3.7フクシマ原発事故から15年 東京集会・デモ

とめよう 原発!

 【東京】3月7日午後1時から、代々木公園B地区で「フクシマ原発事故から15年 とめよう 原発! 3・7全国集会」同集会実行委の主催で開かれ、全国から8500人が参加した。
 オープニングライブを李政美さんが行い、続いて本集会が開かれた。鎌田慧さん(さようなら原発1000万人署名市民の会呼びかけ人)が開会のあいさつを行った。
 鎌田さんは、「世界はトランプ、プーチン、ネタニヤフ、こういう人殺しを何とも思わない政治が起きている。これを何とか変えていきたい」、「六ヶ所の再処理工場やMOX工場もやると言い、南鳥島に最終処分場を作るという方針が進んでいく。脱原発をいろんな人たちと手をつないでこれを止め明るい未来めざそう」と語った。
 前衆議院議員の阿部知子さんは最初に「原発ゼロ、再エネ百の会を2012年に立ち上げ事務局長をやってきた。共同代表や事務局長が今回の選挙で落選した。どうつないでいくのかが課題だ。続けるための努力をしたい」と話した。
 そして「この間ずっとアメリカやロシア、フランスは核弾頭の数は減らしてきたのに、アメリカとロシアが条約の廃棄をした。そしてフランスが核弾頭の数を増やしていくことを表明した。新たな核の時代になった」と核競争が再び激化していることに警鐘を鳴らした。
 「①なぜ原発はゼロにしなくてはいけないのか。東日本大震災から15年経っても暮らしは戻っていない。事故のリスクは負うことができない。人がいない。暮らしがない。復旧とか復興と呼べない。人の生活を奪い、歴史を奪った原発だ。事故を防げない原発は終わっていくしかない。②ロシアのウクライナ侵攻、チェルノブイリとかジャポロージャとか原発にいつ被害が及ぶか分からない危険な状態だ。原発は戦争に備えることができない。だからこそ戦争拡大の時代に原発は絶対に止めなければいけない。③今回のイラン攻撃の理由。IAEAが査察して、核はないと言ったのに攻撃した」。
 「私たちの平和的生存権とは断じて共存しえない。この原発を私たち世代で終わらせたい」と話した。
 メインスピーチを盛岡大学学長で原子力資料情報室理事の長谷川公一さん、武藤類子さん(原発事故被害者団体連絡会共同代表)が「フクシマの現状と課題」について発言した。(2人の発言は2頁に掲載)
 プラカードアピールが行われ、その後にリレースピーチが行われた

リレースピーチ

 佐々木かんなさん(柏崎刈羽原発再稼働の是非を考える新潟県民ネットワーク)、三瓶春江さん(津島原発訴訟原告団)、引地力男さん(「原発のない福島を!県民大集会」実行委員会事務局長)、高木謙さん(全港湾労働組合小名浜支部青年部執行委員)、佐藤光士郎さん(311甲状腺がん子ども支援ネットワーク学生ボランティア)、三上元さん(脱原発をめざす首長会議世話人・湖西市議)が発言した。

柏崎刈羽原発再稼働反対

 佐々木かんなさん(柏崎刈羽原発再稼働の是非を考える新潟県民ネットワーク)が「14万筆以上の県民投票を求める署名が集まったにも関わらず、県議会で否決された。再稼働は県民の意思をまったく無視して進められている」と、議論自体を否定する知事や県議会を批判した。そして「県民ネットワークでは新潟全域の40万軒へリーフレットの配布を計画している。原発が必要でない社会を作りたい」と述べた。

帰還困難区域からの訴え

 三瓶春江さん(津島原発訴訟原告団)は「津島地区は浪江町から30㎞にある。帰還困難区域と指定された。指定が解除されたのは1・6%、そこにはもともといた方が戻っているのは一軒だけだ。コンビニもガソリンスタンドも何にもない。そうした所に、20ミリ㏜以内であれば戻れると国が決めたことで、私たちは帰されようとしている。この現実を知ってもらわないと今後柏崎刈羽原発、女川で再稼働が続いている。私たちのように、原発事故が起きれば、ふる里を追われて帰れない状況が続く。3月9日仙台高裁の結審となる。自分のこととして、危機感を持って、私たちに力を貸してほしい」と話した。

