スポットワークの闇
進行する雇用の一層の劣化と新たな「労働力の再構成」
西島志朗
全国初の集団訴訟
「スポットワークのアプリ『タイミー』で成立した仕事を雇用主側に直前でキャンセルされ、賃金が支払われなかったとして、ワーカー9人がアプリ運営会社『タイミー』(東京都港区)に未払い賃金相当額と慰謝料あわせて約312万円の支払いを求めた集団訴訟の第1回口頭弁論が7月2日、東京地裁で開かれた。タイミー側は、請求棄却を求め、全面的に争う姿勢を示した」(7月2日「弁護士ドットコムニュース」)。
原告代理人の牧野裕貴弁護士は、「今までタイミーのキャンセルの訴訟については、企業側を被告としてやってきた。今回の集団訴訟については、被告自体はプラットフォーマーであるタイミーだ。タイミーも応訴した。具体的なプラットフォームに関する議論の土俵に乗った」と、訴訟の意義を強調した。
タイミーは初めて被告となった。原告たちは、個々の雇用主を相手取って「未払い賃金」を請求するのではなく、プラットフォームそのものを訴えた。この訴訟は、労働者の最低限の権利を守る観点からプラットフォームの横暴に抗するものである。
労働運動はこの訴訟を支援し、アマゾンやウーバー配達員の「労働者性」を争う「偽装フリーランス」の闘いとともに、プラットフォームのビジネスモデルそのものと闘わねばならない。
集団訴訟の争点 併存的債務引受
「弁護士ドットコムニュース」によれば、最大の争点は、「タイミーが雇用主と並んで賃金の支払い義務(併存的債務引受)を負うのかどうか」という点である。「併存的債務引受」とは、「元の債務者を免責させず、引受人が同一内容の債務を連帯して負担する義務」のこと(民法470条)。引受人は債務者と同じ債務を負い、債権者は両者のどちらにも全額請求できる。労働契約法は、労働者と雇用主の双方が合意することで労働契約が成立すると定めている。契約成立以降の雇用主側からのキャンセルについては「休業手当」を支払わねばならない。
「原告はタイミーが自らの利用規約で示す賃金と交通費の『併存的債務引受』に注目した。企業に加え、タイミーも同じ債務について支払う内容だ。同業大手のシェアフルは盛り込んでいない。原告はサービスを設計するタイミーに、企業の代わりとして支払う義務があると訴える」(日経7月20日)。
2020年9月から通算約800回タイミーを利用してきた原告の40代男性は、「タイミーを使ってしか(雇用主と)出会っていないし、タイミーを通じてキャンセルもできる。タイミーを通じて働いてきた。私たちも働きにいくと『タイミーさん』と呼ばれることもある。タイミーがアプリを開発して構築して、ルールを作ってきた。そのルールに従ってきた自分たちが一番被害を受けて、大元であるタイミーが一切の責任を取らないというのはないのではないか」と述べている。
「牧野裕貴弁護士は未払い賃金の規模が業界全体で200億〜300億円に上ると推計する。仮に原告側の要求が認められれば、仲介事業者に過去の未払い賃金の補償を求めて提訴するケースが相次ぐ可能性はある」(日経7月20日)。
急増するスポットワーカー
15歳~65歳の人口は減少しているが、就業者数は増加が続く。女性と高齢者の労働参加率が上昇しているからだ。特に、「生涯現役」が美徳のように喧伝されて、高齢者のスキマバイトが急増している。生活できない貧年金こそ、その増加の原因だ。
就業者数に占める65歳以上の割合は、90年代前半までは5%で推移していたが10年代には10%を超え、24年時点で13・7%。35年には20%に達する見通しだという。
一般社団法人スポットワーク協会によると、2024年5月末時点でのスポットワーク登録者数は約2200万人に上り、2023年3月末の約990万人に比べると1年で約22倍に拡大した。総労働者人口の3割弱に相当する。25年度は、タイミーのマッチング数だけでも2199万人を数えた。
頻発するトラブル
スポットワーク(いわゆる「スキマバイト」)では、トラブルが頻発してきた。
