「8・6ヒロシマ平和へのつどい2025」(上)
今ヒロシマは何をなすべきか
人類と生態系の滅亡を止めるために資本主義的世界構造の変革を

反戦・反原子力・反ジェノサイドの取り組みを広げていこう
【広島】今年の「8・6ヒロシマ平和へのつどい2025」は、広島市内にて150人の結集で開催した。集会テーマは、「軍都廣島137年、東京を含む日本全国大空襲─沖縄戦─広島・長崎原爆ジェノサイドから80年 重慶爆撃からガザ・ジェノサイドまで ヒロシマは何をなすべきか」。
大月純子さん(被爆2世、福島原発告訴団・中四国)
「在朝被爆者救援のために」
司会の大月純子さん(被爆2世、福島原発告訴団・中四国)が開会挨拶を兼ねて「在朝被爆者救援のために」との題で発言した。
「特に今日は、この会場だけではなく、6階でも韓国からの「広島原爆80年朝鮮人犠牲者追悼団」が参加している。この集会は、1977年から、反戦・反核・反原子力をテーマに、そして、2023年10月7日からのイスラエルによるパレスチナ・ガザへの虐殺行為に対し、反ジェノサイドを訴えている。
広島が原爆の爆撃を受ける背景には、1888年から広島が軍都として、アジア侵略、植民地政策の拠点としての役割を担い続けて来たという加害の歴史を見なければならない。
広島県朝鮮人被爆者協議会の調査では、1945年8月6日の時点で、広島には朝鮮半島から強制的に連れて来られ、日本の侵略により、土地や仕事を奪われて、生きるために日本にいる親戚を頼って半強制的に来ざるをえなかった朝鮮人が8万7千人いた。そのうち、原爆により、5万人の朝鮮人が被爆し、3万人が亡くなった。日本がポツダム宣言を受諾し、朝鮮半島は大日本帝国の植民地支配から解放された。しかし、広島にいた在日朝鮮人たちは被爆後、救護所や様々なところで、差別を受けて来た。つまり、祖国は解放されても、朝鮮人被爆者たちは、被爆と差別という二重の被害を受け続けて来た。
被爆後、さまざまな方法で、朝鮮半島に帰った人たちは、日本を離れたという理由で援護の対象から外されてきた。その後、在韓被爆者をはじめとする在外被爆者については、何度も繰り返し裁判を起こし続けて来た結果、日本を離れた被爆者たちが援護を受けられないことの根拠とされてきた旧厚生省の402号通達の違法性が明らかとなった。
そして、現在は、居住国から被爆者健康管理手帳の申請を行うことができ、各種の手当
を受給することが出来るようになった。けれども、朝鮮民主主義人民共和国に帰った被爆者たちは、国交が回復していないため、実質的に被爆者援護法の適用が受けられず、現在も被爆者健康管理手帳の申請も行うことができず、健康管理手当を受けることもできずにいる。
在朝鮮被爆者の救援が急務
私たち「8・6ヒロシマ平和へのつどい実行委員会」では、在朝被爆者の救援が急務であるということを確認し、今年5月10日に広島県朝被協の金鎮湖(キン・ジノ)会長から話を聞き、7月19日にこれまで朝被協と一緒に訪朝し、在朝被爆者問題の解決に努力してこられた広島県原水禁代表委員で、元衆議院議員の金子哲夫さんから、在朝被爆者の置かれている現状と課題についてのお話を聴いた。
レジメの中に、金子哲夫さん作成のこれまでの在朝被爆者救援のための取り組み年表の抜粋を入れた。1980年代に李実根元会長が朝鮮民主主義人民共和国を訪問された際に、広島で会ったことのある被爆者たちに出会い、朝鮮民主主義人民共和国に帰った被爆者たちがおられることがわかり、その後、原水禁大会に共和国の代表として被爆者が参加した。そして、1992年には、長崎で被爆された朴ムンスクさんが、原水禁世界大会に参加され、被爆者手帳を申請した。
