投稿:高市政権の危険な綱渡り
西島志朗
高市政権のジレンマ
小さく扱われた三つの記事が、高市政権が直面する外交上のジレンマを伝えた。
①日経新聞 10月29日
「高市早苗首相とトランプ米大統領との28日の協議で、ロシア極東の石油・天然ガス開発事業『サハリン1』『サハリン2』の話題が出たことが29日、わかった。首相からトランプ氏にロシア産の液化天然ガス(LNG)の禁輸は困難だと伝達した」。
②毎日新聞11月7日
「高市早苗首相は7日の衆院予算委員会で、過去の植民地支配と侵略を認めて謝罪した『村山談話』を含む歴代内閣の歴史認識について、『これまでの内閣総理大臣談話を含めて、歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでおり、これからも引き継いでいく』と述べた。高市氏はこれまで、村山談話について〈『国策を誤り』とあるが、それでは当時資源封鎖され、全く抵抗せずに日本が植民地となる道を選ぶのがベストだったのか〉(2013年5月のNHK番組)と発言するなど反対の姿勢を示していた」。
③日経新聞11月11日
「トランプ米大統領は台湾有事を巡る高市早苗首相の国会答弁と、その後の中国側の反発についての受け止めを聞かれ、中国への批判を避けた。10日放送の米FOXニュースのインタビューで答えた。トランプ氏は司会者から一連の経緯を説明された後、中国は友人なのかと尋ねられ、貿易不均衡を念頭に『同盟国は中国以上に貿易で我々を利用してきた。多くの同盟国も友人とは言えない』と述べた。台湾情勢にも触れなかった」。
トランプは、プーチンとの「ディール」が行き詰まって、主要国にロシア産天然ガスの禁輸を求めている。EUやインドは同調しているが、日本には同調できない理由がある。
高市は、トランプとのトップ会談で日米の「親密さ」を思い切り演出した。しかし「サハリン1」には、経済産業省と伊藤忠商事、丸紅などが、「サハリン2」には三井物産や三菱商事が出資している。日本の貿易総額に占めるロシアの割合は、輸出の0・2%、輸入の1・2%にすぎないが、LNGについては、8・6%をロシアに頼っている。地理的に近く輸送コストの低いサハリンから今、手を引くわけにはいかない。
対中関係では、事態はもっと複雑になる。高市は首相の座についてから、毎日新聞が報じているように、「歴史認識」に関する自説を封じざるを得なかった。しかし、「台湾有事」については、国会答弁で、「存立危機事態」に該当しうるとして米軍と共に軍事介入する可能性を示唆した。「戦略的互恵関係」を再確認したばかりの中国との外交的な関係は悪化している。
ところが、肝心の同盟国アメリカのトランプは、「知らん顔」?で、「多くの同盟国も友人ではない」などと言っている。トランプは習近平とのトップ会談をようやく実現して、レアアースの輸入や大豆の輸出に目途をつけたばかりだ。今年1月以来の「米中関税戦争」は、トランプの当初の思惑とは裏腹に、中国が「優位」にあり、アメリカは「屈服」せざるを得ないことを明らかにした。
「普遍的価値」を構成する「民主主義」「自由貿易」「基本的人権」などの価値観を、先頭に立つはずのアメリカの大統領自身が放棄している。もはや「同盟国」も「友人」ではないというのだ。確かに、日本もEUも、関税をかけて投資を引き出す「ディール」の対象でしかない。
「互恵関係」と「強硬姿勢」の狭間で
高市は11月7日の国会答弁で「台湾に対し武力攻撃が発生する。海上封鎖を解くために米軍が来援し、それを防ぐために武力行使が行われる」という想定の下で、「戦艦を使って武力の行使を伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になり得るケースだ」と述べた。「存立危機事態」は「密接な関係にある他国」への武力攻撃時に指定できるとされているのだから、米軍を支援するこのケースでは、「法的」には、「他国」は台湾ではなく、アメリカだということになる。
