書評「不当な債務」
(フランソワ・シェネ 作品社2017)
「国家債務」に対する革命的左派の立場
西島志朗
本書は、「ギリシャ金融危機」で先鋭化したヨーロッパ諸国での「債務危機」を中心にして、資本のグローバル化と金融資本の跳梁跋扈について、その本質を明らかにしようとする試みである。10年以上前に書かれたものであり、日本についてはほとんど触れられていないが、もちろん日本も例外ではあり得ない。
債務を廃棄せよ
雀の涙のような「減税」や「給付金」などの政策が、国会で議論の俎上に乗るたびに、「財源」が問題にされる。「積極財政派」と「緊縮財政派」に分かれて、「国論」が二分されている。
言わずもがなであるが、日本の国家債務はGDP比240%(スーダンに次いで世界2位)。1000兆円を超えている。償還と利払いに必要な「国債費」は、2025年度の一般会計予算で26兆円である。利払い費だけでも10兆円を超えた。
このような財政状況に至った原因ははっきりしている。50年前、法人税の税率は「43%」、個人所得の最高税率は「93%」(住民税と合算)だった。今はそれぞれ「23%」と「55%」である。
消費税が導入された1989年から2021年までのおよそ30年間に、法人税減税の累計が約320兆円、所得税減税の累計が約280兆円、消費税の累計が約480兆円だったのだから、法人と富裕層への減税を行わなければ「国の借金」を増やす必要はなかったということになる。
著者は、「債務に正当性はない」と言い切る。先進国であろうが、グローバルサウスの国であろうが、国家の債務、したがって「国民が返済しなければならない借金」に正当性はない。だから社会的運動は、その「棒引き」を求めねばならない。
「各国政府は自分が『課税しない』と決めた者たちから借金しているのである。利払いによって債務証券の保有者の利益に好都合な富の移転が行われるのである。これがまた、債務証券の所有者の経済的権力と政治的影響力を強化することになる」(P143)。
「債務廃棄は政治的知恵に属するひとつの対処である。メーターはゼロに戻らねばならない。公的債務の廃棄と賃金の引き上げ(失業手当と生活保護の充実した再建によって補完されるそれ)という、同時進行する二つの対処がなければ、『危機からの脱出』はないだろう」(P167)。
2013年から10年間の新規国債発行額は、累計で約480兆円。この間、日銀の保有国債残高は約456兆円増加したのだから、新規国債発行額の実に95%に相当する。10年間の巨額の財政赤字を、日本銀行が丸ごと呑み込んだ。
「ゼロ金利政策」は、いくらでも国債の発行が可能な市場環境を政府に保証した。景気を回復させること(「2%のインフレターゲット」)を口実にして莫大な債務を作り出し、ゼロ金利で資金を調達する金融資本に濡れ手に粟の利益を提供した。為替市場で「貨幣を売買する」ことさえ投資の対象となった。金融資本は肥え太ったが、景気は回復しなかった。その代わり「格差」は劇的に拡大した。
金融資本に従属する国家
資本は余剰資本を実体経済にではなく金融商品に投資して稼いできた。銀行も変わった。
「・・・銀行が獲得する利益は信用創造という彼らの操作から来ている。その源泉は生産活動に由来する富(価値と剰余価値)のフローにある。どの経路を経て利益を獲得するかは、借り手によって異なるだろう。国家を借り手とする場合、その国家は税と公的債務の利払いによって銀行の利益に貢献している。企業の場合、利潤の一定部分が問題となる。諸個人や世帯の場合、その賃金なり年金なりの一定部分が銀行の利益に吸収されるが、彼(彼女)たちは自分たちの抵当権付信用[住宅ローンなど]やクレジットカードで、それを支払うのである。銀行は、貸し付ければ貸し付けるほど、利益が上がる仕組みになっている。銀行の利益は信用創造という操作にもとづいている。利潤総額は貸付け総額によって決まる」(P58)。
銀行はもはや単なる「仲介者」ではない。「銀行は、この言葉の伝統的な意味では、もはや存在しない」。
「・・・伝統的モデルでは、信用を供与した銀行は期限が来るまで債権を保有せねばならなかった。したがって、銀行は借り手の質を見極め、返済の可能性を知り尽くしていることがその義務とされた。けれども・・・新たな銀行モデルでは、貸し付けた銀行は、証券化によって、他の銀行やヘッジファンドにリスクを転嫁することで自分のリスクを一掃することができるようになったのである。抵当貸付に起きたのは、まさにこの事態である。2008年末の銀行救済は、銀行に何の制裁も加えなかった。つまり救済措置はこの銀行モデルを変更しなかったわけである」(P73)。
政府は、「平時」には、税金で国債の利息を支払って金融機関に利益を与え、「危機」の時には、税金を投入して金融機関を救う。「危機」を作り出した張本人は、1980年代からの金融自由化と金融緩和を基盤にし、減税を追い風にして、金融商品への投資で稼ぐ銀行や投資銀行とヘッジファンドや富裕層であるのに、繰り返し発生する「バブル」が崩壊すると、政府と中央銀行が前面に出て「救済策」によって国民を犠牲にする。
