21世紀のファシズムとどう闘うのか?
ヨーロッパと南米の経験から ①
エンツォ・トラヴェルソとのインタビュー
トランプの再登場以来、世界各地で「ファシズム的状況」が加速し、シンクロ化している。イタリア出身の歴史学者で、マルクス主義の立場からファシズムをめぐる議論をリードしてきたエンツォ・トラヴェルソは、現在台頭している極右勢力を二つの世界大戦間の戦間期に台頭したファシズムと短絡的に類推することの誤りを指摘し、1980―90年代を起源とする新しいファシズム、「ポスト・ファシズム(後期ファシズム)」は新自由主義と権威主義(強権的・独裁的な支配)が合体したものだが、まだ完成したものではなく流動的であると主張してきた。
以下は「ジャコバン・アメリカ・ラティナ(電子版)」2025年7月29日付誌に掲載されたエンツォ・トラヴェルソのインタビューで、聞き手のマルティン・モスケラはブエノスアイレス大学教員で、アルゼンチン・デモクラシア・ソシアリスタ(第四インターのシンパ組織)のメンバー。原典はスペイン語で、以下の日本語訳は「インターナショナルビューポイント」(2025年8月7日付)に掲載された英語訳からの重訳で、英語版のタイトルは「21世紀の権威主義と民主主義」。小見出しは訳者による。
ヨーロッパと南米では1990年代後半から2010年代前半までのグローバルな新自由主義への抵抗と左派の台頭が挫折し、敗北したことによって極右の台頭が可能になったという視点からの分析と教訓は参政党を始めとする新右翼の小政党が乱立する日本の政治状況をグローバルな視野から考える上で示唆に富んでいる(訳者)。
聞き手(マルティン・モスケラ)による前書き
このインタビューで歴史家エンツォ・トラヴェルソは、自身の著作を通じて展開してきた「ポスト・ファシズム」の概念について、現在のグローバルな背景の中でアップデートしています。彼は米国における第二期トランプ政権、ヨーロッパにおける極右勢力の台頭、ラテンアメリカにおける右傾化など最近の出来事から、左翼の世界的危機と分断が深まる世界秩序について批判的な評価を示しています。彼は新たな右翼の特徴を分析するだけでなく、左翼が反動派の主導権拡大に対抗できる進歩的な回答を明確にする上で直面している課題についても言及しています。
20世紀前半のファシズムと「ポスト・ファシズム」
Q あなたの著書、『Las nuevas caras de la derecha(右翼の新しい顔)』は非常に大きな反響があり、スペイン語にも翻訳されています(*)。この本の中であなたは「ポスト・ファシズム 」という造語を提案しています。刊行から数年が経過し、極右の台頭に関連して当時は取り上げることができなかった重要な出来事が続いています。米国の連邦議会への襲撃、ブラジルのジャイル・ボルソナロによる同様の試み、アルゼンチンのハビエル・ミレイの勝利、トランプの再登場などです。このような新しい出来事を踏まえて、今日の極右の状況やポスト・ファシズムの概念についてどのように分析しますか?
(*訳者注)同書の日本語版は湯川順夫訳『ポピュリズムとファシズム―二一世紀の全体主義のゆくえ』(作品社、2021年刊)。
A 言及された本は2016年初めに、あるインタビューで話したことをもとにしており、それは米国大統領選挙のキャンペーン中、あるいはトランプ大統領の第一期が始まる前です。選挙後にも2回目のインタビューがありましたが、それから10年近くになります。その後、あなたが言うように背景事情が大きく変化しましたから、この本の初版と比較してどの点を書き改めるべきかという問題が当然出てきます。
議論の大枠は変わりません。あのインタビューで私が説明しようとした「ポスト・ファシズム」の概念は、この現象を定義する上で依然として有用だと考えています。私の考えでは、これはまだ過渡的な現象であり、その最終的な結末を正確に理解し、説明するのはまだ難しいと思われます。しかし、多くのことが変化したことは間違いありませんし、十年前にすでに気づき、分析可能であったいくつかの傾向が、現在ではより明確になり、グローバルなスケールでつながってきたとも言えるでしょう。あなたが取り上げたすべての現象は、それを確証しています。ヨーロッパでも、米国でも、ラテンアメリカでも、さらには他の地域でもそうです。
この10年の変化
最も顕著な変化は、急進右翼の力が強くなっただけではなく、急進右翼が新たな正統性を獲得したことだと思います。私の10年前の分析以降の変化として、現在では急進右翼が世界中で支配エリートたちの対話相手として認識され、多くの場合特権的な地位を確保しています。これが10年前との違いです。10年前には選挙でのトランプの当選は驚きでした。すべての世論調査やアナリストたちの予想ではヒラリー・クリントンが優勢でした。なぜなら彼女はエスタブリッシュメントのエリートの候補だったからです。一方、トランプは共和党内でも多くの障害に直面しましたし、当選した時でもアウトサイダーあるいは全く予想外の勝利者として見られていました。
2016年と2025年を比較すると、2016年のトランプは就任式当日に一つの大統領令に署名しましたが、今回は数十件の大統領令に署名しています。2016年には彼は大統領として何をやりたいのかあまり明確でなかったですが、今回はそれについて非常に明確な考えを持っています。そして、言うまでもなく彼はもはやアウトサイダーではありません。彼は米国大統領であり、彼の背後には強力な組織があります。2016年当時、ボルソナロもまたアウトサイダーでしたし、ミレイのような人物の台頭は誰も想像すらできませんでした。ジョルジャ・メローニはイタリア政界では端役にすぎませんでした。2017年のフランス大統領選挙中のエマニュエル・マクロンとマリーヌ・ルペンのテレビ討論には誰もが驚きました。当時、マリーヌ・ルペンは明らかに信頼できない人物として映っていました。彼女は大統領になったらEUとの関係やユーロについてはどうするのかという質問にはっきり、自信をもって答えることができませんでした。