「・・・スキマバイトを経験したことのある20代以上の男女348人に実施した調査では、「勤務先でトラブルに遭った」人が51・4%にのぼった。トラブルの中身(複数回答)は「仕事内容が事前に聞いていた内容と異なる」が52・0%で最も多く、次いで「労働条件(労働時間や給与など)が異なる」が46・9%、「給与の未払い」も26・8%あった。スキマバイトで仕事を始める際、勤務先から労働条件通知書が送られてくるかとの質問には、14・1%が「一度も送られてきたことがない」と回答。「送られてこないことがある」という人は39・9%もいた。人を雇うときの基本的な決まりも守られていないケースが多い実態が浮かび上がる」(日経 2024年10月16日)。
直前キャンセルの通知
プラットフォームによる雇用仲介だからこそ、トラブルが激増した。特に雇用主側からの「直前キャンセル」に対する苦情が多発し、雇用主側に支払いを命じる判決が続いたことを受けて、厚生労働省は昨年7月、「事業主が掲載した求人にスポットワーカーが応募した時点で労使双方の合意があったものとして労働契約が成立する」(厚労省「スポットワークの労務管理」)との考え方を示した。
これを受けてタイミーは、 2025年9月、規約改定をし、契約の成立時期を「ワーカーが求人への申し込みを完了した時点」と変更した。現場で本当に徹底されているとは言えないが、訴え出た労働者と「プレカリアートユニオン」などの先駆的な闘いが、プラットフォームを少し押し返したのである。
特殊日本的ビジネスモデル
タイミーのようなビジネスモデルは、EUでは非現実的なものとなる。
EU諸国では基本的に、労働時間の長短を問わず(下限なしで)、健康保険・年金保険・失業保険・労災保険が適用され、最低賃金はもちろん、有給休暇や産休育休が保障される。さらに、労働組合の闘いの成果として、デリバルーやウーバーが雇用主扱いとなった判例が多数あり、プラットフォームが「雇用主」だと認定されるリスクが高いからである。
対して日本では、労災保険と最低賃金の適用に労働時間の下限要件はないが、健康保険と厚生年金や雇用保険には、「週20時間以上」や「31日以上の継続雇用」などの制限がある。
タイミーのビジネスモデルは、このような社会保険と労働保険の適用基準の「日本的特殊性」を、「パートタイマー雇用」以上に、余すところなく利用する。それは、インターネットの普及とIT技術革新が可能にした「雇用の劣化形態」の最先端モデルである。
手数料の法的根拠
スポットワーク仲介業が徴収できる「手数料」の法的根拠は、 職業安定法第32条の3(手数料の規制)と、これを具体化した職業安定法施行規則(手数料の種類・上限・届出制)にある。
2004年の職業安定法改正で、従来からある「賃金の11%」の上限規制と並んで、「自由に設定できる手数料=届出制手数料」が導入された。「規制緩和」である。タイミーなどは、この新設制度「届出制手数料」に依拠している。
下の図は、タイミーのホームページに掲載されているもの。「サービス手数料」は30%であり、雇用主は、労働者に払う賃金の30%相当+振込手数料(1人当たり)200円+消費税をタイミーに支払う。
このような手数料が認められるのは、このビジネスモデルに資本が期待する利潤を確保するためだ。即時マッチングを可能にした「システムコスト」は大きく、1件あたりの売上が小さいので、固定費を回収するためには手数料率を高く設定する必要がある。従来の上限「賃金の11%」ではビジネスモデルが成立しないのである。加えてタイミーは、労務管理・勤怠・給与計算まで一体化して補助サービスを提供することで、企業の採用と労務管理のコストを軽減する。
「インターネットのプラットフォームによる雇用仲介」という新たな仲介形態に対応して、「多様な働き方が求められている」という口実で、職業安定法が改定された。それは大量の「不安定雇用」を合法化した。雇用主は、労働者に時給1300円支払えるはずなのに、1000円しか払わない。タイミーは低賃金を構造化して、利潤を確保している。「自由化」「規制緩和」が、資本に新たな投資機会を作り出した典型的なケースなのである。
人事考課のシステム
