現在の中国社会をどのように理解するのか (下)

中国革命と共産党、社会の歴史的展開から考える

大森敏三

中国経済の資本主義的グローバリゼーションへの統合

 1980年に沿岸部(広東省の深圳、珠海、汕頭、および福建省の厦門、のちに海南省も)に設けられた経済特区に、労働集約型の輸出加工産業の工場群が外資の導入とともに設立され、そこでの労働者として、農村から大量の労働者(主に若年の女性労働者)が流入した。1990年代になると、膨大な数の「農民工」が都市部に移動して中国の輸出産業や建設業などに従事した。そうした「農民工」は、中国経済における資本の原始的蓄積を担う労働者階級として、過酷な労働環境と低賃金、長時間労働のもとに置かれた。
 帝国主義諸国は、中国への投資や進出を通して、中国資本主義を発展させることで自らの統制下に置けると信じていた。鄧小平は、帝国主義諸国のこの「誤解」を利用して、控えめな態度で中国の資本主義的グローバリゼーションへの統合をすすめた。鄧小平の後継者である江沢民のもとで、中国は2001年にWTO加盟を果たした。こうした鄧小平の路線は、江沢民と胡錦濤によって引き継がれたが、2期目の習近平によって破棄された 。

改革開放以降の党と新たな資本主義支配階級との有機的結びつき


 中国共産党は、台頭してきた民間部門における資本家、および国家機構内の「ブルジョワ化」した官僚層と結びつくことで、資本主義化した社会を統制下におこうとした。共産党には、すでに多くの資本家へと転じた元官僚や民間資本家が入党していたが、その現状を公式に追認する意味で、2002年に開かれた第16回党大会で規約改正がおこなわれた。入党資格に「その他の社会層の先進者」を付け加えたのである。また、上記の2つの構成要素を単一の包括的な階級支配システムへと統合することを保証するものとして、中国語で言うところの「関係」(コネ)、とりわけ家族の絆が果たす大きな役割を果たしていることにも注意する必要がある。

習近平以降の中国経済と社会


 習近平が2012年に権力の座についたのは、最も強力な派閥を代表していたからではなく、彼の支持基盤が弱かったので派閥間で許容可能な妥協として選ばれた。

 二〇〇〇年代や二〇一〇年代になると、党支配国家は、資本主義・民主主義への平和的進化を迫るさまざまに集中した経済勢力や国内外の政治勢力に直面していたのである。このように考えると、党が、国家が中心となり国有企業が支配する経済、昔ながらの全体主義政治へと「一八〇度転換」したことは、それほど驚くべきことではなかった。一九七八年、上級党官僚集団は、共産党を救うために資本主義を復活させようとして鄧小平を指名した。それは見事に成功したが、同時に党に新たな存亡の危機をもたらした。そこで二〇一二年、守旧派は共産党を資本主義から救い、かつての信条を復活させるために習近平を指名したのである。(リチャード・スミス『なぜ中国は環境破壊を止められないのか』より)

 習近平が党主席・国家主席に就任して間もなく、2010年代半ばにはすでに中国経済の減速は始まっていた。つまり、中国経済は、「コロナ禍」の前、2014年頃にピークアウトを迎えていたのであり、それ以降中国経済は劇的な成長鈍化を遂げた。

 中国経済は、急速に高齢化する人口、縮小する労働力、低下する出生率、減速する世界経済、かつてなく増加する地方債務のために、トランプが関税を課すかなり以前の二〇一二年からずっと減速を続けてきた。中国の経済成長は一九八〇年代や九〇年代には、尽きることがないと思われた若年農民工予備軍によって推進されていた。二〇一二年になると、労働年齢人口が縮小し始めた。それは一九七九年に制定された一人っ子政策の必然的な結果だった。中国はいまや人口の高齢化や過去数十年間にわたって国を支えてきた労働力の減少に直面している。世界の低価格組立業務を中国に引き付けていたきわめて安価な労働コストも過去の遺物となっている。(同上)

中国共産党と中国人民との
「暗黙の社会契約」とその動揺


 1989年の天安門広場での弾圧とその後の経済制裁、党内での「保守派」の台頭などで一旦中断した「改革開放」は、鄧小平のいわゆる「南巡講話」(1992年)によって「社会主義市場経済」の推進として再び加速することになった。この過程で、中国共産党と中国人民との間では、いわゆる「暗黙の社会契約関係」が結ばれていった。つまり、共産党が民衆(少なくともその一部)に経済的改善を保障する代わりに、人民は共産党の統治を受け入れ、それには公然と異を唱えないという関係である。その中で、一定の枠内(共産党統治に触れない範囲内)での表現・報道の「自由」が黙認された。
 しかし、上述の経済減速(とりわけコロナ禍以降の経済不況)は、中国人民と中国共産党との間の「暗黙の社会契約関係」に動揺をもたらし、その結果、習近平による権威主義体制の徹底した強化への道を開いた。具体的には、中国共産党を国全体における唯一の権力チャンネルに、「反汚職闘争」の名を借りた権力闘争、一党独裁から一人の独裁者による体制へ、民間企業や外国資本の影響力の拡大阻止(いわゆる「国進民退」)、そして市民社会の台頭に対して「共産主義」意識の高揚、民主主義的空間の閉鎖により徹底してそれを潰していった。その最後の仕上げが香港での民主化闘争の壊滅だった。
 同様の関係は、中国共産党と民間資本家との間にも成立していた。すなわち、「中国の実業家たちは何十年間にもわたり共産党と暗黙の契約を結んでいた。われわれにカネを稼がせてくれ、そうすればわれわれは党が権力をどう行使しようと目をつぶろう」というのである。ところがその「当てにしてきた暗黙の了解が目前で崩れ去りつつある」(「習近平体制は経済より安全保障優先『完全に終わった』中国ビジネスエリートの嘆き」朝日新聞GLOBE+、2022年12月7日)。

中国における抵抗行動の可能性


 習近平は、とりわけ任期第2期目に入ってから(2017年以降)、市民社会、労働者運動、フェミニズム運動などへの攻撃を飛躍的に強め、ますます権威主義的体制の確立を加速させていった。2018年には、深圳佳士科技公司(JASIC)の労働者が独立労組の結成へと向かったが、労働者および多くの大学のマルクス主義学習グループの学生たちによる支援活動は当局によって弾圧された。
 中国の経済不況はある意味構造的なものであり、「白紙運動」以降、地域や労働現場におけるさまざまな抵抗の動きが頻発していることの背景となっている。
 「主要な経済部門における利益率は、過剰生産の危機や、関係企業間の激烈な競争によって崩壊した。大規模な債務による不動産危機は、住宅の購入に貯蓄を投じていた多くの小口貯蓄者を破産させた。親たちが、自分の子どもたちが自分たちよりも良い生活を送るだろうと望みを抱いている限り、体制への反対は抑え込まれていた。今日、それはもはや当てはまらない(これは中国に限った問題ではない)。受動的で広範な、そして時には能動的な社会的抵抗が出現した。愛国心の名のもとに、より多くの子どもを持ち、より多く消費するよう政府が呼びかけているにもかかわらず、出生率は低いままであり、高齢者の割合は上昇しており、人々は困難な未来を予想して貯蓄をしている」(ピエール・ルッセ「中国における革命と反革命―分析的年代記」2026年7月アジア地域学校における講演メモより)。    (おわり)

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