AIの開発と実装を中止せよ
西島志朗
「自己認識」する「超知性」
「AI(人工知能)は恐ろしい武器になるのではなく、思いやりや慈しみを持ち人間を幸せにする。AIの最大のゴールは人々の幸せ。AIは・・・自己認識も持つことになる。人間の1万倍の人工知能を恐れる必要はない。この超知性の時代は10年以内に来る」。ソフトバンクグループの孫正義は昨年の10月3日、取引先など法人向けのイベントで、AIについて持論を展開した(朝日新聞2024年10月3日)。「シンギュラリティ」(自律的なAIが自動的にバージョンアップして、人間の知能を超える瞬間が訪れること)はもうすぐそこにあると言いたいようである。
「自己認識」を持つ「超知性」とは、何だろうか? 人間の意識は「自己認識」する意識である。人間は、「私は人間である」と意識するだけでなく、「私は人間であると意識している」ことを意識することができる。今、正真正銘の機械であるAIが、意識を持つ知性となるのだと、孫正義はいう。しかも、人間の知性の「1万倍」の「超知性」だ。
この「超知性」は「思いやりや慈しみを持ち人間を幸せにする」という。AIが、プルーストを超える小説を書き、「リーマン予想」を解決し、地震の発生を完全に予測し、気候危機の解決策を示すことができるのだろうか?その「思いやりや慈しみ」の心で、飢餓に苦しむ人々を救う方法を提示し、すべての戦争を終わらせ、差別も貧困も暴力もない新たな社会を構想することが可能となるとでもいうのだろうか?
「知識」と「意識」
知識は、事実や情報、スキルなどを学び、記憶したものだ。「一人の人間は20億~25億秒程度しか生きられない。その時間では、インターネット全体の情報を学ぶことはできない。1000個のAIがあれば、それぞれが別の情報を学習し、共有することで、すべてを学ぶことができる。チャットGPTは人間の何千倍もの知識を持っている」(「ノーベル物理学賞ヒントン名誉教授が語る未来」読売新聞オンライン2024年12月4日)。AIはすでに人間を完全に超えている。それは、知識や記憶、計算や検索の分野の「化け物」だ(「著作権」の問題やそもそも人間の知識がコモンであることにはここでは触れない)。
フッサールの言葉を借りれば、「意識は常に何物かについての意識である」。意識は真空では生まれない。意識は、日々の現実の様々な身体的経験から生まれる。それは取り巻く環境(自然)や他者との様々なかかわり(社会)の中で育まれる。そして、意識があることで、考えたり、感情を持ったり、意思決定をしたりすることができる。
ある経験について、ある人が「こう感じた」ということが言語化されていれば、AIはそれを学べるだろうが、言語化されたものはすでに、その人が感じたことそのものではない。人間がある状況に接して「思いやりや慈しみ」という意識を持つことを学ぶことはできても、AI自体がその意識を持つわけではない。人間が教え、学ばせる。その環境があってはじめて、AIは「まるで人間であるかのようにふるまう」のである。
言い方を変えれば、AIが人間を超えるのは、生産性に直結する分野であり、個人を形成する具体的な経験を包摂することはできない。「AIを含めた機械とそれ自体と内部の原理は人が作っています。このコンピューターの創造性を生み出しているのはあくまで人です。・・・機械単独あるいはAI単独の創造性ばかりを持ち上げるのは、新しいことが起きていることをただ強調したいだけでしょう」(「生成AI社会」河島茂生 ウエッジ2024)。
不都合な真実
NHKの「BS世界のドキュメンタリー」で、フランスで制作された「AIの不都合な真実」(5月6日)という番組が放送された。この番組の中で、AIを開発している「ビッグテック」の経営者たちが、AIの可能性について語る。
▼シムズ・ウイザースプーン(グーグル・ディープマインド)
「AIは気候変動との戦いを変えるかもしれません。生かせるかどうかは私たちしだい」。
