寄稿「アンドリュー・ワイエス展」を観て
20世紀アメリカ 孤高のリアリズム
立原龍二
アンドリュー・ワイエスとは
アンドリュー・ワイエスは、1917年、挿絵画家である父と妻の六人兄弟の末息子として生まれた。7歳から水彩画をはじめたその画業はアメリカを代表する国民的画家として世界中にその名を知られている。画風は生家のペンシルヴニア州やメイン州の風景、そこに暮らす人々を描き続けた画家であった。その画風は写実主義そのものであり、抽象表現とは距離をおいた。まさに「光と影」の形容があてはまる。
また、彼の絵画のモチーフは静謐な風景の中に生きる民衆の姿であり、皮膚の色や障がいを持つ人々など社会的弱者に対する目線に尊敬の念を感じざるを得ない。
展覧会最終日
アンドリュー・ワイエス展は、日本国内でも人気があり、1974年の展覧会を皮切りに、国内各地で開催されてきた。私は、彼の画集こそ持っていたが現実に画の前に立つのは初めてだった。場所は上野公園の東京都美術館。「東京都美術館開館100周年記念」にふさわしい没後初めての回顧展だった。
訪れたのは展覧会最終日にあたる小雨降る7月5日(日)の午後。最終日ということもあって観覧者の長蛇の列を覚悟していたが、券売機の前に並ぶ人はあったものの会場内は割と余裕があった。ネットで前売券を購入してあったことも幸いした。
以前当館で鑑賞した藤田嗣治のような人いきれがする雰囲気とはまったく違った。日本初公開作品を含めて約100点という偉容。そして画が醸し出す静謐感。一点一点、画の前に立ち止まる人も少なくない。食い入るように鑑賞できる余裕がアンドリュー・ワイエスにはあった。
1900年代という時代背景
彼が生まれたのは奇しくもロシア革命が起こった1917年。また、アメリカが第一次世界大戦に参戦した年である。そして1929年にはニューヨーク市場の株価大暴落を発端とした世界恐慌が世界中に巻き起こった。当時、世界的に企業倒産が起こり、これに連鎖する失業者が街中にあふれた激動の時代だった。やがて日独伊三国軍事同盟が締結され、1939年にはナチスドイツによるポーランド侵攻を皮切りに第二次世界大戦が勃発する。1941年には日本が参戦し、文字通り全世界を巻き込んだ戦争の時代に突入。美術の世界もこれと呼応するようにナチスドイツによる「退廃芸術追放」やプロパガンダ的な戦意高揚を目的とした従軍画家が戦地にかり出されるようになった。
「境界」の向こうにあるもの
この時代アンデリュー・ワイエスは、1939年軍隊に入隊を志願するが虚弱体質からその願いは叶わなかった。そして黙々と絵筆を持ち続けアメリカ民衆に寄り添う画を描き続けた。それは彼の生命の証そのものであり、2009年91歳で没するまでその筆致は生涯変わることはなかった。
彼の描いた画の多くに窓や扉からその向こうを眺めるモチーフがいくつも登場する。リーフレットによればそれは「境界」であるという。そして「境界に立つとき、心が動き出す」と言葉が添えられていた。
「境界の向こうにあるもの」。それこそが彼の心象風景ではなかったろうか。
展覧会はこの後、大阪「あべのハルカス美術館」で開催される。
ここまで私が書いたのは評論ではなく、私感であることを理解していただきたい。

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