投稿 高市首相の周辺風景(1)
高市内閣成立は男政治の完全勝利か!
たじま よしお
辛淑玉さん
弱者叩きてのし上がる
11月10日頃だったと思いますが、デモクラシータイムスの「マイノリテ・リポート」で辛淑玉さんと北丸雄二さんの対談の中に辛淑玉さんの次のような発言がありました。
「高市さんとは、同じタレントプロダクションで一緒だったんです。最初彼女が落選した時、マネージャーと一緒に彼女の選挙を応援した。だから今回の閣僚の人事を見た時せつなかったです。男に媚びなければポジションが取れない。男が言ったことを同じように言わないと、男以上に激しく言わないと自分のポジションが取れない。だからその(高市内閣の)閣僚になった女性たち(二人)を見るとみんな弱者叩きじゃないですか。より弱者を叩いたものが男に認められるという構造ですね。私と高市とは一学年違う。私たちの年代は男に媚び上司に媚び、こそっとそばに寄って行き、そうしなければ仕事の場にも行けなかったし、そこから排除されたわけですね。だから彼女の振る舞いが悪いかは別にして、そういうことをせざるを得ない日本の構造的、なんていうか見事な男社会の勝利じゃないですか。要するに権力を握って、そして女を侮蔑した人間が勝利した結果として高市政権があると思うんですね。これ絶望的なんですよ。女が自らの問題を解決してゆくために権力を握るんじゃなくて、より自分たちのことを否定し弱者を叩き、そしてマイノリティのがわにたたないことによって権力を握ってゆくという世界の流れからすると本当にアウトじゃないですか」────
上野千鶴子さん
「過剰同一化」を地でいく
次に月刊『世界』(2026・1)に、前記の辛淑玉さんの論調と重なる部分のある、上野千鶴子さんの文章が載っていましたのでその抜粋を紹介します。
フェミニストが高市首相を歓迎できないこれだけの理由(上野千鶴子・東京大学名誉教授)
調査分析──女は政治を変えるか? 世界にはすでに各地に女性政治家が輩出したことで「女性が増えると政治は変わるか?」という問いに対してじゅうぶんに検証可能なデータが蓄積されている。萩上チキ氏が主催するキチラボこと社会調査支援機構とパブリックリソース財団による「『女性政治家』『女性候補者』が増えることの社会的影響に関する報告書」によれば、1980年から2011年までの30年間に先進民主主義国22カ国を対象にした研究で次のことがわかっている。議会クオータ制を導入することによって「母親の就労を促進する育児関連支出」は増加、「母親の就労を制限する家族手当の支出」は減少する傾向がある。また州によって中絶規制の異なるアメリカでは、州議会で女性がクリティカル・マス(一定以上の当事者の参加)に達すると「中絶規制に関する州政策に影響」を与えていたという。面白いのは以下の知見である。立法府に女性議員が増えると国防費や紛争行動が減少する傾向があるのに対し行政府にトップや閣僚に女性政治家が増えると、国防費や紛争行動の支出が増える傾向がある。この傾向を調査レポートは「女性は外交政策において『弱い』というステレオタイプを克服しなければならないという解釈」で説明するこの経験則は、就任後、前倒しで国防費GDP2%への増額を表明した高市氏に当てはまる。高市氏が尊敬するというイギリスのサッチャー首相も南半球の小さな島、フォークランド諸島に英海軍の軍艦を派遣するという武断政治を敢行した。そういえば、自民党政権は小池百合子氏を防衛大臣に、同じく稲田朋美を防衛大臣に、と次々に女性政治家を国防の要職に就けてきた。小池氏は日本の核武装論を唱えた人物であり、稲田氏は自民党内で「国防女子の会」を主催してきた。高市氏は「台湾有事」を語って、中国の神経を逆撫でした。女だから「弱腰」と言われないために、男以上に男らしくふるまう‥‥‥これを社会学のアイデンティティ理論では「過剰同一化」と呼ぶ。マイノリティがマジョリティ集団に食い込む際にマジョリティ以上にマジョリティらしくふるまうことを指す。このような経験則は自民党の女性政治家によく当てはまる。考えてみれば男女共同参画担当大臣だったこともある丸川珠代氏が、2010年に民主党政権が一律一万三千円の子供手当支給を所得制限なしで、決定した際に「愚か者めが、このくだらん選択をした馬鹿者ども絶対忘れん」とヤジを飛ばしたことをや、杉田水脈氏が2014年に「男女平等は絶対に実現し得ない反道徳の妄想です」と発言したことなど、男性政治家が思っていても口にできないことを女に言わせることで「女vs女」の対立の構図を作り出す政権党の狡知を感じる……略……
だが彼女たちを見ているといささかの憐れみを感じざるを得ない。女に地雷を踏ませて彼女たちが炎上すれば、平気で見捨てて、使い捨てされるのがオチだからだ。
「わたしたちのバトン基金」ってなに?
