デザインの系譜
コラム「架橋」
本紙読者会では、さまざまな意見が飛び交う。多くは紙面の割付や見出しについてだ。本文の主義主張には議論が進まず、デザインの段階で白熱している。
私が初めて就いた業種は「写植オペレーター」つまり「文選植字工」だった。活版印刷からオフセット印刷の移行は、ホットタイプからコールドタイプへの進化と同期した画期的な出来事だった。活字設備の空間がなくても、写植機一台と暗室があれば開業できた。メーカーの技術研修での卒検で私は99点を取った。ミスは欧文の「.」がひとつ抜けたこと。文字通り「1点」足りなかったのだ。
写植の黎明期には、先達たちが徹夜で組版ルールを討議したという。和文禁則処理、欧文の字間や行間。全角から4分アキの適切な使い方。役物の呼称など。その規則を守りさえすれば、見栄えのいい体裁に組み上がる。業界共通の知恵である。
ドラムに印画紙を巻きつけ機械にセットする。印字した文字は、「・」で表され、誤字脱字は現像するまで分からない。数時間かけた仕事で、印画紙の入れ忘れや現像液が疲労していれば、水泡に帰する。1㎜の4分の1の単位でカナの「ツメ打ち」などは熟練の技が試された。校正後の修正は版下作業の切った貼った。打ち直すのはどの範囲か、版下担当とのせめぎ合いが絶えなかった。
写植界は「書体の写研、機械のモリサワ」と言われた。創設時に一緒だった両者は分裂して業界をリードした。写研の書体は美しく完成度が高い。道路標識や駅名表示で広く社会に浸透している。モリサワは合理的な機械構造と情報公開の姿勢で、写研書体を模倣しながら生き延びた。
小説などの本文をコマンドで囲む電算写植の登場。家庭用ワープロの普及。手動写植機がMACへと切り替わる1990年代の大変革が、現代の始点である。
自ら望んで就いた仕事ではないが、40年以上携わった文字組版の深淵とタイプフェイスへの愛。企画から編集、印刷、加工、製本までを管理するノウハウは忘れることがない。日常のあちこちで、写研系の流麗な書体や完璧なデザイン作品に出会うと気分がいい。基本に忠実なプロの仕事だなと感心するのである。 (隆)