被災地のかかえる困難な問題

 引地力男さん(「原発のない福島を!県民大集会」実行委員会事務局長)が「原発事故後15年になるが、生業の復興や精神的な苦痛は未だ続いている状況だ。避難指示解除地域は広がってきているが、依然として帰還困難区域は残されており、帰還する人は限られている。インフラ整備等の課題も山積みだ。避難者の数は2万3000人とされている。帰還した人びとへの生活保障は徐々に打ち切られている。
 廃炉作業も困難な課題をたくさん抱えている。2号機から2回にわたり取り出された燃料デブリの分析に時間を要しており、3号機における大規模取り出しは早くても2037年とされている。アルプス処理水は貯まり続け、通算18回目の海洋放出が昨日から始まっている。福島第一原発は廃炉完成の姿さえ見えない」と現状を報告した。
 そして、「除染で出た土については福島県の中間貯蔵施設に保管され、その量は東京ドーム12杯分にのぼる。2045年福島県外で最終処分を完了することを法律で決められており、国民的議論が必要だ。昨年2月に閣議決定した第二次エネルギー計画では再生可能エネルギーの割合を引き上げる目標を示すと同時に、原発を最大限活用する政策へ回帰している。過酷な事故を二度と繰り返さないためにも、忘れてはいけないし風化させてはいけない」と話した。

福島連帯キャラバン

 高木謙さん(全港湾労働組合小名浜支部青年部執行委員、25歳)が福島連帯キャラバンを報告した。
 「各労組に声をかけ、北は北海道、南は沖縄まで50人が参加し、三泊四日で行動を行った。福島県被災地フィールドワークから始まり、津島原告団の家の見学と意見交換、とても有意義な時間となった。茨城県要請行動では各自治体に要請書の提出、これらの行動のすべてを終えて、私の胸に強く残っているのが原発は終わっていない、突然奪われたなにげない日常、大切な人との分かれ、とても簡単に癒える傷ではない。小さな一歩かもしれないが声をあげ続け、事実を学び続ける」。

311甲状腺がん子ども支援

 佐藤光士郎さんと鈴木まさきさん(311甲状腺がん子ども支援ネットワーク学生ボランティア)。
 「311甲状腺がん子ども支援裁判は福島原発事故によって放出された放射性物質によって、甲状腺がんをり患した子どもたちが東京電力を訴えている裁判。原告は当時6歳から16歳だった7人の原告。小児甲状腺がんという病気は通常であれば、年間百万人の一人しかならない極めてまれな病気だ。しかし、福島県が原発事故の後に実施した県民健康調査によると400人以上の子どもが罹っていた。国や東電はその因果関係をまだ認めていない。被害を受けた人たちはなかなか声を上げにくい。この裁判を通じて、放射線被ばくによる被害を受けた方の人権が守られるような社会・政治を後押ししていければと考えている」。
 「がんに罹ることによって日常がなくなってしまったが、生きることに正面から向き合って、前を向いて、この不条理な世の中を変えていこうと立ち上がっている。今も裁判は係争中で、東京地裁で次は6月に裁判がある。ぜひ傍聴を」。
 終わりのあいさつを三上元さん(脱原発をめざす首長会議世話人・湖西市議)が「湖西市長を12年務めていた時に、原発をやめようと、現役市長として最初に発言した。原発を抱えたままで日本は戦争ができない、それが実態だ」と脱原発を訴えた。
 集会の後、原宿コースと渋谷コースに分かれてデモ行進を行った。        (M)

「東電福島原発は終わっていない」とプラカードアピール(3.7)

集会後、原宿と渋谷コースのデモ行進(3.7)

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