▼イーロン・マスク(X/テスラ/スペースX/XAI)
「AIには文明を破壊するポテンシャルがあるが、「ターミネーター」にはならない。データセンターを出ないからだ。ロボットは手足にすぎない」。
▼マック・ザッカーバーグ(メタ)「今世紀、病気の治療や予防にAIが大いに貢献するでしょう」。
▼ムスタファ・スレイマン(マイクロソフトAI)
「AIは車を運転し、電力を管理し、新しい分子を作り出している」。
▼ナット・フリードマン(ミッドジャーニー)
「AIの出現は、無償で働いてくれる人が1000億人いる大陸を発見したようなものだ」。
▼サム・アルトマン(オープンAI)
「ロボットに仕事を奪われ命を狙われるかもしれない。だがAIは人類に巨額の利益をもたらすはずだ」。
当然のことだが、ビッグテックの経営者たちは、AIの持つ危険性を知りながら、巨額の利益をもたらすその魔力には勝てないようだ。しかし、同じ番組で、AIの研究者とエコノミストが語る事実に、われわれは注目しなければならない。
▼ウマ・ラニ(ILOシニアエコノミスト)
「プログラミングやアルゴリズムは人が設計しているので、その部分はもちろん人間の手が加わっているとわかるのですが、その裏で作業する労働者が大勢いる。膨大なデータをAIにインプットする役割を担う人たちがいなければ、AIは正しく機能することができません。たとえばある道路の画像がある。街路樹や歩道があり車が行きかっている。周りには建物もある。目的は、無人運転の車が周囲にあるものをすべて認識できるようにすること。そこで「データワーカー」が行うことは、車とは何か、バスとは何か、自転車とは何か、歩道とはどんなものか、植え込みとは何かといった情報を付け加えていくこと。このモデルには問題がある。それはある時点の情報しかAIに学ばせることができないということ。常にアップデートしなければならない。必要な情報はどんどん増えていく。データの入力に必要な人員も増えていく」。
▼ミラグロス・ミチェリ(ヴァイツェンバウム研究所/社会学者)
「いわゆる自立型AIでもその陰にはデータ入力をしているたくさんの人がいる。そのことはほとんど知られていません。人工知能は人の労働の結晶ともいえる。この事実が知られていないのは、おそらく意図的なものでしょう。世界銀行のレポートによると、データ入力作業に従事している人は、全世界で少なくとも1億5千万人、最も多い見積もりでは4億3千万人にのぼるそうです」。
真ん中を取って3億人だとしても、それは日本の労働人口の4倍、アメリカの2倍である。2億人~3億人といわれた中国の「農民工」に匹敵する膨大な数の労働者が、世界中で、AI開発の背後で働いているのだ。それはまさに「人間労働の結晶」なのである。しかしその労働は過酷だ。
「データワーカー」の現場
「AIの不都合な真実」の中では、データワーカーたちが労働の実態を語る。
▼フィンランドのハメーンリンナ女子刑務所の受刑者
企業が提供するAIツールのレスポンスが正しいかどうかを判断する仕事。イエスかノーかをクリック。ノーの場合はどうしたらイエスになるか、修正すべき点を入力する。報酬は日給で3ユーロ、2カ月続けると4・62ユーロ。
▶ブルガリアのウクライナ難民
スーパーマーケットの棚に並ぶ食料品や飲物の画像の一つひとつに情報を入れる仕事。報酬は機密事項。二つの仕事を掛け持ちしている。
▼ケニアの母親
チャットポットの答え方を評価する仕事。タスク一件につき0・83ドル。一日12タスクの割り当てがあり日給9ドル。
▼ケニアの元データワーカー
殺人事件の画像ばかり見せられた。子どものレイプ事件、死体の画像。夜眠れなくなり外出できなくなった。うつ病。雇用主の企業名は契約上の機密事項。企業名を明かせば訴えられる。
▼ケニアの元データワーカー
