生活や出会い、関東大震災を頂点とする当時の有様を中心に据えたものである。そしてこれもまた前述した自伝「何が私をこうさせたか」を読むことにより、金子文子の全貌がさらによく理解できると思う。
最後に朴烈のその後を記して終わりにしたい。朴は日本の敗戦まで秋田刑務所に収監され出獄。のちに朝鮮人民共和国で在北平和統一促進協議会常務委員となった。1974年没。享年77歳。(すべて岩波文庫「何が私をこうさせたか」解説を引用)
 朴も金子文子と同様に自己の思想と最後まで向き合った生涯だったと言い切れる。

住宅街にひっそりとたたずむ栃木刑務所共同墓地

The KAKEHASHI

購読料
《開封》1部:3ヶ月5,064円、6ヶ月 10,128円 ※3部以上は送料当社負担
《密封》1部:3ヶ月6,088円
《手渡》1部:1ヶ月 1,520円、3ヶ月 4,560円
《購読料・新時代社直送》
振替口座 00860-4-156009  新時代社