しかし、当時は402号通達があり、手帳を申請しても、日本を離れると、健康管理手当が打ち切られるため、健康管理手当の申請はしなかった。そのことが今になっては悔やまれてならないと金子哲夫さんは話された。1995年には、共和国において、反核平和のための朝鮮被爆者協会が設立された。そして、その後、何度か金子さんをはじめとする訪朝団と交流をされた。2000年3月には、「反核平和のための朝鮮被爆者協会実務者代表団」が、被爆医療研修のために来日され、当時の小渕恵三首相を表敬訪問され、外務省や厚労省と懇談し、「被爆者医療支援」を要求した。それを受けて、2001年3月には、外務省と厚生労働省が合同で、「在北朝鮮調査のための代表団」が訪朝し、在朝被爆者の実態調査を行った。そして、「反核平和のための朝鮮被爆者協会」から「人道的な医療支援が急務である」ことが指摘され、要望された。その頃には、国交を回復させようとする動きがあり、人道的医療支援も検討されていた。
医療支援も進まぬ現状
にもかかわらず、2002年に小泉純一郎首相が訪朝した際に、朝鮮民主主義人民共和国が拉致を認めたことによって、国交正常化の動きがストップした。小泉訪朝の際に、朝鮮民主主義人民共和国と交わされた日朝平壌宣言には、「植民地支配に対する謝罪と賠償」も書かれている。にもかかわらず、拉致問題が声高に言われるようになり、「植民地支配に対する謝罪と賠償」も在朝被爆者に対する人道的な医療支援も進まなくなった。
2018年に朝鮮被爆者協会が実施した調査によれば、朝鮮民主主義人民共和国に住む被爆者たちの死亡率は広島などに比べると高いと金子さんは指摘している。「人権と生活」に掲載された金子さんの記事を見ると、2018年以前に行われた調査で、確認された在朝被爆者1911人でした。2018年に行われた調査では、382人の生存被爆者に対して、実態調査が行われましたが。2018年の中間報告では、そのうちの111人の調査が行われ、生存者は60人、死亡者が51人であることが確認された。
その死亡率は、45・95%です。その後、金子さんが行われた調査では、厚生労働省が毎年年度末に発表している被爆者健康管理手帳所持者数をもとに比較され、10年間の死亡率は、約38%だったそうです。1~2%であれば、誤差と言えますが、8%の開きは、誤差の範囲を超えていて、明らかに在朝被爆者の死亡率が高いことを示していると指摘されている。そのお話を聞いて、小渕総理が面会をし、外務省と厚生労働省が訪朝し、被爆者協会から人道的医療支援が急務であると要求されたときに、医療支援が実現できていればと悔やまれてなりません。さきほどもお話ししたように、2002年の当時の首相である小泉純一郎が訪朝した時はおそらく国交を回復させようという思いがあったのだと言われている。
朝鮮への敵視政策
にもかかわらず、拉致問題を理由に、国交回復の動きをストップさせたのは他でもない安倍晋三です。そしてその背景を考えると、2001年に9・11が起き、アメリカは対テロ戦争を始めた。そして、2003年にイラクを攻撃し、朝鮮民主主義共和国を「悪の枢軸」と位置付けた。その頃から、朝鮮民主主義人民共和国に対する敵視政策が始まっていった。そして、2006年から朝鮮民主主義人民共和国に対する経済制裁を科す安保理決議が出された。その理由として、ミサイル発射や核実験が挙げられている。けれども、アメリカは、訓練という名で、ミサイル攻撃訓練を繰り返し行っている。韓米合同軍事演習や韓米日の合同軍事演習も行われている。アメリカがミサイルを発射した時は訓練と言われ、朝鮮民主主義人民共和国がミサイルを発射した時はミサイル発射と言われ、あたかも攻撃をしかけているかのように報じられている。これは報道による印象操作である。そして、核実験は、朝鮮民主主義人民共和国よりもアメリカの方がはるかに多く続けている。その背景には、アメリカがヒロシマ・ナガサキへの原爆攻撃、大量無差別殺戮攻撃を人道的な罪と認めず、反省も謝罪も補償もせずに、「戦争を終わらせるためのものだった」という言説をアメリカ人にも信じ込ませている。そのことは、今年6月22日にアメリカがイランの核施設を攻撃した時のトランプ大統領の発言にも象徴されている。本来であれば、どの国も核兵器を持つべきではない。にもかかわらず、アメリカやフランス、イギリスなどの核保有国の核は認められ、朝鮮民主主義人民共和国は核兵器を持っているために経済制裁を受け続けていることは不当なことだ。
