戒厳令を振り返り、浮き彫りになったこと

イ・ファンミ(労働者歴史『ハンネ』企画局長)

 「社会混乱を助長するストライキ、サボタージュ、集会行為を禁止する」 これは、2024年12月3日に発表された「戒厳司令部布告令第1号」に盛り込まれた内容だ。違反すると「令状なしで逮捕、拘留、押収、捜索することができる」「処断する」とも明記されていた。
 布告令の内容は不気味だ。実は尹錫悦は政治を始めてから一貫して、労働者と労働組合を攻撃する布告令をすでに実践してきた。2024年12月3日以前も同様だった。

労働者の高い賃金を非難した大統領の年収は2億6千万ウォン

 尹錫悦は予備候補時代だった2021年10月19日、フェイスブックに「民主労総はもはや弱者ではありません。自営業者や青年、さらには仲間の労働者まで略奪する既得権勢力」「私は自らの利益のために自営業者や青年、そして私たちの未来を犠牲にする労働組合カルテルから国民を守る政治をします」と書いた。
 2022年11月29日の国務会議でも尹錫悦は「民主労総の傘下にある鉄道、地下鉄の労働組合は、産業現場の真の弱者、絶対多数の賃金労働者に比べ、より高い所得と労働条件を有している。民主労総のストライキには正当性がなく、法と原則に基づいて断固として対処する。政府は組織化されていない産業現場の真の弱者をよりよくケアできるように法と制度を改善していく」と述べた。
 「黄色い封筒法」は、下請け労働者に対する元請け企業の責任強化、争議行為の範囲拡大や労働組合活動に対する企業の過度な損害賠償請求の制限などの内容を盛り込んでいる。「産業現場の真の弱者」の最小限の権利を保護するための「黄色い封筒法」は国会本会議を通過したが、尹錫悦は2023年11月9日(第21代国会)と2024年8月16日(第22代国会)の二度にわたって拒否権を行使した。
 2022年、当時の大宇造船(現・ハンファオーシャン)社内の下請け労働者たちは、賃金引き上げを要求してストライキを行ったため、460億ウォンの損害賠償を求める訴訟を起こされた。鉄道・地下鉄労働者の高所得を非難していた尹錫悦の年収は2億6千万ウォン以上とされ、職務停止中も給料は支給されるという。

ストライキは朝鮮の核と同じ。戒厳令のためには無人機も飛ばす

 2022年12月4日、関係閣僚の対策会議で尹錫悦は「建設現場でレミコンの工事車両などの進入を阻止し、建設会社に金銭を要求、違法採用を強要するなどの違法行為や暴力行為が横行している」と述べた。続いて12月13日の国務会議で「暴力、恐喝、雇用強要、工事妨害など、産業現場に蔓延している組織的な違法行為も確実に根絶しなければならない」と述べた。2023年2月21日の国務会議では、「暴力行為が完全に根絶されるまで厳正に取り締まり、法治を確固たるものにする」と声を上げた。
 尹錫悦の指示により、警察は2022年12月8日から2023年8月14日までの「暴力団特別取り締まり」で4,829人を検察に送致し、148人を拘束した。このうち、民主労総建設労組だけで2千人余りを捜査し、労組事務所と組合員の住居数十カ所を家宅捜査し、40人余りを拘束した。この屈辱に耐えかねた建設労働者のヤン・ヒドン氏は自らの身体に火をつけた。
 2022年12月初め、尹錫悦は参謀たちと非公開会議で「貨物連帯のストライキは朝鮮の核兵器と同じ脅威だ」と述べた。安全運賃制の拡大とサンセット条項の廃止を求める貨物連帯のストライキに対して尹錫悦は、史上初の「業務開始命令」を発動し、労働者たちに労働を強制した。一方で尹錫悦はその2年後に、戒厳令の正当性を確保するために朝鮮に無人機を飛ばし、汚物風船の集中打撃を指示するなどして朝鮮への挑発を誘導した。彼は、朝鮮の核もそれほど恐れていなかったようだ。