タイミーは、賃金の「立替払い」(即時払い)とともに、労働条件通知書の作成・勤怠労務管理・給与計算・源泉徴収票の作成などを補助するサービスをプラットフォーム上で提供する。まるで、タイミーが本当の雇用主であり、個別企業(雇用主)は現場監督のようだ。単に求人と求職の「マッチング」の場を提供する機能を超えて、タイミーは「人事考課」のシステムをも提供する。
「過去の勤務で良い働きをしたと認められたワーカーには「バッジ」が付与されます。飲食・物流・スーパー・ホテルなど、多様な業界で求められるスキルや実績を全13種類のバッジによって可視化することで、スキルチェックや即戦力ワーカー限定で求人募集する際にも活用できます」(タイミーホームページより)。
雇用主が働き手を「Good」や「Bad」で評価し、タイミーは、「バッチ」の付与や、直近30件分の「Good」の割合を応募者ごとに算出するシステムを提供する。このような「人事考課」のシステムが、多数の職場を渡り歩くスポットワーカーを、従順で物言わぬ労働者に仕立て上げるのだ。今日、雇用主に文句を言えば、明日の仕事はないかもしれない。
単純工程の「切り出し」
スポットワークもパートタイム同様の短時間勤務であるが、パートの場合は、正社員と同じ業務を担当し、主戦力化するケースが多かったのに対して、スポットワーカーは、部分的な業務に特化する。スポットワーカーを利用することで、労働過程の一部分を切り出して、副業者や高齢者を割り当てることが可能になる。それは、繁忙と閑散の人員調整を、時間単位で可能にする。同時に、労働日を単純に複数に分割して、1人のフルタイムを数人のスポットワーカーに割り当てることができる。
飲食業では、洗い場やホールスタッフなどがすでに専門化していたが、夜間や早朝に清掃だけを短時間担う労働者が、自分自身の出勤前や退社後の「副業」としているケースが多くなった。宿泊業では、室内清掃やベッドメイキングを担うパートタイマーと、使用済みシーツの回収のみに特化したスポットワーカーを組み合わせる。ゴミ出しや掃除などを担うマンション管理員では、1日の業務を最短3時間程度に分けて、複数人の高齢者に担わせる。
「埼玉県三郷市でゴム金型を手掛ける、佐藤製型。・・・ソフトウエアによる設計や機械加工、仕上げといった金型づくりの工程をさらに細かく分け、必ずしも経験や専門的な知識を必要としない作業を洗い出した。工作機械で加工した金型の表面に残る微細な傷や加工跡を均一にならす「磨き」もその一つで、タイミーで補えないかと考えた。実際に募集をかけると、子育て中の主婦らがやってきた。現場の反応も上々で、仕上げ作業をベテランが担えば、十分に任せられるとわかった」(日経3月19日)。
熟練労働力に依存し、「人手不足」が最も深刻な業種である金型製造の中小企業でも、タイミーの利用が進んでいる。その核心は生産工程を「分解」して単純労働工程を「切り出す」ことにある。
タイミーと同業のベネッセキャリオスは業務提携し、介護事業者の「業務切り出し」を支援する。タイミーを経由した介護関連のスポットワーク募集人数は2025年10月、前年同月に比べ約2・3倍に伸びた。タイミーの小川嶺代表は「(介護領域は)他の業種・業態と比べて圧倒的な成長速度で募集が増えている」と語る。
ベネッセグループの老人ホームでは24年4月から、1日の労働時間が1〜2時間程度でも可能なスポットワーカー活用を始めた。「マニュアルを用意するといった条件を満たせば451種類のうち9割ほどはスポットワーカーにも任せられる・・・全国約360カ所にある老人ホームのうち、スポットワーカーを活用している施設は9割ほどまで広がってきた」 (日経2025年12月13日)。驚くべきことに、介護労働の総体を450もの作業工程に分解すれば、その90%はスポットワークに任せられるというのだ。こうすることで、介護専門職の労働生産性(労働密度)を高めることが可能となるのである。
深刻な人手不足を打開するために、中小企業団体である各地の商工会議所は、タイミーと包括連携協定を結ぶ。「タイミーが集計した年代・職種別の求職者の統計データをもとに、会員企業の人材確保に向けた仕組みづくりを支援し、人手不足解消に役立てる」(日経6月22日)。中小企業の求人(ハローワークや求人情報誌)にはほとんど反応がないが、タイミーでは圧倒的な「仕事不足」であり「一つの求人が出た瞬間に10人から応募が殺到する」という。
