変容する帝国主義(抄訳)
ピーター・ドラッカー
ロシアによるウクライナ以降、帝国主義はそれまでとは異なる姿を見せている。もっとも、こうした変化は初めてのことではない。帝国主義は19世紀末に誕生して以来、数回にわたりその形態を大きく変えてきた。
第二次世界大戦後、および1980年代の新自由主義的グローバリゼーションの際に大きな転換が起こった。そのたびに、マルクス主義者が考えていた帝国主義の特徴が問い直されてきた。そして今、それが再び起きている。
帝国主義の各段階は、左翼内部に重大な政治的論争と分裂を生んできた。第一次・第二次世界大戦時の「国家防衛主義」対「敗北主義」、冷戦期の民族解放戦争への態度、そして新自由主義期の「帝国」という再概念化をめぐる議論など。
今日、ウクライナ戦争をめぐり、ロシアに対する制裁、ウクライナへの武器供与、NATO拡大への態度について論争が起きている。中国と台湾の紛争をめぐっても、同様の問題が浮上しつつある。
ここでは、理論的・歴史的な基礎に焦点を当て、過去の帝国主義の諸段階を振り返り、どの特徴が今日でも有効で、どれがそうでないかについての提言をおこなう。また、アメリカおよび欧州連合(EU)の帝国主義についても、これらが決して消滅していないことを強調するために注意を向ける。
主要な論点
私の主張を明確にするために、いくつかの要点を提示する。
第一に、マルクス主義者が言う「帝国主義」とは何か、という点である。戦争や征服は19世紀の植民地帝国よりずっと前から存在した。しかし、19世紀の最後の四半世紀に始まった欧米・日本の拡大は、征服した地域への資本主義的関係(生産・貿易・投資)のより深い浸透と、支配国の資本主義企業(当時のカルテルやトラスト、今日の多国籍企業や銀行)による直接的な支配を特徴としていた。
では、今日の帝国主義の特徴は何か。冷戦期やハイパー・グローバリゼーション期と比較して、現在は不安定さの増大、繰り返される危機、地政学的な混乱の時代である。しかし、資本主義と非資本主義の大国が対峙した冷戦期とは異なり、今日の帝国主義は真にグローバルな秩序である。
キューバや北朝鮮のような孤立した数カ国を除き、あらゆる国が本質的に資本主義国である。アメリカ、EU、日本、中国、ロシアは互いに対立しているが、この全体像の不可欠な一部である。
この分析は、ある政治的立場、すなわち「反陣営主義的政治」の理論的基礎となるものだ。この帝国主義的なグローバル秩序の中に、重要な「反帝国主義」国家などは存在しない。つまり、グローバル資本主義の全体的なダイナミズムに抵抗するような主要大国はどこにもいないということだ。
したがって、ロシア帝国主義や中国帝国主義という現実を認め、これらを「よりマシな悪」と見なさずに不屈の精神で反対すべきである。結局のところ、それらも同じグローバルな悪の一部だからだ。同時に、アメリカ、欧州、日本の帝国主義にも不屈の精神で反対し続けなければならない。われわれの分析は、あらゆる帝国主義から独立した革命的政治の基礎を築く必要がある。
レーニン分析の妥当性
基本に立ち返るということは、私にとってレーニンに立ち返ることを意味する。彼のいくつかの洞察は今日も有効だ。
*経済的現実としての帝国主義:レーニンは植民地主義や軍国主義を、経済的現実(資本の論理)に従属するものとして理解していた。
*帝国主義の異質性:当時のロシア帝国が経済的に脆弱で軍事力に依存していたのと同様、今日のプーチンのロシアもまた、経済的強さよりも軍事力で勢力圏を維持しようとしている。対照的にEUは、軍事力は弱いが圧倒的な経済力を持ち、ウクライナに対して経済的な支配力を行使している(ただし軍事的にはアメリカに依存する「粘土の足を持つ巨人」である)。
*既存帝国主義と新興帝国主義:レーニンは現状維持を図る既存の大国と、ドイツのような野心的な新興勢力を区別したが、第一次大戦時にはどちらも「帝国主義」として等しく反対した。
