習近平一強体制への無力感と閉塞感のまん延
中国をめぐる情勢
中国の生産力は世界を飲み込む
「不満すら口に出せない」強権化政策
中国のゼロコロナ政策解除からまる2年になる。習近平にしてみれば、解除は「政権の成果」として宣言したかったのであろうが、「白紙運動」など全国的に広がった民衆の不満の爆発によって解除せざるをえなかったのであった。習近平は完全に「メンツを潰された」のである。そして同時期に不動産バブルの崩壊が進行し、中国経済は深刻な危機的状態に投げ込まれることになる。「一党支配体制」を受け入れてきた社会的雰囲気は、一気に喪失しつつある。
そうした中で習近平一強体制は「不満すら口に出せない」強権化政策を推し進めてきた。23年7月には「改正反スパイ法」が施行された。それまでの「反スパイ法」は「国家機密」の情報提供を適用対象としてきたが、改正法はその対象を「国家の安全と利益」に拡大したのである。どこまで適用するのかも曖昧であり、なおかつ「密告」も奨励している。そして同年10月には「愛国主義教育法」を成立させた。その内容たるや文革時の毛沢東崇拝を彷彿させる最悪のもので、習近平と一党支配体制を徹底させる教育の強化と、自由な思想に対する統制の強化である。「自由な教育」をしかねないとして、学習塾も全面的に廃止に追い込まれている。
24年2月には、新廟ウイグル自治区で「改正宗教事務条例」が施行された。自治区では14年と17年にも条例が施行されており「異常に伸ばしたヒゲ」や「顔全体を覆うブルカの着用」は禁止されてきた。今回の改正条例では「施設の新・改築に当たり、建物・装飾などは中国風にしなければならない」とされたのである。
また3月には香港議会で、20年から施行されてきた「国家安全維持法」を補完する「国家安全条例」が成立している。国安法は国外にも適用される。さらに香港高裁は11月に、国安法違反で起訴されていた民主派活動家45人に対して、禁固4年2カ月~10年という見せしめ的な重罪判決を言いわたしている。
習近平体制による圧力は、性的少数者を支援する団体に対しても強まっている。自由な組織運営が禁止され、イベントなども中止にされたりしている。またテレビ番組などへの検閲も強まっており、同性愛や不倫・未成年の恋愛を扱う番組は「不道徳で不健全」だとして、放送を禁止するガイドラインを発表している。
人々の中には、ささやかな自由すら奪い取られた無力感と閉塞感がまん延しており、中国からの脱出が拡大している。華僑の影響力が強かった東南アジア(タイなど)や、中国人が多く暮らす米国西海岸、富裕層中心に日本などに出国しているという。そもそも人口が多い国なので、その数も半端ではない。23年1~9月に米国のメキシコ国境で拘束された中国人は2万2000人余りで、その数は前年同期比の13倍で、国別では4位だったというから驚きである。
定年年齢の引き上げと年金制度の改悪
不動産関連市場は中国GDPの約3割を占めてきたことを考えると、長期化する不動産不況が中国経済に与えている打撃は巨大である。香港高裁は1月に、約50兆円の負債を抱えてきた恒大集団に対して清算命令を出した。21年以降、不動産最大手の碧桂園(せきけいえん)など50社以上が債務不履行(デフォルト)に陥っている。その影響でマンションの在庫は約1億戸といわれている。
こうした不動産不況の影響を最も強く受けているのは、土地使用権の売却を歳入の柱としてきた地方政府である。地方政府はそれまでにもコロナ対策での出費やインフラ開発での多額の返済も抱えており、土地使用権売却収入の激減によって財政は「火の車」となっている。地方政府の23年末までの債務残高の総計は、中国GDPの約半分にあたる1200兆円だと言われている(IMF発表)。中国政府も超長期特別国債を発行して、地方の借金を中央に付け替えるとか、資金支援枠を設定したり、金利の低い法定債務への切り替え支援などを行ってきたようだが、うまくいっていないようだ。
そうした中で習近平が苦肉の策として9月に発表したのが「定年年齢と年金保険料の支払い年数の引き上げだった。この政策は「年金制度の破綻を防ぐ措置」だとしているが、紛れもなく不動産不況の打撃を労働者民衆に転嫁しようとするものに他ならない。
中国の現行の定年年齢は1950年代に定められたもので、男は60歳、女は55~50歳(職位によって年齢に差がある)である。それを25年から男は63歳、女は58~55歳にまで引き上げるというのである。また年金保険料の支払い年数も、これまでの最低15年から20年に引き上げるというものだ。年金受給期間が短縮される一方で、保険料支払い期間が5年も延長されたのでは労働者民衆にとってはたまったものではない。また定年した高齢者が孫の養育に関わっていると答えたのは94%であり、働き方ばかりでなく、家庭生活にも大きく影響してくることになるだろう。そして定年年齢の引き上げは、20%前後で高止まりしている若年層の失業率のさらなる悪化をもたらすことにもなるだろう。
不動産ばかりではなく、内需そのものが冷え込み続ける影響を受けて、中国株の低迷も長期化している。株価はゼロコロナ政策の影響で低迷した20年4月以来の低水準を記録している。そうした中、中国人民銀行は1月に日銀同様の市場介入を始めた。中央銀行の預金準備率を引き下げて、1兆元(約21兆円)を市場に放出している。
赤字覚悟の低価格で世界シェアを拡大
「中国の低価格攻勢と競争できない」「自由貿易という秩序を破壊している」(EU)、「中国の生産力は世界を飲み込むほど大きすぎる」(米国)。欧米各国から「輸出の洪水」に対して悲鳴が上がる。中国は現在「製造強国戦略」のもと、赤字覚悟でとにかく「世界シェアを握ること」にまい進している。そのためには「品質の良いものを大量生産する」「重要鉱物資源を独占的に獲得する」必要があるのだ。