資本は、「人手不足」を単純工程の「切り出し」とスポットワーカーの活用で穴埋めし、正社員の労働密度を上げていく。タイミーは、「切り出し」のノウハウを蓄積し、産業全体に広めていく。
労働過程を細分化し、単純化して、熟練を解体することは、マニファクチュアの時代から続く資本の常套手段だ。それは、単に賃金を抑制するための方策ではない。資本にとって、雇用の不安定化・細分化は、低賃金を強制しうるだけでなく、労働者階級の「集団性」を解体し、抵抗の芽を未然に摘み取る意義を持つ。生産とサービスへのAIの実装、AIロボットの導入と同様に、労働者を物言えぬ単能工として資本とそのアルゴリズムに従属させる。
資本は、明確な目的意識を持って、労働過程を細分化し、熟練を解体する。時間単位で雇用されるスポットワーカーは、職場単位の「集団性」から疎外されアトム化している。スポットワークの活用は、資本が仕掛ける階級闘争の最前線であり、タイミーはその先兵である。
1970年代から80年代にかけて、正社員をパート労働者に取って替える「労働力の再構成」が進行した。それは、正社員層の削減とセットであり、特に小売業では「パートの主戦力化」へと至る。さらに、90年代から2010年にかけて、パートに加えて、派遣労働者やギグワーカー、偽装フリーランスなどの多様な非正規社員が急激に増大した。バブル崩壊後、労働組合(連合)は、「正社員の雇用を守る」ためという口実で、賃金の抑制を受け入れ、非正規雇用を認め、結局、正社員の大量の「希望退職」を余儀なくされた。
そして、2010年代から今日まで続く「労働力の再構成」は、まさに現在進行中であり、今後もさらに深化する再構成の「新たな波」である。それはまさに、「資本が仕掛ける階級闘争」である。
▼AIの開発と実装によってホワイトカラーの高賃金層を劇的に削減し、残された労働者には、「労使自治」と「働きたい改革」というレトリックで労働基準法を「脱力化」し、裁量労働制の対象職種を拡大して、一層の長時間労働と「不払い残業」を強制する。
▼生産現場では、「AIロボット」の導入によって人員を削減し、アルゴリズムに従属して単純作業を繰り返す単能工にはスポットワーカーを当てる。さらに、副業・複業の「労働時間通算」を不要にして、ここでも労働基準法の労働時間規制を「脱力化」する。
▼「生涯現役」で働くことを一般化し、年金や医療・介護はできる限り「自助努力」で準備・対応させること。年金支給開始年齢を早期に70歳にすること。「自己責任」と「生涯現役」、そして、低賃金と貧年金に甘んじて副業と複業で世すぎする労働者こそ、資本が期待する「あるべき労働者」の姿である。
こうして、ホワイトカラーの高賃金層がリストラされ、残されたホワイトカラーは、さらに、過労死ギリギリの労働強化とサービス残業を強いられるだろう。生産とサービスの現場でも、AIとロボットが熟練の仕事を奪う。AIとロボットに代替えできない周縁的業務を、スポットワーカーや偽装フリーランスが担う。
これが、資本が描いている未来であり、高市政権が目指す「国内投資基盤形成」の不可欠の要素である。それが、労働者階級にとってどのような未来なのか、容易に想像できる。
左派労働運動は、スポットワーカーの組織化に取り組まねばならない。ここにこそ、階級闘争の主戦場がある。一定の地域ごとに、彼ら彼女らが集まって語り合い、情報交換する「場」を作り出す必要がある。個人加盟の地域ユニオン以外にその役割を担える労働者の組織はない。
スポットワーカーの最優先の要求は、賃金の「生活賃金」への引き上げであり、プラットフォームによる「人事考課システム」の廃止と不当な「ピンハネの禁止」だろう。さらに、プラットフォームによる有給休暇や傷病手当などの保障を要求しなければならない。それはプラットフォームに「雇用者責任」を認めさせる要求である。そして最終目標は「タイミーの公有化」であり、「短時間正社員制度」だろう。 (7月20日)
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