一日も早い医療支援を
もし、朝鮮民主主義人民共和国に経済制裁を科すのであれば、アメリカやフランスなどの核保有国にも経済制裁を科すべきだ。ゆえに、人道的な医療支援を行うためにも一日も早く国連の経済制裁を解除させるべきだ。かつて、南北に離散された家族を面会させようという取り組みがおこなわれていたが、それがかなわないので、せめてオンラインでの面会を試みた際に、そのオンライン機材を共和国に送ることが経済制裁にひっかかるとしてとりやめになったことがある。私は2019年11月に朝鮮民主主義人民共和国を訪れたが、出発する前に福岡空港で、朝鮮民主主義人民共和国でお土産を買わないようにと注意された。それは、私たちがお土産を買うことが経済制裁にひっかかるからというのだ。それは、その年、修学旅行で祖国訪問した神戸の朝鮮高級学校の生徒たちが関西空港で荷物を開けられ、親せきからもらったお土産も、自分たちが来ていた体操服も没収をされるという事件があった。残された時間はわずかだ。喫緊の課題として、人道的な立場に立って医療支援を行うよう日本政府に強く求めていかなければならない。そのためには、国交回復を求めていかなければならない。そして、私たちの周りにある朝鮮民主主義人民共和国への偏見や差別をなくしていかなければならない。朝鮮学校を高校無償化制度や幼保無償化制度から除外している差別政策を止めさせていかなければならない。管制ヘイト上からのヘイトをやめさせることによって、私たちの身近で起こっている在日朝鮮人に対するヘイトをなくしていかなければならない。そして、日本政府に対し、2001年の在朝被爆者の調査に立ち返り、平壌で被爆者健康管理手帳を交付するための事務所を設け、被爆者健康管理手当の支給をさせなければならない。そして、2002年に被爆者協会が求めた人道的な大規模な医療支援を一日も早く実現するために、みなさまと共に私たちにできることをしていくという決意を述べ、私の発言とさせていただきます」。

紙屋町交差点を右折するデモ(8.6)
西岡由紀夫さん(被爆2世、ピースリンク広島・呉・岩国 呉世話人)
「天皇の招爆責任について」
続いて、西岡由紀夫さん(被爆2世、ピースリンク広島・呉・岩国 呉世話人)が「天皇の招爆責任について」との題で発言した。
「天皇主権の大日本帝国憲法では、天皇大権として規定される立法大権・議会開閉大権、官制・任官大権・軍事大権・外交大権・戒厳令宣告大権・恩赦大権、栄転授与大権、祭祀大権等があり、国家はこれらの大権に基づき、天皇の行政、天皇の司法として運営され、天皇の軍隊によって支えられた。日本陸海軍は、広島を拠点に、日清戦争(1894─95)、台湾の植民地化以後、北清事変(1900─01)、日露戦争(1904─05)、韓国併合(1910)、第一次世界大戦(青島出兵)、シベリア出兵(1918─22)、柳条湖事件(偽
「満州事変」、1931・
9・18)、盧溝橋事件(1937・7・7)以後、南京大虐殺(1937・12・13)、日中全面戦争、マレー半島・真珠湾攻撃(1941・12・8)によるアジア太平洋戦争へ1945年8月(日本の降伏文書調印9・2、沖縄9・7)まで、約半世紀は、戦争に次ぐ戦争の状況であった。
