投稿「感染」で収容、えん罪で死刑執行
「かけはし9月21日号について」
たじま よしお
「映画『新・厚い壁』を見て」を読んで、いろんな感慨に耽っているところです。まず東村山にある「多摩全生園」の朝鮮半島出身者の元ハンセン病の皆さんと日常的な交流を持てた経過についてです。一九八一年の「五月光州事件」の後の「金大中氏らに自由を!」の大衆運動、そして「指紋押捺拒否闘争」の頃から私は「朝鮮半島出身者らとの人間関係もないままの運動」に疑問を持ち始めたのでした。それで在日二世(女性)の方に韓国の打楽器を習い始めたのです。やがて彼女が「多摩全生園」の朝鮮半島出身者の元ハンセン病の皆さんに韓国の打楽器を教えることになり、私はその助手ということになりました。
ところで、二〇〇一年五月十一日「らい予防法勝利判決」が熊本地裁で出たことをその夜、新時代社の右島さんからの電話で知ることとなったのです。一九九九年の暮れから私は南信州の「新聞配達区域外」に一人移り住んでいました。その熊本地裁での判決後、国は控訴するのかしないのかが大問題となったのです。「控訴するな!」の運動の旗頭に韓国の打楽器を習っていた「国本衛」さんがいたのです。控訴の期限は五月二五日だったと記憶していますが当時の首相は小泉純一郎、厚生大臣は坂口力で二十三日控訴は断念ということになり、国本さんらと当時の小泉純一郎首相が握手するという歴史的瞬間を迎えたのでした。
私は右島さんから電話をいただいてから、南信州で独自に活動を開始しました。当時の長野県知事は田中康夫さんで、「国は控訴するな!」のFAXを連日知事に送り続けていました。当時の田中さんはなにしろ忙しい人で全国を飛び歩いていて長野県庁にいないことが多く、「控訴するな!」の報道も初めのうちは少なく、知事の秘書室のみなさんも戸惑っているようでした。しかしその報道が加熱するうち秘書室のみなさんも事態の重要性に気づき「あなたからのFAXを知事の机の一番上に置いておきますから」ということになりました。やがてそのFAXを読んでくださり知事は特別に予算を組んで、長野県出身者の収容されている「ハンセン病療養所」へ長野県産のリンゴを贈ることになったのでした。しかしそれは国が控訴を断念した後のことでした。
さて、前の箇所で「らい予防法勝利判決」と書きましたが、その判決からずいぶん前から、「らい」という文言が差別の歴史そのものであるから「ハンセン病」という文言に置き換えようという動きがあって一九九六年、菅直人さんが厚生大臣の時にそれが実現したのでした。それよりずっと以前から清瀬市に「教育ってなんだろう会」という組織があって、私が多摩全生園へ打楽器の講習の助手として通っていることから、一九九五年二月に国本さんを講師に招き清瀬で講演会をすることになったのです。元ハンセン病の方が地域へ出て講演をするというのは、当時ではあまりないことでしたから国本さんも随分気合が入っていて、とても内容豊かなお話となりました。その座談会の司会は私が務めましたが、内容がとても素晴らしく是非ともこれらを本にしようということになりました。そして、「はじめに差別があった『らい予防法』と在日コリアン・現代企画室」が、一九九五年の十二月二四日に出版されたのです。
だいぶん前置きが長くなりましたが「映画『新・厚い壁』を見て」を読んでこの文章を書こうと思い立ったのは次の箇所です。「警察に追われ身を隠していた彼には、親戚の小屋にいたというアリバイがあるが、身内すら感染と差別を恐れて『お願いだから死んでくれ』と彼に懇願する。これほど絶望的な宣告が他にあろうか」
国本さんを講師に招き清瀬で講演会をした時、無実の死刑囚連絡会議代表の篠原道夫さんがたまたま参加者の中に居られましたので、私は彼に発言を求めました。
篠 原
「前に東久留米でやった時にもちょっと話したのですが、国本さんもご存知ですが、藤本松夫さんと言いまして、ハンセン病の疑いがもたれた人が結局死刑囚として処刑されたことがあります。熊本県の菊池郡という所で県の衛生課がハンセン病患者を強制的に収容していまして、藤本さんもそれにひっかかっていたのです。彼は自分はそうではない、と言って収容所から脱走しました。ちょうどその脱走している間に村役場の衛生課員が殺されたのです。警察は脱走した藤本さんが殺したのではないかということで彼を逮捕したのです。藤本さんは脱走しておじさんの家に逃げていたのですがつかまりました。
それで、警察の取り調べ、裁判にかけられてゆく中で、ちょうど殺された時間帯におじさんの家にいたことをおじさんがきちんと証言してくれれば裁判にまでならなかったのです。ところがおじさんは自分の一家がハンセン病患者と関係があると思われたら困る。だからお前は犠牲になってくれ、と証言してくれなかったのです。結局、アリバイの証言がなかったために彼は決定的に不利になり、なんだかんだと言っているうちに最高裁で死刑判決、そして最終的に処刑されたのです。
非常に恐ろしいのです。差別が恐ろしい。自分が名のり出たら自分の家族がハンセン病患者だと思われるのが恐ろしいということがあってそういうことになりました」。
この場合、篠原さんは藤本さんのおじさんを非難しているのではなく、この社会を覆っている差別という得体の知れないものに恐怖を感じているのです。
(2026年10月5日)
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