県内市町村の中国での戦争体験記を読む(111) 日本軍による戦争の赤裸々な描写

 中国侵略の日本軍には、県内各地からも多くの青年たちが動員されて命を落とし、また、戦争の実態を目撃した。県内各地の市町村史の戦争体験記録にはそうした証言が数多く掲載されている。今号で紹介する宜野湾市の宮城さんは、1941年、32才の時に召集され輸卒として満州に派兵、捕虜になってシベリアのコルホーズ農場で働いた経緯を証言している。引用は原文通り、省略は……で示した。年号を西暦で補充した。

『宜野湾市史』第3巻 資料編2「市民の戦争体験記録」(1982年)

宮城盛山「輸卒としてシベリアへ」

 昭和十六〔1941〕年、32才の時に召集され、はじめて満州に行ったのである。召集された時の名目は行伍(こうご)演習ということであったが、すぐ7000部隊に配属された。その時、出身地の宜野湾村真志喜部落には身ごもっていた妻と長女、次女の幼い子どもらがいて、国のためとはいえ気の重い出立であった。
 私は召集される数年前、サイパンに出稼ぎに行っていた。24才から26才までの二年間、サイパンのチャランカにあった製糖工場で働いていた。だが、私に養子縁組の話があり、宜野湾に戻ってきたのである。
 私の旧姓は山城であったが、宮城カメさんの所に養子に行き、カメさんの長女ハル(当時16歳)と結婚した。ところが間もなく、私はワイル病という病気になり、しばらく金武村にあった病院に入院しなければならなくなった。その時は、死ぬのではないかとおもわれるほど病状も悪化していたが、家族の懸命な看病と勇気づけで一命を取り戻した。
 退院しても以前のように農業もできない状態であったので、召集を受けるまで宜野湾の役場で働かせてもらった。
 当時「輜重兵が兵隊になったら電信柱に花が咲く」と歌われるほど輜重兵は身分がずっと下であった。だが、私はその輜重兵よりもさらに下のほうである輸卒として召集を受け、輜重兵第6大隊に配属された。仕事の内容は馬を使っての食料運搬であった。輜重兵と輸卒との違いは、簡単に言えば、輜重兵は馬と車(荷馬車)を扱って軍需品を運搬する仕事をし、輸卒は馬だけで軍需品を運ぶ仕事をするといったものである。
 身体が弱いということもあって、私は7000部隊の中の「輸卒」として満州の雞寧に行ったのである。そこでの生活は、まず朝起きると馬小屋に行って馬の蹄の点検と掃除、それから馬に餌を与え、そのあと私たちの食事というように、馬を第一に優先する生活であった。食事を終えると、馬を伴なって壊れた土嚢(土をつめた袋)の修復をするために土を運搬すること、あるいは「貨物倉」から食料を運搬してくるという繰り返しであった。……
 そこでは、ただ郷里に残してきた妻子のことだけが気になった。妻から男の子が生まれたと手紙が届き私は大変よろこんだ。その手紙で一層仕事にはりが出てきた。
 だがその喜びを打ち消すように、すぐ沖縄での10・10空襲の情報が流れてきて大変ショックを受けた。家族のことが心配であったが、その時から交信も不可能になっていた。
 私の仕事は輸卒から「酒保」にまわされていた。酒保というのは、日常雑貨を販売する店のことで、そこの販売人にまわされたのである。
 7000部隊も忙しく動き回り、すでに半数ほどは南洋方面に行っており、兵隊の数も減っていた。そして間もなく「沖縄玉砕」の情報が入って来たのである。その時「ああもう駄目だ」と思った。長男の誕生を非常に喜んだのに、一度も顔を見ないで別れてしまうのかと悲しくなり、早く沖縄に帰りたいと思った。しかし、自分のいる場所もロシア兵に攻められ、事態は急激に変化していた。
 私にはロシア人は初めて見る外国人であった。その時は「体が大きくて、顔が赤く、目の色が異なる強い人」という印象であった。ロシア兵に取り巻かれて、日本兵は戦意喪失していた。ほとんど無抵抗で捕虜になった。捕虜になって、時計を取られたり、万年筆を奪われたりする日本兵もいた。
 私たちはオードカシという所に連れて行かれた。そこは広い草原であった。そこでの生活からは食料も不足ぎみになっていた。食事に草を煮たものも出てきた。
 食料がなく栄養も充分取れず、私は脚気になり、日本人医師の所で長い間入院した。他の人たちは強制労働させられたが、私は虚弱であること、しかも病気で入院を続けたこともあって、過酷な労働を免れた。むしろ、ロシアの兵隊や女の人たちからも優しくしてもらった。
 コルホーズという大農場で、ロシアの女たちと働いたが、彼女らは「働かざるものは食うべからず」という考えを徹底して持っており、働く日本人に対しては好意的であった。
私はここで多くのロシア語を教えてもらったが、もうほとんど忘れてしまった。……

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