AIが模倣すべきデータか、有害なものかを選別する仕事。暴力を含むデータに「要注意」のフラグを立てる。精神的な拷問だ。「有害コンテンツ」を排除するAIの教育ために、あらゆるデータを見せられる。市場原理で、誰も見たくないデータ(汚れ仕事)はグローバルサウスに押し付けられる。アメリカからごみが持ち込まれ、ケニアで分別され、アメリカでリサイクル商品になるのと同じ。データワーカーの労働組合に入っていることを知られると即座に解雇される。
データワークは、グローバルサウスの失業者、受刑者や戦争難民、先進国から排除された移民、副業・複業を強いられる低賃金労働者たちに押し付けられているのであり、その多くは女性である。
「製造業の国内回帰」の狙い
「ソフトバンクグループ(SBG)は全米で人工知能(AI)を備えた工場を集積した産業団地をつくる検討に入った。米政権と1兆ドル(約150兆円)を超える投資を約束する可能性があり、発表済みの5000億ドルのAI網整備を超える大型計画になる。(中略)先端AIを開発するためのAI向けデータセンターや発電施設を全米で建設する。次に描くのは先端AIを搭載したロボットが製造業の人手不足を解消する姿だ。AIが需要に応じて生産ラインを設計する無人工場などが候補になる」(3月28日 日経)。
ソフトバンクの投資は、「ラストベルト」の労働者の苦境を解決しうるものにはならないだろう。それは「AIが需要に応じて生産ラインを設計する無人工場」の建設であり、「高賃金ブルーカラー」は全く不要である。雇用が少し増えるとしても、増えるのは周辺的な非熟練労働であり、雇用の一層の劣化と低賃金である。
外国資本が対米投資を増やすにしても、アメリカ資本が国内回帰するにしても、程度の差はあれ、ソフトバンクの計画と同様にAIの活用による「工場の無人化」の方向性を持ったものとなる。アメリカの高賃金が、そして「労働力人口減少の可能性」が、その方向性を必然化する。日本が「製造業の国内回帰」をめざす場合にも、同様の結果となるだろう。孫正義に、「その150兆円は日本に投資しろ」と要求することは、もちろん論外だ。日本の労働者階級は、アメリカの労働者と共に「AIの開発と実装」に反対しなければならない。
「AIの開発そのもの」を中止せよ
「自律型AI」とも呼ばれる「AIエージェント」は、「文章や画像を生成する際に具体的な指示を必要とする「対話型AI」に続く技術として注目を集める。コールセンターでの柔軟な顧客対応、経営計画や営業戦略の立案、会議の活性化を促す資料の自動作成などに強みを発揮するとみられている。・・・2024年は米セールスフォースや米マイクロソフトなどテクノロジー大手が関連サービスを始め、「AIエージェント元年」と呼ばれた」(日経4月25日)。
AIの開発と実装が、生産とサービスの現場で、労働者をますますロボットとアルゴリズムに従属させる世界を作り出しつつある。「対話型AI」と「自立型AI」の始まったばかりの実装局面は、ホワイトカラーの高賃金層を劇的に減らすことになるだろう。
技術革新の新たな波が、労働過程での労働者の裁量権をさらに剥奪し、雇用の劣化を極限まで推し進める。マニファクチュアの時代から延々と続く「熟練の解体」の過程は、AIによってその極北にいたる。「AIは使い方次第で善にも悪にもなる」という意見にわれわれは与しない。その開発自体が過酷な労働に依拠し、その実装が「労働と雇用の劣化スパイラル」を極限まで推し進める新たな技術は、ただ資本の延命のためにのみ有用である。われわれは、工場の機械と時計を打ち壊したネッド・ラッド少年の怒りを、全世界のデータワーカーと共に共有しなければならない。くたばれAI! くたばれアルゴリズム!
(5月12日)
週刊かけはし
《開封》1部:3ヶ月5,064円、6ヶ月 10,128円 ※3部以上は送料当社負担
《密封》1部:3ヶ月6,088円
《手渡》1部:1ヶ月 1,520円、3ヶ月 4,560円
《購読料・新時代社直送》
振替口座 00860-4-156009 新時代社


