三里塚闘争60年の集い  柳川秀夫さんのメッセージ(要旨)

空港建設は、生きていくための持続性を破壊してしまった
人権・環境破壊の三里塚空港建設・機能強化をやめろ

 皆さんご苦労様です。本日は参加できず、大変申し訳ないと思っています。

政府の姿勢は変わっていない

 60年というのが特別意味あるわけでもないし、百年たとうが意味はない。ただ、長い年月、相変わらず問題が続いている。
 三里塚の空港問題は、政府が一方的に決定したということで、みんな立ち上がった。一言もないまま強引な決定と、事業認定かけて強制収用による空港作りを国が始めた。そこに憤りを感じて憤慨して立ち上がった。その中でいろんな犠牲、皆さんも大変な犠牲を払って、なかなか空港できないままきた。 しかし、向こうの力が上回り、強行開港、空港が開港された。
 当時みんな開拓で、やっとここで農業を始めて、これから子々孫々そこで生きていこうと苦労した。そこに空港問題が降ってきた。自分らがここで百姓をやって生きることに、国に竿を差されたわけで、それは大変なこと。

巨大開発は環境破壊だ

 空港の巨大開発は、当時の高度経済成長の大きな一つの動きで、ここの農地や農村、農民を大変な目に遭わせるだけではなくて、ここの環境も相当変わった。
 昔ここに天皇の御料牧場があった。何百町歩の牧場があって、私の家の裏も御料牧場。二十町歩単位でマキバがあって、その周りは防風林、松の防風林に囲まれていた。その中に馬もいるし、牛もいるし、羊もいるし、鶏もいるし、豚もいるし、ありとあらゆる動物がいて、それがいわゆる天皇家の台所だった。そういう環境の中で、昔ここは時期が来れば霧がいっぱい出る。一寸先見えないくらいの霧がでた。夏になれば雷が鳴って、結構雨が降った。夕立があった。今は空港のコンクリで固められてそういう自然の環境が、無くなった。
 今は、空港より外までは夕立が来る。だけど、ここに夕立はできない。雨も雨雲もやってこない。あのコンクリートのせいで上昇気流があって、低い雨雲っていうのは、その上を通っては来られない、多分よけちゃう。 そんな状況もあって、今のこの環境は、昔から考えたら住みやすい場所ではなくなった。

空港建設は農村破壊をもたらした

 もう一つは、農家自身もどんどん崩壊していって、後継ぎもいない。すごく便利な世の中になって、農村の集落は崩壊状態になっている。空港問題は、人が生活できる、生きていくための持続性を破壊してしまった。そういうことが闘ってだんだん見えてきた。三里塚は本質的な問題に突き当たった。そういう課題を抱えた。
 シンポジウムがあって、国と対話する機会があり、その結果、国がここに強引にその力で空港を造ったということを謝った。その証(あかし)として強制収用、事業認定を取り下げた。何の相談なく始められたということで、腹に据えかねて戦い始めたけども、その範囲だと、国が謝ったところで、みんな気が収まった。自分らの最初の反対の理由というが解消した。それで、反対同盟を結成した農家や地元の人はどんどん反対運動から離れていった。
 一方で、見えた問題がある。開発から来る持続できるかという問題。環境問題も三里塚の場所で見えた。空港問題は、人がいなくなったけれども、課題は残った。その課題にどう取り組んでいくのか、どう解決していくのかという問題が今現在ある。本質的な問題を三里塚が明らかにしたのは、大きなこと。
 環境問題は世界的にも大変ないろんな事件が起こっている。今また滑走路をもう1本作ろうと動いて、強制収用まで出してやろうとしている。空港が開発でコンクリートに固められて、それがどんどん増えて広がっていくのは、かなり無理がある。
 ただ、昔と違って激しい反対運動っていうのは、日本全国でもなかなかない。闘いのやり方もかなり変わっているのかもしれない。

課題がある限り、共に闘っていこう

 三里塚の問題だけでなく、今後の開発問題は、開発発展で人が生きていくための何かが良くなることは多分ない。大変なことが起こることはあると思う。
 これから具体的にどうやっていくかは、難しいものがある。けれど、残された問題や課題がある限りは、考えていくし行動していくことが大事だ。
 (メッセージの要旨、集会実行委員会が作成しました)

柳川秀夫さん

週刊かけはし

購読料
《開封》1部:3ヶ月5,064円、6ヶ月 10,128円 ※3部以上は送料当社負担
《密封》1部:3ヶ月6,088円
《手渡》1部:1ヶ月 1,520円、3ヶ月 4,560円
《購読料・新時代社直送》
振替口座 00860-4-156009  新時代社