要するに2016年当時、急進右翼はエリートたちからは検討に値する選択肢と見なされてなかったのです。彼らはラテンアメリカだけでなく、米国でもヨーロッパでも疑いの目で見られていました。そもそもボルソナロはブラジルの大企業を直接に代表する候補として勝利したわけではありません。たしかに彼は軍や一部の経済セクターの支持を得ていましたが、それでも選挙で勝利したのは労働者党(PT)の候補であり、当時はPTの方がはるかに有力な選択肢でした。
ヨーロッパでは2017年が転機
2017年にヨーロッパで何かが起こったのです。それはトラウマのような出来事でした。ドイツでAfDが連邦議会に進出したことが転機となりました。その後まもなくスペインではVoxが台頭しました。そして状況は大きく変わったのです。
しかし、このプロセスは直線的ではありませんでした。トランプとボルソナロはいずれも四年後の選挙で敗北しました。その間にパンデミックとそれがもたらした世界的な経済危機がありました。その本の中で私は、国際的な危機が起こったらどうなるかについて一つの仮説を示しました。私はそのような大規模な危機はポスト・ファシズムを新たな形のファシズムに変貌させる可能性があると論じました。しかし、現実はそのようにはなりませんでした。危機は急進右翼の力を強めるどころか弱めました。これは当時の急進右翼にそのような大規模な危機に対処する上で必要とされる能力が欠けていたからです。
当時私は二重の変化について話していました。一つは権威主義的支配に向かう変化です。つまり、緊急事態のための法律が施行され、例外的状況として個人および集団の自由や大衆的な行動が規制されることです。この観点から見れば、急進右翼はそのような権威主義的方向への転換を管理するのに理想的なリーダーの候補です。しかし、もう一つの変化として、パンデミックは「生政治」レベルでの転換をもたらしました。「国民を守る」として、身体としての市民を物理的に守ることを目的とした強力な国家介入が行われました。この領域では急進右翼はすべての国で失敗しました。それは挫折の瞬間であり、彼らのほとんどが次の選挙で敗北しました。
次に、現在私たちが直面している新たな波がやってきました。だから、強調しておきたいのは、これは直線的なプロセスではないけれども、一般的な傾向としては非常にはっきりしているということです。しかしそれは私たちが今、明確な輪郭や特徴を持つ新しいファシズムに直面していることを意味するわけではありません。私はそれがまだ非常に不均質な集合体であって、どのように結集していくかを模索している段階だと考えています。現在、ポスト・ファシズムとグローバル・エリートが新たな同盟関係にあることは否定できませんが、そこでは依然として緊張と矛盾が顕著です。グラムシ的な意味での「新たな歴史的ブロック」とはまだ言えません。ブロックの形成というより、共通の利害に基づく結合だと考えられます。
二極化する議論が見落としていること
Q 新しい急進右翼の台頭とともに、ファシズムに関する論争が再び活発になっています。この論争は、「ファシズムであるとすれば、1930年代にそうだったように、政治体制の変更、つまり一党独裁や『協同体国家』などの要素を含む政治体制への転換が含意されているはずだ」と主張する人々と、「自由民主主義の形式的な効力が維持されている限り、それは単に伝統的右翼の新しいバージョンであり、行動様式が異なるだけである」と主張する人々の間で二極化する傾向があります。
お聞きしたいのは、この二極化した議論は論点がずれているのではないかということです。つまり、現在の権威主義に向かう現象はむしろヴィクトール・オルバンのハンガリーが象徴するもの、すなわち、自由民主主義の枠組みの中で発展し、少なくとも自由民主主義の外形的な形態を維持している権威主義的体制に近いのではないかということです。この論争についてのあなたの意見、特に歴史上のファシズムや伝統的右翼とは対照的な、新しい極右にとっての政治的ユートピアのようなオルバン・モデルをどのような位置づけるかについての意見を聞かせてください。
A そうです。これは新しい急進右翼の主要な特徴の一つであり、私や他の多くの論者がすでに十年前に指摘していました。古典的ファシズムは「ファシズムと民主主義は根本的に相容れない」というラディカルな二分法を確立しました。これはそのイデオローグによって理論化されただけでなく、そのカリスマ的指導者たちによって誇らしげに主張されました。民主主義を単なる「紙のゲーム」だと表現したムッソリーニの有名な定義を思い起こすだけで十分です。
ファシズムは民主主義への軽蔑を誇示していました。しかし、現在では私がポストファシストと呼ぶ運動や指導者たちはすべて民主主義的なレトリックを採用しています。彼らは自分たちがリベラル民主主義の枠組の中にいると主張し、さらにはその最大の擁護者であると自負しています。このレトリックは彼らが人々の間で正統性を獲得する上で必須条件でした。
(つづく)
The KAKEHASHI
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