20代の女性、能條桃子氏と福田和子氏らが作るFIFYS PROJECTという団体は、20代、30代の地方議員を男女同数、地方議会に送り込もうとしている。
2023年の統一選挙では全国で29人の候補者を応援して、うち24人を当選させた。来る2027年の統一地方選挙では、全国で100人の候補者を支援しようとしている。そのために立候補のハードルとなる供託金30万円を、候補者に無償で提供する「わたしたちのバトン基金」のキャンペーンをクラウドファンディングで始めた。当選すれば30万円は返却し、落選すれば返さなくて済む仕組みだ。だが、ここでも女なら誰でもいいのかと?問いがたつ。「バトン基金」が支援する候補者は次の四つの条件を満たさなければならない。
(1)選択的夫婦別姓・婚姻の平等(同性婚)の実現に賛成、推進する。(2)包括的性教育の普及、緊急避妊薬アクセス改善に賛成、推進する。(3)トランスジェンダー差別に反対する。(4)女性議員を増やすためのクオーター制などアファーマーティブアクションに賛成する。この四つの条件は今のところ、その政治家がジェンダー平等に肯定的か否定的かを「判定するための簡にして要をえた基準と見なしてよいだろう。この判定基準に照らせば、高市氏を応援する理由は全くない。同様に、夫婦別姓を後退させる「通称使用」の法制化をめざす維新や参政、国民民主などの政党に属する候補者を応援する理由もないだろう。───
ここで「クオーター制」という言葉が出てきましたが、このままでは何のことかわかりません。アジア圏で、女性の議員の比率が40%を越えて一番高いという、台湾のその制度について触れてみたいと思います。台湾におけるクオーター制度とは、例えば四人の枠に六人が立候補してそのうち一人が女性だとします。選挙の結果、女性の候補者の得票が最下位であった場合、その女性を四番目に入れて当選したことにして、男性二人の候補者は落選ということになっているのです(google)。──
実に簡単な話です。日本でも明日からと言わず今日からこの制度を取り入れたらいかがでしょうか。四、五年前(みなさんマスクをしていましたからコロナ禍の最中、多分)だったと思いますが、超党派の女性の国会議員が「クオーター制勉強会」の初会合を開いてジャーナリストの田原総一郎さんが「三分の一を女性議員にしないと、世界に恥ずかしい」と吠えていたのを覚えています。揚げ足取るようで申し訳ないけど「世界に恥ずかしいから三分の一にするのか」そして、どうして半分と言わないのか、誰に忖度しているのか、これでは闘う前に負けているということになります。一方FIFYS PROJECTは、地方議会から足腰を鍛えてゆく方針で、すでに実績を残しています。無農薬有機農法などの食材による食の安全も候補者応援の条件に加えてもらいたいなど、自分の夢を膨らませているところです。再度、上野千鶴子さんの文章に戻ります。
ジェンダーギャップ指 数と天皇制