ちなみに23年の鉄鋼(粗鉄)の世界シェアは中国が5割強で、2位のインドは7%、3位の日本と4位の米国は4%ほどに過ぎない。そして脱二酸化炭素の新エネルギー生産手段の投資先として注目されてきた太陽光発電と風力発電の世界シェアも、中国がそれぞれ7割強、6割弱を握っている。中国の低価格に対抗できない欧米や日本などの企業は、製造事業そのものから撤退するしかなくなり、その結果、中国の世界シェアが増々拡大するという構造になっている。そして中国にとって、現在のターゲットは電気自動車(EV)である。
中国は米国のテスラと首位争いをする国内最大手のBYDを先頭に、早い時期からEV製造に乗り出していた。EV製造にとって最重要だったのは、最も費用がかかると言われていた車載電池の開発と製造である。中国は南米の太平洋側に大量に埋蔵されていたリチウムの精製権を獲得し、合わせて電池などに使われる天然黒鉛(グラファイト)も手に入れてきた。22年時点の中国の世界シェアは、リチウムも黒鉛も65%である。こうしてEV製造のためには、こうした最重要資源を中国から輸入しなければならなくなっているのだ。ここにこそ中国の圧倒的な優位性がある。
欧米諸国を中心に「世界の工場」として発展してきた中国への過度の依存から脱却しようと「デリスキング」の動きが強まっている。しかしそんな悠長な動きを尻目に、中国からの「輸出の洪水」が押し寄せる。とにかく手っ取り早いのは「関税の引き上げ」である。
米国は5月に中国から輸入されるEVに対して、それまでの4倍となる100%の関税を決定した。EUも7月に最大37・6%の追加関税を決定している。カナダも10月から100%の追加関税を決定するとともに、あわせて鉄鋼とアルミに対しても25%の追加関税を決定している。ただ、カナダで流通しているEVのほとんどが、中国で生産されているテスラ車だ。またEUも、23年に販売されたEVの約20%が中国からの輸入だが、その内の約6割がテスラ・ルノー・BMWなどの欧米メーカー車だ。一方で、BYDはこうした動きに対抗してメキシコへの工場移転と北米への進出を検討しているという。またハンガリーでも中国EVの工場建設が進められている。
そして中国が次に狙っているのが航空機製造だ。中国は23年5月に、初の国産中型ジェット機「C919」の商業運航を開始した。エンジンや制御システム装置は欧米メーカーに依存しているが、その製造現場には国有企業を中心に部品製造関連企業183社が集結している。とりあえずの購入先は国内の国有航空会社が中心になるのだろうが、低価格で安全な航空機の大量生産は、米国の2大メーカー(ボーイング、ロッキード)などにとって脅威となってくるだろう。
トランプの再登場と中国の外交戦略
5月に中ロ首脳会談が行われた。19年の中ロ貿易総額は1100億ドルほどだったが、ウクライナ侵略に対する制裁の影響で23年の貿易総額は2400億ドル(36兆円、前年比23・1%増)と、過去最高を記録している。それでも中国の貿易総額に占める割合は4%ほどで、EUとの13%には及ばない。しかしロシアにとって中国が生命線となっていることは確かだろう。23年のロシアの原油・石油製品輸出の約半分は中国向けだとされている。一方、中国の天然ガスの輸入に占めるロシア産は、全体の2割程度に過ぎない。残りの8割は、国産と米国のLNGなどとなっている。
欧米からは、中国が対ロ制裁の「抜け穴」になっているという批判が絶えない。「中国は『ロシアに武器を売らない』としているが、ミサイル・戦車などに使われた電子部品の9割が中国からの輸入」(ロイター)といった指摘もある。
中国は米国との対抗を意識しながら、親ロ政策を維持する一方で、EUとの安定した関係を築こうとしている。4月の中独首脳会談や、5月の習近平の5年ぶりの欧州歴訪と仏・EUとの首脳会談は、そうした中国の戦略を体現していることに他ならない。そうした中国の外交戦略は、そのまま東南アジア(ASEAN)との関係や、日韓との関係にまで基本的に当てはめることができるだろう。そしてもうひとつ中国外交にとって重要なことは、BRICSの強化とグローバル・サウスの取り込みである。
欧州からはウクライナをめぐって、中国に「ロシアへの停戦圧力」を加えろという声も上がっている。しかし中国は絶対に首を縦に振らないだろう。そこに引き込まれても、利用されるだけで、何の得策にもならないことを十分に理解しているからだ。
1月20日にトランプ政権が再登場する。トランプは自身のことを「タリフマン(関税男)」だと叫んではいるが、対中貿易関係はさほどの変化はないであろう。バイデン政権がトランプを引き継いで、中国への関税引き上げや、半導体関連の輸出・投資などに対する厳しい規制をかけ続けてきたからだ。トランプは「温暖化は嘘だ」として、「掘って掘って掘りまくれ」とエネルギーの化石燃料への回帰を主張している。それでもタリフマンとしてのトランプのメンツを考慮すると、中国EVに対して「200%の関税」引き上げくらいは打ち上げてくるかもしれない。
トランプはそれ以上に同盟諸国への「軍事予算の引き上げ」を迫るだろう。GDPの2%から3%への引き上げである。そしてロシアや中国と対抗するために「米国の軍需製品を買え」というわけだ。
中国も米国も実際は国内問題で手一杯だ。両国ともに「火遊び」などしている余裕はない。 (高松竜二)
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