投稿:高市首相の台湾有事発言を問う

軍事産業にかける末期資本主義

三海 弘

 高市首相の「台湾有事」発言は、戦争を本気で準備しているということだろうか。レーダー照射などであれこれと話題になってもいるが、すくなくとも当面は、戦争準備という方向は排除されると思われる。なぜなら、日本の資材の調達、製造、販売市場としての中国は、日本の産業全体で販売の44%近くが、中国向けだという試算があるほどだ。また、中国と事を構えるということは、日本にとどまらず世界のサプライチェーンに巨大な影響を与えることも確実だ。そのうえ、中国の軍事力の大きさと自衛隊の規模を考慮すれば、また日本のエネルギー・食料自給率の低さなども考えれば、戦争など無謀だと誰の目にも明白だからである。
 ではなぜ、高市はここまで踏み込んで “本音” を明言し、中国を挑発したのか。一つはっきりしていることは、すでに倍増している日本の軍事費のさらなる増額を正当化するための恰好の機会を作ったということは言えるだろう。これには追い風も吹いている。物価高騰で喘いでいる人々の意識を中国の脅威によって逸らすことができ、軍事費増額を正当化できる。
 しかし、この軍事費のさらなる増額にはさらに重要な動機がある。
GAFAなどのデジタル産業の発展において、日本は完全に遅れをとっており、追いつくことがほぼ不可能に近くなっている。ここでは「収穫逓増のメカニズム」が働いている。つまり、GAFAなどは、利用者が増えれば増えるほど価値が高まり競争優位性が加速する、つまり、規模が大きくなるほど、より多くの膨大なデータが集まり、次にはそれがさらに技術的な優位性を生み出していくというメカニズムである。その結果、競合他社が追いつくのはますます困難となる。
 日本の既存の産業は長らく成長鈍化・停滞・低成長の局面に入っており、それを打開することはできていない。一言で言えば「収穫逓減のメカニズム」の中で、もがいていると言える。このメカニズムは例えば、ある技術分野が成熟してくると、小さな改善は可能でも初期のような劇的な進歩は難しくなるとか、多額の資金や人材を投入してもそれに見合った成果は得られにくくなる、といったようなメカニズムのことだ。
 こういう八方塞がりの状況の中での軍事費のさらなる増額は何を意味するのか?
 日本の「防衛産業」は世界的に見るとかなり特殊と言える。つまり、平和憲法によって、軍事的装備は国内供給を前提としており容易に輸出できないという“制約” がある。最近、小泉防衛相が防衛装備品の輸出に関する制度の見直しについて「積極的な検討を求める」と言ったのは、この文脈の中で理解できる。
 輸出産業として政府がテコ入れを図りたい軍事産業は、単に弾薬やミサイル、戦車や艦艇などの装備にとどまらない。AIや半導体、レアメタル、情報・通信システムなどありとあらゆる分野の産業が関係する。これが、低迷・衰退する日本の産業をテコ入れするための重要な分野として軍事産業に目をつける理由だ。
 「収穫逓減のメカニズム」、つまり産業の低成長は、別の視点から見れば、資本の利潤率の低下を意味する。日本に限らず世界の新自由主義的政策、つまり財政緊縮、公共支出削減、社会サービス削減などは単なる緊縮政策ではなく、資本の利潤率低下、資本蓄積の条件悪化に対する資本+国家による再編戦略である。しかし、賃金抑制や労働運動の沈静化、社会的支出の削減により利潤をある程度回復させることはできても、それは持続的な生産的投資や実需の拡大に基づく回復に結びつくわけではない。
 ここで世界経済に目を転じてみよう。低成長といっても世界のGDPそれ自体は(日本を除けば)拡大し続けている。しかし、G7とBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南ア)の世界のGDPに占める割合は近年、BRICSがG7を上回ってきている。世界GDPの拡大は実はBRICSの経済成長によってもたらされており、世界経済の “地理的重心” はBRICSへ移動しつつある。また、世界GDPの拡大はG7の生産性や利潤率の回復をもたらしているわけではない。[とはいえ、G7などの「先進国」ではデジタル化やAIサービス化の進展により生産性という基準そのものに変化が生じ、利潤率や投資行動の構造的変化もあって、これまでのGDPとどのように整合するのか、よく分からないところがあるが……]。
 新自由主義、つまり利潤率の低下に対応する資本の攻勢は1980年ごろから始まっているが、その本質は、①社会保障・サービス、教育、文化などへの予算削減、②軍事費増額、③資本の利潤率確保のために、労働者の賃金を抑制すること(これは非正規労働を増やすこと、労働組合と伝統的社会民主主義政党の体制内化、そして大企業優遇を続けることなどを含む)である。
 日本では③はほぼ成功し、①を徐々に進めながら、②を始めようというわけである。