国家は、金融資本に従属している。国債を発行して借金を増やすことで、ますます従属性(貸し手から見れば「寄生性」)は深まる。
国民は借金まみれ
住宅ローンから、学費ローン、自動車ローン、あらゆる種類の消費者信用まで、国民全体が借金まみれになった。政府の財政だけでなく「消費」も借金に依存している。つまり労働者階級は、生産過程で資本に剰余価値を提供し、剰余価値が「実現」される消費の局面では金融資本に利潤を提供する。
なぜ、住む場所を確保するために借金しなければならないのか、なぜ教育を受けるために借金をする必要があるのか、疑問に思う間もなく人々は借金を重ねる。そして、「借金は利息を付けて返済しなければならない」。これは「社会の常識」であり、金融資本を支えるイデオロギーであり、社会的「権力」である。だからこそ法的拘束力を伴う。
この「常識」にとらわれている限り、「国家債務」も、未来の世代が数十年もかけてこれを「返済」しなければならない。「財源を国債に求めるのか、緊縮と増税に求めるのか」という対立は、「金融資本に利益を提供し続けるのか、この寄生虫を取り除くのか」という対立に組み替えられねばならない。
「資産的個人主義」
日経平均が上がっただの、下がっただの、為替相場が円安だの、円高だの、NHKでも民法のニュース番組でも、必ず「金融情勢」が報じられるようになったのは、いつからだっただろうか。まるで国民全体が、株に投資しているかのようだ。
「財務省は2026年度から個人向け国債の販売先を個人以外にも広げる。学校法人やマンション管理組合、中小規模の未上場企業などを検討している。日銀の国債買い入れ減額を受け、国債を安定して消化するために買い手を増やす」(日経2024年12月27日)。
政府は、2230兆円もの個人金融資産を金融市場へ流し込もうと、あの手この手を繰り出す。NISAはそれなりに成功したと言えるだろう。学校でも「金融教育」をやり始めた。「国債」の買い手を増やすためには、もはやなりふり構っていられない。マンション管理組合まで買い手にしてしまう。
いったい「利息」や「配当」とは何なのか、それはどこから来るのか、といったことを誰も問題にしなくなった。「お金がお金を生む」という「宗教的魔術」を、みんなが信じている。「安全資産」である「国債」はありがたい。買っておけば、老後の年金の足しにもなる・・・。
「預金口座に・・・預けた最初の貨幣は、何年かした後にはもはやわれわれには属さなくなるのだと言われたら誰もが驚くだろう」(デビッド・ハーヴェイ「資本論入門」作品社2011年)。
しかし、マルクスを真摯に学んだ者は、驚かない。なぜなら、マルクス経済学の核心がここにあるからである。「利息」や「配当金」、そして何年か後の「元本」も、労働者階級が労働によって作りだした剰余価値以外の何物でもない。それは他人の労働であり、近代的「所有権」の観点からしても、「元本提供者」のものではない。その「利息」や「配当金」の中に、グローバルサウスでの不法な児童労働や過酷なデジタル内職による収奪が含まれていることを知れば、「利子生み資本真理教」の魔術は融けるのだろうか。
「資産的個人主義」は、アンドレ・オルレアンの造語である(「金融の権力」藤原書店2001年)。「社会的」にしか、「資本の犠牲」によってしか解決しえない問題を、個人で「投資」による「資産形成」で解決しようとする「個人主義」が蔓延している。労働者階級は、借金を背負いながら「小口株主」にもなる。
「住宅ローンを抱える労働者はストライキをしない」と言われる。NISAに老後の年金を期待する若者も、資本と国家に取り込まれつつある。NISAを奨励する資本の真の狙いがここにある。
著者の結論は明確である。左派の社会的運動は、「金融権力」に挑戦しなければならない。
「銀行を差し押さえよ!然り、社会運動がその力を発揮するすべての国々で。然り、差し押さえられるべき銀行の中に欧州中央銀行も含めよ」(P171)。
「債務の廃棄は労働と資本との政治的力関係をその根本から修正するだろう。債務市場のさまざまな形式の下での解体、金利収入の源泉の一つの消滅――これを根拠に、債務の廃棄は公共政治に対する市場による支配を強力に衰弱させるだろう」(P172)。
最後に
恥ずかしながら、全部読み終わって訳者の「後書き」を読むまで、著者のフランソワ・シェネが、第四インター系の経済学者だということを知らなかった。訳者によるとシェネは「・・・『社会主義と野蛮』のメンバーであり、国際主義的共産主義組織(OCI)の闘士でもあったが、近年では反資本主義新党(NPA)の活動に携わり、トービン税実現運動団体ATTACの学術顧問も務めている」とのこと。
末尾にある芳賀健一さんの丁寧な解説は、金融と国債に関する基礎的な知識を提供してくれる内容で、一読の価値があるが、残念ながら結論部分は、本書で示されたシェネの革命的立場とは大きく乖離している。
6月23日

The KAKEHASHI
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