書評:『忘却の引き揚げ史』

泉靖一と二日市保養所

下川正晴 弦書房 新装版

隠された敗戦後の涙
法を脱し 女性の人権を守り抜いた人たち

立原龍二

二日市保養所とは

 私が「二日市保養所」の名前を知ったのは数年前のことである。たぶん京都府舞鶴市にある「舞鶴引揚記念館」を正月2日に訪ねたころだと記憶している。読者諸氏もご存じのように舞鶴はシベリアや大陸からの引揚港として知られ、二葉百合子の大ヒット曲「岸壁の母」で歌われたフレーズを覚えている人も多いだろう。この歌はシベリアに抑留された息子の帰国を母が毎日岸壁で待つ姿を描いている。
 引揚港は日本敗戦の1945年9月時点で全国に10港以上が指定され、その最大の港がこの舞鶴だった。1958年、最後の引揚船まで約66万人を迎え入れたと記念館資料にまとめられている。
 舞鶴の他には長崎県佐世保市の浦頭港、山口県長門市の仙崎港、そして福岡県福岡市の博多港などがあげられる。
 冒頭にあげた「二日市保養所」は、果たして博多港のある福岡市から西鉄で30分の場所に位置する筑紫市二日市温泉付近に存在した。

保養所の性格

 保養所設置の目的と性格は、その名称とはほど遠いものだった。それは、当時法律で禁止されていた「堕胎手術」を行う極秘施設だったのである。主にそれらの手術は泉氏が卒業した旧京城帝国大学医学部関係の医師により職を賭けして行われたという。(元福岡県立修猷館高校教師児島敬三氏が、保養所跡地に私財で建立した「仁の碑」設立趣旨より。本書参考)
 敗戦後の大陸では、旧ソ連兵などによる婦女子への性暴力(レイプ)が頻繁に行われ、妊娠や性病があとをたたなかったという事実だ。大陸から逃れ日本に向かう引揚船の中で、当事者たちは肉体的にも精神的にも追い詰められていたのに違いない。「このままでは故郷に帰れない」「望んでいない出産はしたくない」など女性たちの心中は張り裂けんばかりだったと容易に想像がつく。そこで秘密裏に設立されたのが「この二日市保養所」だった。
 本書の著者下川正晴氏が断言する通りあまりにも官僚的な文言であるが、『引揚げと援護三十年の歩み』から長くなるが引用したい。「これらの婦女子のために、地方引揚援護局内に医師、女子社会事業家、婦長級の看護婦等適任者からなる婦人救護相談所を開設し、十五歳以上の婦人引揚者を対象に診察、相談等を行い、特に医療救護を要する者を徹底的に抽出することに努め、要保護者は国立病院または療養所に入院させ治療後に帰郷させるように指導した」。下川氏は、続いて次のように記している。『「医療保護」という言葉に「中絶」の語感はない。「抽出する」といった表現には、官僚的の傲慢が感じられる』と。

 本書の主人公である泉靖一氏を知る人は少ない。私も本書を読んでその人物像と「二日市保養所」の真実にふれたのだ。
 泉氏は旧京城帝国大学社会学科を卒業し、戦後は世界の文化人類学の学術調査にあたり1964年にはアンデス古代文明調査の業績によりペルー政府から最高勲章を贈られている。(本書掲載「朝日新聞」訃報欄を参考。この訃報には一言も療養所のことはふれていない)
 泉氏の略年譜によれば敗戦の翌年1946年2月在外同胞援護会救療部を創設し、3月に「二日市保養所」を設立したとある。何が泉を保養所設立に駆り立てたのか。下川氏の綿密な調査や読解した資料によれば、その対象を日本から朝鮮に帰還する朝鮮人も対象にしていたことは、朝鮮で生まれ育った彼自身のアイディンテティに如実に現れているとも私は考える。
 そして悲惨な経験を現実に持ち続ける引揚げ婦女子の救済に乗り出し、同時に戦災孤児を救うために「聖福寮」を設立運営、1947年東京転居によりこの地を去った。
 しかし、泉氏は最後までこれらの事実を公にすることはなかった。氏の持つ矜持の一端が如実に現れている証左に他ならない。

療養所の医療


 引揚げた悩みを持つ婦女子は引揚船内や博多港、博多引揚援護局に掲出された「お悩みの方は、こちら(二日市保養所など)へご相談ください」(アィキペディア参考)という文言に一途の希望を託したことは疑う余地もないだろう。
 「二日市保養所」は、もともと愛国婦人会の保養所であり、敗戦後引揚援護局が借り受けたものである。手術室は風呂場に設けられ、麻酔薬や医療物資も欠乏している中、麻酔がないまま堕胎手術が行われたという。しかし、患者はその激痛に耐え、療養後退院していった。その数は4~500人に上るというがあくまで推定値だと下川氏は記している。実際には「二日市療養所」だけではなくこのような堕胎手術が各地の病院や施設で行われていたことは容易に想像がつく。

 下川正晴氏の仕事

 氏は1949年鹿児島県に生まれ大阪大学法学部を経て毎日新聞に入社。2015年に退職後も著述業として近現代日本史、韓国、台湾、映画を中心に活動していると著者略歴にある。
 私は本書を読み一番感じたことは、氏はルポライターの視点ではなく新聞記者、あるいは近代史研究者の視点である。このような「歴史の闇」に葬り去られた真実を決して情緒的ではなくたんたんと地道な調査でまとめ上げたまぎれもない良書であると言い切れる。
 さらに最後にひとつ紹介したい人物がいる。それは、下川氏が「はじめに」で記しているRKB毎日放送ディレクター上坪隆氏(1997年死去)の存在だ。氏は「二日市療養所」をテーマにした『水子の譜』を1979年に上梓。70年代には、戦争における加害者と被害者に焦点をあてた数々のドキュメンタリーを制作している。氏の作品『引揚港・博多湾』は、現在も横浜市放送ライブラリーで観ることができる。
 『新装版 忘却の引き揚げ史 泉靖一と二日市保養所』は文字通り下川氏と上坪氏、そしてさまざまな関係者による証言により書き上げられた一冊であろう。蛇足になるがこのような良書を出版し続ける福岡市の弦書房に尊敬と敬意をはらいたい。

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