投稿 生産・労働・消費の再組織化、労働と科学技術(上)
エコロジー・脱成長の可能性
西島 志朗
エコロジーに関して、とくに脱成長の可能性について、書き溜めてきたメモを整理してまとめてみた。考察すべき問題群のすべてを対象にする能力は私にはないので、不完全な「試論」と受け止めていただきたい。内容は、アンドレ・ゴルツら先駆者の著作に多くを負っている。第四インターの「エコ社会主義宣言」と重複する部分が当然あるが、それを補完しようとする問題意識も持ち続けている。
1. 「消費ベースのCO2排出」から「生産ベースのCO2排出」を引くと、大きなプラスになるのはアメリカ、EU、日本であり、中国とインドは大きなマイナスになる[図]。プラスとマイナスはほぼ見合っており、先進諸国の消費は、中国とインドのCO2排出、つまり生産に依存している。
CO2の排出を削減するための最優先課題は、先進国の膨大な消費の削減である。
2.地球温暖化は産業革命以来先進国が排出してきたCO2の蓄積によるものである(世界人口の約20%を占める先進国が、CO2累積排出量の約60%を占める)。世界最大のCO2排出国である中国の排出量は、アメリカの20年前の水準となった。グローバル・サウスの国々は、中国やインドを追いかけている。
グローバル・サウスの人々が、先進諸国と同等の生活水準を求めることに、反対することはできないだろう。もちろん貧困の問題は、先進諸国かグローバル・サウスかを問わず(グローバル・サウスではなおさら)、何よりもまず「分配」の問題であるが。
3.生産ベースのCO2排出を可能な限り削減しながら、グローバル・サウスの人々が求める生活水準を実現するための上下水道や電気、通信、交通網、学校、病院などの社会インフラの整備に加えて、国民の基本的な消費需要を満たすための工業・農業等の産業を、帝国主義によって歪められた産業構造を修復しつつ育成することができなければならない。
先進国の資本は、資源の搾取とモノカルチャーによる原料生産や労働集約型工業へ集中し、民族資本はそれを補完した。「緑の革命」の悲惨な失敗以降も、化学肥料と農薬の大量投入によって土壌は劣化し、気候風土に適合した伝統農法は消滅し、土地の集中と零細農民のプロレタリア化がさらに進行した。世界銀行やIMFが「構造調整」を強制したことで、多くの住民が最低限の生活インフラや社会的サービスから排除されている。
4.グローバル・サウスの諸国が、帝国主義が歪めた従属的な産業構造を「自立化」させるために、先進諸国として最低限やるべきことがある。
①先進諸国資本の現地資産(工場、土地など)を無償で現地国に引き渡すこと
②先進諸国とその金融資本はすべての債権を放棄すること
③現地国と地域的共同体での民主主義的な意思決定に従って、無償の援助・協力によって技術移転をうながすこと
④荒廃した農地や汚染された環境の回復のために財政的・人的・技術的協力を行うこと
このような支援は、長期にわたる帝国主義的収奪への補償としても当然である。
こうして、一定の工業化にともなうCO2排出量の増大は不可避である。しかし、それは持続可能な地球を守る範囲で可能であることが、専門家の研究で明らかにされている。
5.「私と同僚は150カ国以上のデータを分析し、グローバル・サウスの各国はプラネタリー・バウンダリー内かその近辺を維持しながら、主要な人間開発指数(平均寿命、幸福度、公衆衛生、教育、電力、雇用、民主主義など)を大幅に向上させることができる、という結論を得た。・・・他の研究により、地球温暖化を1・5℃未満に抑えるレベルのエネルギー消費によって、すべての人に良い生活(国民皆保険、教育、住宅、電気、冷暖房、公共交通、コンピューターなどを含む)を提供できることが示された」(ジェイソン・ヒッケル「資本主義の次に来る世界」東洋経済2023)。
このような、一定の生活水準の達成を目指す工業化は、エネルギーを含めて、自立的な産業構造の形成と輸送コストの最小化のために、できる限り「地産地消的地域経済」の集合として組織されるだろう。
6. しかし、基幹産業(特に鉱工業や機械生産)については、資本集約的な大工場と最もエネルギー消費を節約できる最先端の技術が必要となる。なぜなら、基幹産業において資本主義が実現した生産性こそが、社会的必要労働の極限的な削減を可能にするからだ。だから、原材料と基礎的生産財を中心にした使用価値を生産するグローバル・サプライチェーンが再構成されねばならない。インターネット(海底ケーブルを含むハードとプラットフォームなどの全体)は、地球上の全住民の共有(コモン)とされねばならない。
資本主義の発展が、世界的な計画経済の現実的可能性を現出させている。この基盤の上で、グローバルな生産の計画化こそが、CO2の排出をコントロールできるだろう。