労働者に週120時間労働を強制する一方で、自分は常習的な遅刻

 さらに尹錫悦は、労働者からのさらなる搾取に余念がなかった。彼は政治参加宣言直後、毎日経済とのインタビュー(2021年7月19日)で「週52時間労働ではなく、週120時間にするべきだ。忙しく働き、その後は自由に休むことができるはずだ」と述べた。週120時間制になれば、労働者を5日間に24時間連続して働かせ、あるいは7日間に1日17時間ずつ働かせることが可能だ。それは死をもたらす労働だ。尹錫悦政権は、2023年3月6日にも週69時間労働に対して長期休暇を付与するという労働時間制度改編案を提示した。労働者に毎日長時間働けと言い続けてきた尹錫悦だが、彼自身は大統領就任後に遅刻を繰り返した。自らの怠慢を揉み消すために、道路規制をして嘘の出勤車まで運用した。
 「長時間労働社会」を夢見る尹錫悦の亡霊はいまだに国会を漂っている。2月10日から始まった臨時国会では、昨年、国民の力が発議した半導体特別法を審議するらしいが、その法案には「研究開発職種の週52時間労働制限の例外」規定を盛り込んでいる。労働団体、市民団体、社会団体などは、半導体特別法が長時間の労働、気候変動などによるさまざまな弊害をもたらす「財閥優遇法」だとし、法案の廃案を主張している。次の大統領選の準備に余念がない李在明は、票の計算をしながら、玉虫色の主張を繰り返している。

「不正選挙妄想」と同様の「労働組合嫌悪」

 尹錫悦には特に労働組合に対する執着心がある。2023年の年頭辞で、労働、教育、年金の三大改革を先送りすることはできないと強調したが、その中で「労働改革」が最優先課題だとした。改革の対象は労働組合だった。
 2022年12月21日の緊急経済民生会議で彼は、「労働組合の腐敗も、公職腐敗、企業腐敗とともに韓国社会で撲滅すべき三大腐敗の一つであり、厳格に法の執行を行わなければならない」と述べた。2023年4月10日の首席秘書官会議では「労働改革の最も重要な分野が労使の法治確立であるため、会計資料の提出拒否に対しては法的措置を徹底的に講じるように」とした。
 ここまでくると尹錫悦にとって「労働組合嫌悪」は、「不正選挙妄想」と同じくらい根が深い問題のようだ。「厳格な法執行」を主張してきた尹錫悦はいま、すべての司法機関と憲法機関を真っ向から否定し、極右勢力を扇動している。

浮き彫りになった常識の欠如

 文在寅政権時代、「黄色い封筒法」は当時の民主党の公約であったにもかかわらず、民主党が多くの議席を獲得後も「黄色い封筒法」は成立しなかった。政権期間中、一貫して「黄色い封筒法」から目を背けていた民主党が、いまは「黄色い封筒法」を再び取り上げて「親労働者」のふりをしている。それは、現在審議されている半導体特別法に対する同党の態度も同様だ。
 戒厳令解除と大統領弾劾訴追に賛成し、民主主義の守護者ぶりを発揮している安哲秀氏は、CEO(最高経営責任者 )時代、「会社(アンラボ)に労働組合ができたらどうしますか」という質問に「会社を畳むべきでしょう」と答えた。そして2022年の大統領選候補時代に彼は「強固な貴族労組の打破」を公約に掲げた。混乱した情勢に乗じ、「極右ではない」ふりをして大統領選の候補となっている者たちの労働者に対する感覚もほとんど同じだ。
 尹錫悦弾劾をめぐる対立は、イデオロギーや判断の領域ではなく、常識と非常識、善悪の領域であることは周知の事実だ。同様に、憲法に明記された労働三権の保障も常識の領域だ。
 「戒厳令による内乱」という異例の事件が起こらなければ、あまりにも当たり前の常識の欠如は浮き彫りにならなかっただろう。イデオロギーや政治路線を基準にした杓子定規での評価は困難だ。そして、労働者や労働組合の状況は、内乱以前とあまり変わりははい。韓国社会の支配勢力は一貫して、憲法に明記された労働三権の保障を勝手に毀損し、踏みにじり、今回の布告令の際と同様のふるまいを繰り返してきた。政治圏でいま、尹錫悦大統領の弾劾をめぐって分裂して闘っているのは、まさに労働者の正当な闘争に対して寄って集ってあらゆる非難と疑惑をかけ、処罰しろと叫んでいた者たちだ。
 次の大統領選挙において、新たに選出される大統領に対する期待は非常に薄い。韓国の労働者たちよ、私たちの住む社会は、政治指導者に恵まれない残念な社会だ。  2月11日
(労働者歴史『ハンネ』より)

朝鮮半島通信

▲金正恩総書記は2月14日、咸鏡南道楽園郡の海産物養殖場での着工式に出席した
▲金正恩総書記は2月16日、平壌の和盛地区で開かれた住宅地の着工式で演説した。
▲ソウル中央地裁刑事21部は2月19日、国家情報院法上職権乱用などの容疑で起訴された鄭義溶元国家安保室長、徐勳元国情院長に対して懲役10ヵ月の判決を猶予した。盧英敏元大統領秘書室長と金淵哲元統一部長官に対しては懲役6ヵ月の判決を猶予した。
▲韓国の憲法裁判所は2月20日、尹錫悦大統領に対する罷免の是非を判断する弾劾審判の10回目の弁論を開いた。

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