近衛文麿が天皇に終戦を提言した45年2月の時点で(マリアナ諸島を失って戦争の帰趨は決していたし、さらにレイテ、ルソンなどに米軍が上陸しフィリピンも失うことが確実になっていた時点で)終戦を決断していれば沖縄戦を避けられた可能性があった。そうすれば当然、原爆投下やソ連参戦も避けることができた。天皇が8月に終戦の「聖断」を下したのは国体護持=天皇制維持にこだわった、あまりにも「遅すぎた聖断」であった。
米軍日本本土に16万800トンにのぼる爆弾・焼夷弾を投下したが、そのうちの90パーセント以上が太平洋戦争の最後の5カ月間にB―29によって投下された。その結果、北は北海道の釧路から南は沖縄の那覇まで、全国100あまりの都市を含む393市町村の人々が爆撃の犠牲者となった。その推定死傷者は102万人、その半数以上の56万人が死亡者と言われている。(地上戦で亡くなった沖縄県民の数はこれに含まれない)。死傷者の7割近くが女性と子どもたちであるとも言われている。太平洋戦争における軍人・軍属・民間人すべてを含む日本人戦没者の総数は310万人と推定されている。これら戦没者の実に18パーセントが無差別爆撃による犠牲者であった。
日米両国に責任がある
「招爆責任」ということばは、文字通り「被爆を招いた責任」ということである。岩松繁俊『戦争責任と核廃絶』から引用する。・日本国の侵略犯罪・戦争犯罪の基本要因を省察していくと、究極的には天皇制軍国主義にいたる。天皇の軍隊は「忠節を尽くす」のを本分とした。しかも「上官の命は朕の命」と心得なければならなかったので、軍部指導層の命令は絶対命令として、良心の呵責なく、国際法侵犯の行為をつづけることができた。さらに「生きて虜囚の辱めを受けず」の日本軍は、国際法を学ばず、敵国軍人の捕虜を侮蔑の対象にして人権を無視した。昭和天皇は「皇祖皇宗」から継承した「天壌無窮の神国」の「宝祚隆昌」を念じて、戦争終結のためには戦闘でのいくつかの勝利を条件とした。天皇は軍部からの偏見と欺瞞にみちた上奏を偏見・欺瞞と気づかず、戦略的状況を的確に把握できず、いたずらに戦争継続と戦争勝利に固執した。こうして沖縄の民衆は悲惨きわまりない犠牲を強いられ、さらに二個の原爆によって、朝鮮人・
中国人・戦争捕虜をふくむ二都市の市民が無差別に虐殺された。日本人はみずからの加害責任を反省し謝罪しなければ、アメリカの原爆投下責任を追及できない。筆者は全く同感である。田中利幸さんから、大切なご指摘をいただいたので、ここで紹介します。
米国側の「招爆画策責任」
天皇の招爆責任を議論するときに忘れてならないことは、米国側が原爆を使えるように、
日本(天皇)が降伏を遅らせるよう画策したことです。天皇の「招爆責任」と、米国側が「天皇が招爆」するような形になるように画策したこと、これを一緒に問題にしなければなりません。すなわち日本側の「招爆責任」と米国側の「招爆画策責任」を同時に追及する必要があります。したがって、戦争の終結に原爆の使用が全く必要でなかったにもかかわらず、日米両国が「招爆」に責任があること、この厳然たる事実を明確に指摘する必要があります。これまで、この事実を指摘した歴史家は日本にも米国にもいません。田中利幸著『検証「戦後民主主義」』(特に第二章「招爆責任」と「招爆画策責任」の隠蔽-日米両国による原爆神話化)を読んでください。今年5月10日の講演会『軍都廣島131年の歴史から考える 天皇裕仁と天皇制の「招爆責任」・朝鮮人被爆者問題』での講演においてもはっきり述べています。筆者の至らない点を明確にご指摘していただき、ありがとうございます。今後の課題としたいと思います」。
(つづく)
(久野成章)
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