──略──日本にはもう一つ権力ではないが、権威の象徴、というより家父長制の権化のような天皇制がある。女がトップに立つことをフェミニズムが歓迎しなければならないのなら、女性天皇が誕生したらフェミニストはそれを喜ばなければならないのか? 女性天皇が誕生したらジェンダーギャップ指数は上がるのか? 2024年のCEDAW(国連の女性差別撤廃委員会)の勧告では、選択的夫婦別姓に加えて、皇室典範の男系男子継続性を女性差別と認定し、改正を求めた。これに反発した政府は、天皇制は日本の「国体」に関わると抗議し、CEDAWへの日本の拠出金停止を決めた。国内法より国際条約が上にあることは当然であり、それにしたがうつもりがないならば、条約を締結しなければよいだけのことだ。それだけでなく、皇室典範は、男女平等を謳う日本国憲法に違反しているというべきだろう。女性皇族が「適応障害」や失声症を伴うような苦難の人生を送っていることは、同情に値する。皇太弟の長女がまるで国外亡命するかのように日本から出てゆくほかなかった事情も理解できる。また昭和天皇とその妻が誠実で温かい人柄の持ち主であり、贖罪の意を体して戦跡巡礼を行っており、その息子の夫婦もその意思を継いでいることも伝わる。だが、どんな人柄の持ち主であろうが、あるいは性別が女性になろうが、天皇制が女性抑圧的であることに変わりはない。女性天皇もまた「子供を産め」という圧力にさらされるであろう。人権無視の天皇制から皇族の人々を解放してあげたい。女がトップに立つこと。そのシステムが抑圧的である限り、そのトップに女が立とうが男が立とうが、少しも喜べないのは当たり前ではないだろうか。──この最後の部分の「そのシステム」とは具体的に何を意味するのか、資本主義それとも帝国主義か。
さて、女性セブン(2026)1月1日号に「愛子さまを天皇に!激増の署名運動 高市首相の一手」なる記事がトップを飾っています。「愛子さまは11月初の海外公務としてラオスを訪問。現地新聞はそれを一面で報じ、日本国内でも彼女がラオスの人々と笑顔で交流される様子が連日報道された、とあります。「愛子さまを天皇に!」という署名活動の始まりは、天皇代がわり直後の19年10月だったとのこと。署名(オンライン)の発信者である「ゴヨウツツジの会」によると「愛子天皇」への賛同者が異様なペースでふえはじめたのは、25年12月のある日のことだった。「12月1日、啓宮愛子さまのお誕生日です。25年夏の時点では9000人台だったにも関わらず、その日を境に、1万人、2万人、そしてあっというまに5万人に近づきました。これには発信者である私たちも本当に驚きました」(ゴヨウツツジの会事務局の担当者)。賛同者が激増した背景に、ラオスでのご活躍、そして24才の誕生日という節目があったことは間違い無いだろう。国内の注目度の高まりと同時に、日本のプリンセスの節目には、数多くの海外メディアも注目した。「アメリカの大手通信社・AP通信をはじめ、カナダ。ブラジル、オーストラリア、サウジアラビアといった諸外国のメディアが愛子さまの誕生日に関する記事を掲載しました。そしてその多くが、天皇家の長子でありながら、女性であるために愛子さまが即位できない日本の現状に疑問を呈する内容になっています」(皇室ジャーナリスト)
さて、ここまではごく最近の情報を紹介しながら「高市首相周辺の風景」を描いてみましたが、最後の部分で上野千鶴子さんが天皇制について触れてくださいました。ずいぶん前のことですが中山千夏さんの天皇制についての所感を読んだことがありますが、上野千鶴子さんの意見と共通するところがあると感じます。それを描き始めますと長くなりますので「高市首相周辺の風景(2)」に譲りたいと思います。(つづく)
(2026・1・1)
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