しかし、このような「論理」が、戦時下で通用する訳がない。自衛隊が米軍の作戦に加われば、中国と戦争するということにならざるをえない。つまり、高市の答弁は、アメリカの「参戦」を前提にして、台湾危機に介入するという意思表明となった。
習近平とのトップ会談で「戦略的互恵関係」を再確認したばかりなのに、高市答弁は、これまで日本があえて曖昧にしてきた部分に踏み込んだ。中国との関係は険悪化しているが、答弁を撤回すれば「集団的自衛権」を行使する余地を自ら狭めることになりかねない。
高市答弁は、口にしてはならない「本音」の吐露だった。しかしこれは「失言」の類ではない。参政党の伸長によって、右から支持基盤を奪われてきた自民党にとっての「対中戦略」は、「経済的利益を損なわないギリギリの範囲での勇ましい外交」ということになる。ここでは「外交は内政の延長である」という古い格言が生きている。勇ましい発言は、国内向けである。しかし、「右翼的言説のお花畑」で育まれた高市の政治的センスは、「ギリギリの範囲」を正確に認識できていないようだ。
そもそも、台湾危機にアメリカが軍事介入するのかどうかさえ定かではない。アメリカは「あいまい戦略」を取り続けている。トランプは再三、在任中に中国の台湾進攻はありえないと発言している。
「デカップリング」で日本は破綻する
戦争となれば、双方が「経済制裁」を発動する。中国の貿易全体に占める日本の割合は、輸出で6%、輸入で9%程度だが、日本の貿易に占める中国の割合は、輸出で21%、輸入で24%だ。中国から、原材料、中間財、完成品を輸入する日本企業とその資本は、甚大な打撃を受ける。中国を主要なマーケットとする輸出企業も同様だ。物価が高騰する。電化製品や衣料品だけでなく、日々の食料さえ不足するだろう。
それだけではない。中国に進出する日本企業は、減少傾向であるとはいえ、1万2千社を超える。在留邦人は12万4千人。進出企業は安値で買いたたかれるか没収されるだろう。「反日デモ」が激化する中、邦人は命からがら退去しなければならない。
中国との経済的断絶の影響は計り知れない。こんなことが可能だなどとは誰も信じていない。
「大胆な投資減税」
高市の成長戦略は「成長投資」という言葉に集約される。「日本列島を強く豊かにしていく」「強い経済をつくる」ことが必要だと強調する。そのためには、「責任ある積極財政」の考え方の下、「財源問題」に拘泥されずに、戦略的財政出動を行なわねばならない。
「成長戦略」の全体像も詳細も、まだすべて明確になっているわけではないが、政策の筆頭は「大胆な投資促進」のための「設備投資減税」であるようだ。
「高市早苗首相は10日の衆院予算委員会で、企業の設備投資にかかる費用の全額を初年度に減価償却費として計上する「即時償却」の導入に意欲を示した。『戦略投資を強力に引き出していく極めて有効な支援策になる』と強調した」(日経11月10日)。
通常、設備投資の費用は耐用年数に応じて数年にわたり分割して経費化(減価償却)する。しかし「即時償却」では、取得年度に全額を一括で損金算入できるため、初年度の利益を圧縮し、法人税などの税負担を大きく軽減する効果がある。
上場企業は史上最高益をあげている。「上場企業が米関税影響の逆風下で利益を伸ばしている。2025年4~9月期の純利益は前年同期から7%増えた。市場は5%減を見込んでいたが一転して最高益となる」(日経11月14日)。
稼いだ利益を、さらに海外で投資するのではなく、金融商品に投資するのでもなく、内部に「留保」するのでもなく、国内での最新設備導入を促進し、生産性向上と国内製造業の競争力強化を目指す。ここに「成長戦略」の核心がある。
