読書案内『ウクライナ侵略を考える』

加藤直樹著/あけび書房/2200円税込み

「大国」の視線を超えて

 横須賀には8月22日以降イタリア海軍の空母をはじめ、フランス、ドイツの軍艦が続けざまに寄港していて、のちに海上自衛隊と共同訓練を行っている。7月にはスペイン、フランス、ドイツ航空機が千歳基地などに飛来し、航空自衛隊との共同訓練を行っていったばかりでもある。こういった多国間安保強化のパフォーマンスは岸田首相のNATO首脳会議出席が続くことと相まって、NATOの一員としても関与する自衛隊、という既成事実を印象づけ、さらには9条改憲へ進もうとする策動につながるわけだから、批判すべきなのはもちろんである。
 ただ、そのことをもってロシアのウクライナ侵略はやむをえないとするロシア擁護的言説、抽象的平和論に閉じこもった主張が反戦運動の中に根強く残っていたりもするようである。ロシアのウクライナ侵略に「NATO責任論」が伴う「思考の歪み」を指摘してきた加藤さんの著書は、読んで活用すべき機会が増えるかもしれない。

左派・反戦派への警鐘

 加藤さんが「週刊かけはし」を引用してタラス・ピロウスの「西側左翼へキエフからの手紙」を紹介したのは、プーチン全面侵攻から間もない2022年3月だった。その加藤さんが主に「反米」を基調とする陣営主義論、ロシア擁護論に疑義を呈し、ウクライナ人民の主体を重んじるべきだとする本を2024年3月に出版した。他の多くのウクライナの名を冠した本にあるような、アカデミックで、軍事的政治的な情勢を展開するものではない。むしろ情勢分析に終始した挙句にロシアが侵略に踏み切るのも仕方がないという論調におちいったり、停戦に向けて大国間の「現実」ばかりを重視する方向へ偏ったりしがちな左派、反戦運動家の考え方に警鐘を鳴らしている。

ウクライナ民衆への情熱

 この本で初めて出合う事実の数々は、加藤さんが血肉の通った存在としてウクライナ民衆に近づこうという情熱の表れでもあり、これまでの運動経験に裏打ちされていることと無関係ではない。
 当然、ピロウスのほかにシェフチェンコ、サブロワなどの文章は「週刊かけはし」、『ウクライナ2014―2022 大ロシア主義と戦うウクライナとロシア・ベラルーシの人々』の引用のかたちをとりながら何度も登場する。出典の多彩さは「週刊かけはし」にとどまるわけではない。
 「ウクライナの夜」のマーシー・ショア、アンドレイ・クルコフらのウクライナ在住文筆家からの引用、ペトリカラコスの「140字の戦争」、「ソヴェト民族政策論」の中井和夫は言うに及ばず、様々な著作をとりあげている。

ウクライナをどう見てとるべきか

 ウクライナについてはある種シニカルに構えていて、これまで旧ソ連諸民族の分離動向に焦点を当ててきた松里公孝のような研究者をも、ここでは俎上にのせている。変わったところではキエフ在住元日経新聞記者の発信、NHK「ふれあい街歩き」というテレビ番組なども引用対象になっており、加藤さんがあらゆるメディアを通してウクライナを考える材料をどん欲に得ようとしていることは、驚くべきことである。ウクライナとは何なのか、アジア、日本にいる自分はどうあるべきなのかを徹底的に突き詰める加藤さんの姿勢がこうした点に貫かれている。

 ロシア擁護論
 の検証と批判
 
 ロシア擁護論批判は10章のうち第2章から第5章にわたり、紙幅を割いている。プーチンのデマゴギーをどう見極めるかということは今後も重要である。
 日本の護憲派の人々、欧米の左派がどう混乱しているのか、そのことを指摘する私たちの側も整理できていない部分を、加藤さんはていねいに検証している。ロシア擁護論は2014年マイダン蜂起をどう語っているか、にも第6章、第7章をさき、2014年2月のキエフのマイダン(広場)における民衆運動をCIAが仕組んだというCIA陰謀論などの陳腐さがひとつひとつとりあげられている。極右勢力の実際、民衆蜂起としての性格づけ、ドンバス戦争でのウクライナ軍の行為、なども過不足なく検証されている。
 同時に朝鮮半島、台湾、中国大陸などと日本帝国主義、あるいはアイルランドなど被抑圧民族への視線を重ねる記述を織り込みながら、ウクライナをどう見るかという観点の豊富化を成り立たせているともいえる。戦後、護憲運動のマイナス面として、被植民地活動家による武装抵抗がテロと受け止められることへの批判が、尹奉吉を例にとって引用されていることも興味をひかれた。

ロシア革命の何を教訓化すべきなのか

 現実の運動と、加藤さんの著書から少し離れてしまうが、ウクライナの主体、独立という点で、1917年10月のボリシェヴィキ革命が、大ロシア主義のそしりからどの程度まぬかれうるのかという命題は、私にとっても最大の関心事である。それはプーチンの侵攻直前の演説を聞くまでは、私の意識に上らなかったままであったともいえる。
 ウクライナが中央ラーダを政権に押し上げて独立を日程に加えたきっかけはペテルブルグの革命であるに違いないが、何度もボリシェヴィキの攻撃を受けてウクライナの「独立」が迷走した事実をどう受け止めればいいのだろう。階級のダイナミズムか、民族をはじめとするアイデンティティの尊重なのか、図式的な思考にまた、自分も陥ることの多い人間である。あるいは単なる二項対立ではないと「お茶をにごして」すむともいえない。武力での戦術面のみならず、労働者大衆を軸にした権力の樹立という点である程度の成果を収めつつ、別の面で迷走を余儀なくされたソ連・ボリシェヴィキから何を教訓としてくみ取るべきかについては、長い時間をかけても追っていかなければいけないと思っている。

ウクライナ軽視を乗り越えて

 本書の中でゼレンスキー批判が過ぎるのではないかと加藤さんが指摘しているところを、蒸し返すようで気が引けるが、ウクライナの主体的抵抗ということが武装行動への無批判につながりかねない点も意識から離れないでいる。ゼレンスキー政権主導の戦時態勢がどこまで妥当なのか、新自由主義がより浸透することへの黙認でないかという反問も頭から消え去らない。加藤さんもそういった論点に対し、本書の中で言及している。読む側として、提供してくれた材料を真摯に受け止め、時空の距離を縮めるべく、うまず確認し続ける作業を続けるしかないと思う。それ以外にここで展開する主張がないのは思想的無気力ゆえだと、加藤さんの辛辣な批判をかみしめてみる。
 『ウクライナ2014―2022大ロシア主義と戦うウクライナとロシア・ベラルーシの人々』は翻訳済み文章を再構成したもので、長年にわたる翻訳文章の蓄積というありがたみを感じたものだったが、ここから2歩も3歩も進めてかみ砕いたという点でも加藤さんの著書にはかりしれない意義を感じずにはいられない。
 ウクライナという視点に絞ると、近づける資料の少なさこそ、日本におけるウクライナ軽視を裏付けているようにも思えるが、そこを乗り越えようとする加藤さんの姿勢に学び、本当の民衆連帯に近づいていきたい。(海田)

THE YOUTH FRONT(青年戦線)

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