 『新しい階級社会』(橋本健二著、講談社現代新書)という書籍が最近出版されているが、「新たな下層階級」、アンダークラスについて、著者は「パート、主婦を除く非正規労働者で、典型的にはフリーターで …… 2022年に私たちが4万人以上を対象に集めたデータによると、平均年収は216万円で、失業者は含まれていないにもかかわらず37%以上が貧困状態。約12%の人はごく最近、必要な食べ物を買えない経験をしています」と語っている。
 こうした格差社会と貧困の現実にも関わらず、米はいっこうに安くならず、7月から実施されていた電気代・ガス代の補助金「電気・ガス料金支援」は9月で終了し──終了後の請求額を見て驚いた、結構な負担増となる──、あらゆるものの値上げが続いている中で、なぜ、高市首相の支持率が高いのか。しかも若年層になるほど支持率が高いのはなぜか。
 一般的に言えば、「女性初」であるという目新しさ、「積極財政」、「景気浮揚」を掲げる「強いリーダー」っぽい姿勢、二世・三世でない政治家というイメージで期待感を持たれているということになるのだろう。今度こそ何かを変えてくれるのではないかという期待感である。
 かつての安倍政権も同じような期待をもたせたものだが、結果は裏切られた。古い世代からすれば、なんで何度も騙されるの? 意識が低いんじゃないの? などと考えるかもしれない。しかし、そんなふうに言ったところで何の意味もない。若年層は一言で言えば、非政治的であり批判精神を鍛えられる経験をしていないのだと言えば納得してもらえるのかもしれない。
 経済的には戦後の高度成長から2000年代まで続く生活水準の向上、政治的にはソ連崩壊と中国の資本主義化、そして総評から連合へ(メーデーに現職首相を出席させるようになった)という歴史的文脈の中で、批判精神が育まれる要素が失われたこと──ありていに言えば、それなりに清潔で快適な生活が送れていれば、たいていの人間に批判精神の芽は育ちにくくなるものだ。そのうえ、「左翼」は、ネトウヨたちが考える “概念として” の「左翼」はあっても、 “実態として” の「左翼」は見えないに等しくなっている。立憲民主党や国民民主党は、左に分類されるものではなく、体制内化し新自由主義に屈服した社会民主主義、悪く言えば自民党の二軍である。この枠に収まらない共産党や社会民主党とれいわは、非政治的な多くの若年層にとっては残念ながら「何かを変える」力を持っているようには見えない。
 古い世代は平和主義であれマルクス主義であれイデオロギーのフィルターを通して語るが、現在の若い世代、つまり右も左もなくイデオロギーに無関心な世代は、肌感覚を通して物事を語る。言葉を変えれば、理念にではなく現実的な力に惹かれる(念のため言い添えるが、若い世代がすべてこうだと言いたいわけではない)。
 高市が空母の上でトランプの隣ではしゃいでいるのを古い世代が見ると、「アホ」としか見えないが、若い世代は案外に、自分との近しさ、つまり親近感が持てるとさえ思っているのではないか──ちょっと言い過ぎか。
 結論を急ごう。先にも述べたように軍事費の膨張は、必然的に社会保障・サービス、教育、文化などへの予算を切り縮める。そのうえ新たな増税を用意する(26年4月1日以降「防衛特別法人税」が適用され、27年1月からは所得税の増税「防衛特別所得税」が実施される方向で動いている)。最低賃金の増額は微々たるもので、減税もありそうにない。高市を支持することは、その意に反して自分の首を絞める道を開くことに他ならない。しかし、それを実感するにはもう少し時間がかかるかもしれない。
 資本主義は、その歴史──18~19世紀の自由競争の時代、20世紀前半の独占資本の時代(帝国主義の時代)、第二次大戦後の後期資本主義の時代(多国籍企業と金融資本の支配、および科学技術革新による生産の機械化・自動化による高度成長を遂げた時代)、そして現在の新自由主義の時代(金融自由化・民営化・労働市場の柔軟化といった政策の時代)──を通して、多くの戦争と二つの大戦を経験しつつも、科学技術の発展を通して大枠としては生活水準の向上を実現してきた。しかし今日、末期資本主義とでも言うべき時代に “新しい資本主義” というものを構想しうるのか? “新しい資本主義” は、持続可能なのか、環境破壊を押し留めることができるのか、戦争を根絶できるのか、格差社会を是正できるのか、健康で人間的な生活をあらゆる人に保証できるのか。これらの問題をお題目ではなく、真に解決できるという処方箋は現在の延長線上には存在しないと、そろそろ気づくべきである。
 これらの問題を解決する唯一の脱出口は、経済を、無秩序で統制することのできない市場の論理に従わせるのではなく、人間の理性に従属させる、すなわちグローバルで民主的な社会的計画に基づいた経済に移行させるしかない、と私は考えるが、これについては壮大な課題なので別の機会に触れることができればと思う。  

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