抬頭する中国の「覇権」に対抗しうるためには、現在の経済的依存関係を脱却できねばならない。日本との経済的断絶が、中国にとってこそ重大なダメージとなる経済構造を形成することができねばならない。文字通り「世界の真ん中で咲き誇る」ことができなければならない。しかし日本は決定的に「出遅れ」ている。
転落、「二流国家」の現実
「資源小国日本」は、「技術立国」として「輸出大国」となった。その道が、ユーラシア大陸の東の端に浮かぶ小さな島国日本の、戦後の帝国主義的戦略だった。無論、アメリカの核の傘を前提にして。
しかし、バブル崩壊以降の日本の凋落は決定的である。「ジャパンアズナンバーワン」を謳歌していたころ、日本の製造業の労働生産性は世界一だった。日本は、半導体先進国であり、「ロボット大国」だった。しかし、バブルが崩壊して風向きは変わる。

他の先進諸国がIT化を進めて、生産設備を最新化した時期に、日本の国内工場の設備は「レガシー化」が進んだ。その後の経過は周知のとおり。日本の労働生産性は「G7」の最下位、OECDの平均さえ下回っている。
今、世界中の国と資本が、AI開発とその実装をめぐって熾烈な競争を繰り広げている。AIが生産性を格段に向上させると期待されているからである。右下のグラフは「関連投資・技術革新・実装」の三つの尺度で、アメリカを100とした場合の各国のレベルを示している。

もはや「遅きに失した」という以外にない。AIでの「出遅れ」を挽回することは不可能だ。日本は、すでに「二流資本主義国」であり、国内製造業の生産性=技術力で、優位に立つことは困難極まる。「世界の真ん中で咲き誇る」ことはできそうにない。「G7」からも脱落しそうだ。
最高益と低成長の併存
大企業(上場企業)が、毎年最高益を更新し、 株価は5万円を突破して、「AIバブル」で踊っているにもかかわらず、国内の「実体経済」は相変わらず地を這っている。
「内閣府が17日発表した2025年7~9月期の国内総生産(GDP)速報値は、物価変動の影響を除いた実質の季節調整値が前期比0・4%減、年率換算で1・8%減だった。6四半期ぶりにマイナスとなった」(日経11月16日)。
一方で日本は、世界に冠たる「純債権国」である。日本は「お金持ち大国」だ。海外資産(子会社や投資先企業)からの配当で稼ぎ、金融市場に投資して稼ぐ。他方で、政府債務は1200兆円、GDPの2倍にもなる。企業が莫大な「海外債権」を保有し、個人金融資産が2000兆円を超えるにもかかわらず。

しかし、企業の資産も個人の資産もあくまで「私有財産」であり、政府債務の返済に使えるわけではない。それは、税金で返さねばならない。「財源不足」は「成長投資」の足枷であり続ける。大企業の高収益と国内生産の低迷は、メダルの表裏である。利潤率の低い国内産業に、どうして、何のために投資しなければならないのか。
グローバルサウスの国々で生産し、アメリカで販売する。つまり、剰余価値率が高い地域で生産し、販売価格の高い地域で販売することこそ、利潤を確保して増殖する資本の「経済的合理性」である。だから、「日本成長戦略」が目指すのは、「剰余価値率が高く、販売価格が高い日本」である。高市政権の「積極財政」で、はたしてそれが可能だろうか。
労働規制緩和の狙い
「高市早苗首相は12日の参院予算委員会で、労働時間規制の緩和について『規制に企業が過剰に反応し、本来ならもう少し働けるのにずいぶん乖離がある現状もある』と述べた。やむを得ず副業をする労働者に向けた対策になると説明した」(日経11月12日)。
要するに、「ジャパンアズナンバーワン」の時代の「働き方」よ、もう一度ということである。「24時間戦えますか」というコマーシャルが象徴した時代である。企業は「働き方改革」に過剰に反応し過ぎた。労働者はもっと働いて稼ぎたいのだ ― 健康を害さないことを前提に・・・。