*構造的分割:レーニンは、帝国主義諸国と、支配される諸国・地域(「半植民地」)の間の構造的分断を重視した。
この分析は今日のウクライナにも当てはまる。ウクライナは主権を守るために戦っているが、2015年のEUとの連携協定により、EUの輸出と投資に市場を開放せざるを得なくなった。自ら策定に関与できないEUのルールを強制されるウクライナは、本質的にEUの「半植民地」となっている。独立を守る戦いは、同時にEUの経済勢力圏を守る戦いでもあるのだ。
抵抗は進歩的である
政治的に重要な点として、レーニンは、支配された国で帝国主義的支配に対する独立した抵抗が起きれば、それは「進歩的」であり支持に値すると考えた。
彼は1916年のアイルランド・イースター蜂起を支持した。アイルランドの反乱軍がたとえ敵対するドイツから武器を受け取っていたとしても、その反乱が実質的に外部の帝国主義の指揮から独立していたからだ。
この論理は、今日のウクライナの戦いへの支持にも当てはまる。NATOから武器を得ているとはいえ、ゼレンスキーには一定の行動の自由があり、単なる「NATOの傀儡」とは言えない。ウクライナの抵抗は、かつてのタリバンのような反動勢力の勝利や、傀儡政権による抵抗とは性質が異なる。
幻想なきNATO
1945年から1991年までの間、帝国主義諸国間での直接的な戦争は起きなかった。これはアメリカが、ソ連や中国、ベトナムやキューバのような非資本主義的挑戦に立ち向かうための「軍事的保証人」となったからだ。
NATOは帝国主義秩序を守るための「防御」同盟であった。アメリカの軍事的役割は冷戦後も生き残り、2022年現在、アメリカの軍事費は世界全体の38%を占めている。
今日のNATOは、かつてのアルジェリアやベトナム戦争時には果たさなかったような役割を「域外」で果たしている(2001年から2022年までのアフガニスタン介入など)。冷戦期同様、アメリカの軍事的役割は、アメリカ資本に「経済的配当」をもたらしている。東欧においてアメリカ企業が享受している優位性は、ワシントンの軍事的関与なしにはあり得ないものだ。
グローバリゼーションとその変化
われわれは依然として、富裕な国や地域が貧しい地域を搾取する急峻な「階層的」世界に住んでいる。ブラジルや南アフリカが欧米を追い抜くという1990年代の幻想は打ち砕かれた。人口十億人を超えるインドのGDP(名目)でさえ、8千万人のドイツより小さい。
しかし、決定的な変化も起きている。2008年以前の、多国籍企業資本によるほぼ完璧な世界的政治支配の時代は終わった。ロシアや中国が西側設計の秩序に従順であった時代も終わった。帝国主義ブロック間の対立は激化している。
自己決定権
今日のマルクス主義者は、レーニンの時代と同様に「自己決定権」の擁護者でなければならない。しかし同時に、それは、いかなる帝国主義勢力も真の味方にはなり得ないという理解にもとづくものでなければならない。
ウクライナ人が自衛のためにNATOの武器を求めるのは正当である。しかし、ウクライナをロシアに懲罰を与えるための道具として利用する米英の計略は危険であり、空しいものである。最終的にウクライナの完全な解放を可能にするのは、ロシア国内の反対派との国際的な連帯だけである。
したがって、ロシアに対する文化・スポーツのボイコットや、ロシアの働く人々に打撃を与える制裁(一方で多国籍企業は不当な利益を得ている)は、ウクライナにとって最も不要なものである。
結論として、民族解放の政治とは、あらゆる帝国主義に反対する「革命的国際主義」の政治でなければならないのである。
(2022年8月20日、IIREオンライン講義「帝国主義の変容する形態」を編集)
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