読書案内「イギリス炭鉱ストライキの群像」(上)
熊沢誠著/旬報社/1870円 2023年
西島志朗
著者の熊沢誠さんは、「日本の労働者像」(筑摩書房)や「民主主義は工場の門前で立ちすくむ」(田畑書店)、「日本的経営の明暗」(筑摩書房)などの数多くの著書で、一貫して労働の現場に寄り添ってきた労働社会論の泰斗である。本書についての対談(「POSSE」vol.55)で熊沢さんは、「いろんな意味で、この本は私の最後の本、もう遺言みたいなものです」と言っているが、「最後の本」にはならないことを祈りつつ、本書で熊沢さんが繰り返しそのかけがえのない重要性を強調した「産業民主主義」の現状とその復権の可能性について、私たちはあらためて真剣に検討し議論すべきだと思う。
驚くべき自発性と警察権力との徹底対決
本書は、労働運動を徹底的に破壊しようと目論むサッチャー政権と対決した炭鉱労働者の激烈な闘争の記録である。1984年3月6日、イギリスの炭鉱地帯ヨークシャーのコートンウッド炭鉱の労働者200人が、閉山に反対してストライキを決行した。ストライキはあっという間に全国に拡大し、3月8日には、全国炭鉱労働組合が、拡大した「非公認スト」を「公認」する。4月中旬には炭鉱夫の80%、13万人以上がストライキに突入した。そしてこのストライキは、翌年の3月3日まで、警察権力との熾烈きわまる闘いを展開しながら1年間も継続する。
警察権力は、暴動鎮圧の訓練を受けた騎馬隊、警察犬部隊を含む1万1000人の「警察維持隊」を全国43か所に配置して争議を弾圧した。逮捕者9808人、起訴7917人。主な起訴理由は、騒乱罪、公務執行妨害、高速道路妨害、違法集会、傷害、暴行など。「暴力とサポタージュ」による解雇682人、争議後も200人が入獄中。これらの数字を見るだけで、弾圧の過酷さがわかる。
このストライキ闘争は、組合本部からの指示・決定に基づくものではない。著者は、「強大な労働組合メンバーとしては驚くほどの「下から」の「自発性」と評価している。「これはもともとイギリスのユニオニストの特徴である。ストライキの8割ほどはまず非公式(山猫)ストとして職場や地域から始まるというのが、60年代~70年代の労使関係論の常識であった」。
ひとつの炭鉱で始まったストライキとピケッティングは、著者が「遊撃ピケ」と名付ける方法で、次々に地方全体、全国に拡大する。意思決定に逡巡する近隣の炭鉱にピケ部隊を派遣して説得するのである。法律的にはこれは「違法」である。初期の警察権力との衝突は主要に「遊撃ピケ」で発生している。しかし、炭鉱労働者は「奴らの法律」に従うのではなく、仲間との連帯を求め続ける。
特筆すべきことは、労働者同士の暴力がほとんど皆無であったことである。「戦後日本の大争議などにおける、第一組合と第二組合の確執を想起してみよう。私がある驚きをもって瞠目するのは、この炭鉱ストライキでの暴力の応酬はすべて労働者と警察権力の間のそれであって、労働者間の激突ではなかったことである」。著者はこの事実を、強烈な連帯の気風とは一見相反するような、「個人の生きざまに対する究極の尊重」と評価している。
闘争を支えた地域コミュニティと女性の闘い
この自発的なストライキの長期継続を支えたものを、著者は「炭夫たちの倫理コード」と呼ぶ。「炭鉱で協同作業に携わり、ムラ・コミュニティに住む仲間との相互信頼に生きるロイヤリティ、日本的に表現すれば「義理」ということができる。お互いの献身、闘争の場では多少戦略論を異にしても行動では決して裏切らないという仁義。それを護持することが「名誉」であり、それに背反することは「恥」だった。彼らがよく語る、労働者としての「自尊心」も「威厳」もそこに基礎を持つ。ストライキを離脱して就業することの誘惑を拒むのは究極の自尊心ゆえ、敗北しても打ちのめされないのは究極の威厳のゆえだった」。
闘いは、家族はもちろん地域全体を巻き込んで続く。「家族ぐるみ、町ぐるみ」の闘いである。日本ではかつて「ストは台所から崩れる」と言われた。しかし窮乏に耐えながら、闘争の後半を支えたのは女性たちの闘いだった。著者はこう記している。
「・・・女性たちが変わった。彼女らは、社会意識に目覚めてキッチンのシンクに屈みこむことをやめ、イギリス労働運動史上はじめての規模で、男たちの占有していた組合活動のほとんど全領域に進出した。夫とともに「乱闘」のピケにも参加したばかりか、組合事務、情宣、通信連絡、拠金集めなどに不可欠な人材として、学校卒業以来眠っていた多様な社会的能力を発揮した。その当然の結果は、家庭内での従来の性別分業の平等負担への変化であった」。
本書には、闘いに参加した女性たちが思いのたけを語るインタビューが、いくつも引用されている。彼女たちの言葉や、子どもたちのためにクリスマスを準備するくだりは、落涙せずに読み進むことができない。この部分が本書のクライマックスだが、しかしその部分は、ここでは紹介しない。読書案内で、推理小説の結末を明かしてしまうような愚を犯さないようにしたいので。
さらに闘いは、「社会的労働運動」へと発展する。「フェミニスト、反原発団体、性的マイノリティ・グループなど、これまで労働運動とはあまりかかわりのなかった人々からの支持・支援が見られたことも、このストライキの特徴のひとつだった。それは社会運動の性格を帯びた労働運動になった」。炭鉱労働者は支援を受けただけではない。85年の、少数で気勢の上がらない「虹のパレード」に、炭鉱労働者がバスを連ねて参加した。労働党は同年、性的少数者への差別を禁止する決議を採択するが、それを推進したのは労働党に強い影響力を持つ全国炭鉱労働組合だった。
(つづく)
THE YOUTH FRONT(青年戦線)
・購読料 1部400円+郵送料
・申込先 新時代社 東京都渋谷区初台1-50-4-103
TEL 03-3372-9401/FAX 03-3372-9402
振替口座 00290─6─64430 青年戦線代と明記してください。