労働時間規制の緩和、つまり「労働日の延長」は、剰余価値率を引き上げるための「古典的」な手段だが、「裁量労働制」の適用範囲を拡大すれば、「不払い残業」を合法化できる。一部で既成事実化しているとはいえ、資本にとって合法化することは重大な意義を持つだろう。あわせて、副業に関わる労働時間通算や残業の上限規制を撤廃できれば、「24時間戦えますか」の時代を再現できるかもしれない。
いや、すでに非正規労働者と下層正規労働者は、残業や副業に頼らねばならない状況であり、貧年金の高齢層もまた、短時間のスポットワークで糊口をしのいでいる。低賃金と貧年金で「外堀」は埋められている。労働時間規制緩和は半ば既成事実であり、合法化して、抵抗の根を断ち切れば、資本はフリーハンドを得ることができる。しかし、連合は強く反発している。
高市政権は、不安定な維新との連立政権であり、最優先課題は「物価高対策」である。野党である国民民主や立憲、公明の協力を引き出さなければ、「物価高対策」も実現できないし、来年度予算の成立も困難を極めるだろう。連合の反発は、野党の反発を招く。「綱渡り」の「国会運営」が続く。「物価高対策」に失敗すれば、若者とZ世代の70%を超える支持も雲散霧消するだろう。そうなる前に、「解散総選挙」に打って出る腹積もりであろう。
しかし、「綱渡り」は国会の中だけで演じられているのではない。仮に議会で多数を得たとしても、綱渡りは続く。本当に渡るのが困難な綱は、米中の狭間にある。
「覇権」の移動、その不安定な過渡期
日本は、中国の抬頭に対抗せざるを得ないが、政治的・軍事的緊張の激化が、アメリカの「孤立主義」への回帰と同期して進行する。日本が正面から向き合おうとしている時、アメリカは背中を見せている。「自立した帝国主義」への離陸(軍隊、憲法、統治機構等の再編整備)が不可避となるが、それが経済の「デカップリング」に直結することはどうしても避けねばならない。
「自由貿易」の覇者であり続けることができなくなったアメリカは「関税戦争」を仕掛けている。しかし 「自由貿易」こそ、日本資本主義の命綱である。だからトランプの「保護主義」と対峙しながら、「自由貿易」(WTO、TPPの枠組)は維持し拡大しなければならない。
東アジアの政治情勢を特徴づけているのは、歴史的な「覇権の移動」である。中国の抬頭に直面して、「普遍的価値を共有する同志国」が、アメリカを先頭に対抗する、という構図は危機に瀕している。
アメリカから中国への「覇権」の移動。この歴史的な大転換の過渡期に、日本は「アメリカと共に中国(ロシアを含めて)に対抗する」という「伝統的」な戦略から転換することができない。
ここに「危険な綱渡り」の根源がある。
高市政権が直面しているのは、「覇権の交代」という現実であり、「後ろ盾」を失うであろう「小さな島国日本」の「二流国家」としての現実である。
「中国の抬頭の含意は重大である。中国は日本や台湾のようにアメリカの臣下ではなく、香港やシンガポールのような単なる都市国家ではない」(ジョバンニ・アリギ「北京のアダムスミス」)。
「中国の抬頭とアメリカの衰退」、この世界史的転換を覆すことは困難だ。極右(参政党など)の伸長は、この隘路を右から突破しようとする意識の表現でもある。高市政権もまた、「自立した帝国主義」への道を推し進めながら、およそ「勝ち目」のない競争―AI・半導体、造船、核融合、バイオなどの技術開発競争―に賭けようとしている。
この道は、「軍事大国」への道であり、金融資本の一層の肥大化への道であり、インフレ政策と労働力の再編成を通じて「国内投資基盤」を確保しようとする資本の延命の道である。
左派は「もう一つの道」を提起できねばならない。 (11月24日)
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