7.労働時間の革命的な削減こそカギを握っている。したがって、オートメーションと産業ロボットは不可欠であろう。希少金属を使わない(ペロブスカイトのような)、もっと高効率で耐久性のある太陽光発電システムの開発が必要だし、さらにはCO2を全く排出しない地下水素資源の開発も必要となるかもしれない。資本の利潤追求によって歪められた技術開発に代わって、新しいテクノロジーが、労働と環境への負荷を軽減するものとして開発されねばならない。ただし、生産過程が労働者を機械に従属させるものでないかどうかを慎重に検討し、技術は取捨選択されねばならない。AIの必要性についても議論が必要である(この問題には後ほど立ち戻る)。
8.先進諸国における消費の抜本的な削減は、3つの方向性に集約される。
①「大量消費・大量廃棄」経済構造の変革
②社会的に全く不要で有害な消費の廃止(特に富裕層)
③リサイクルの徹底
3つの方向性は、「何を、どうやって、どれだけ作るのか、何を作らないのか」、つまり生産に関する民主的な合意による計画を前提とする。投資・生産・販売の決定権が資本に属する限り、エコロジーは絵にかいた餅であり続ける。
少なくとも金融資本と大企業の「経済権力」が奪取されねばならない。エコロジーと脱成長の核心は資本の経済権力の解体である。金融機関は没収され、株式市場は閉鎖され、あらゆる債権は放棄されねばならない。
9.「大量消費・大量廃棄」経済からの転換は、まず何よりも「修理・修繕をしながら半永久的に利用可能な消費財」の生産によって可能となる。数百年間の使用に耐える社会インフラ(上下水道、道路網、鉄道、通信と電力網、住宅など)と、少なくとも数十年(できれば数世代に受け継いで)使い続けられる耐久消費財(自動車や自転車、テレビやパソコン、エアコンや冷蔵庫や洗濯機から鍋釜包丁まで)を生産することは技術的には全く可能であり、「作り替える」「買い替える」必要が激減するだろう。
「計画的陳腐化」によって強いられた生活スタイルが変われば、「消費」の概念も変わる。人々はもはや「消費」とは意識せず、「次の世代へと引き継ぐ生活財」の「借用」であると考えるようになるだろう。
「耐久消費財」は「永久利用財」になる。何世代にもわたって居住可能な公営住宅の大量供給によって、冷暖房、給湯設備、シャワートイレなどが象徴する「快適な生活」を全住民が享受することは可能であり、先進諸国の「平均的な生活水準」を下げる必要はないだろう。
10.アンドレ・ゴルツは、「自由時間」の革命的な拡大によって、様々な「サービス消費」は、本来の場所に、家族の愛情や地域コミュニティの連帯と相互依存のところに戻っていくはずだと主張する。「サービスの需要の爆発的な増大の諸要因を根本的に再検討しなければならない。これらの要因は、常に時間の不足に帰着させられる。・・・「生産第一主義の隠された費用」の推定は、ようやく始まったばかりだ。より多くの時間があれば、家庭内での生産のみではなく、芸術、文化、手工業の生産をも発展させることができる。また、街や市町村に対する住民のより直接的な関与、共同のランドリー、食堂、菜園、修理工場の配置を促進することができる。さらには、近隣の人々との間での、またはビルや地域の共同体の枠内での相互的なサービスの交換を、はるかに少ない費用で、しかもはるかに満足のゆく形で行うことができる」(「エコロジー共働体への道」 技術と人間1985)。
消費の削減は、労働時間の革命的な短縮と、それが可能にする地域の連帯経済が促進する。それは「生産第一主義の隠された費用」をあぶりだすと同時に、「社会的サービス」の意味を変える。家事、育児、教育、介護、清掃などが別のかたちで社会化する。それらは地域共同体の男女誰でもが、人任せにせずに相互に担い合うサービスとなる。
11.ゴルツはまた、「社会的に全く不要で有害な消費」をなくす生産の基準について、少し抽象的だがこう定義する。「誰にとっても役立ち続けるものだけが、社会的に生産される価値がある。・・・本質上特定の人の用にあてられる排他的な富を、社会的に生産するのをやめる・・・誰にも特権を与えず、また誰をもおとしめないものだけが、社会的に生産される価値がある」︵アンドレ・ゴルツ 「エコロジスト宣言」 緑風出版1983)。
社会的に必要な使用価値だけを生産する社会は、富裕層の顕示欲を満たす際限のない「贅沢」のためには何一つ生産しない。戦争のための生産、宇宙開発、核開発などは廃止される(兵器生産をやめるだけで世界GDPを約2・6%減らすことができる)。寄生的な金融業や不要なサービスはなくなり、「ブルシットワーク」もなくなる。社会的に必要な物とサービスだけが生産される。
「誰にも特権を与えず、また誰をもおとしめないもの」だけを生産するということは、「所有」を減らし「共有」を増やすということでもあるだろう。共同利用(共有)の拡大は、生産すべき財の絶対量を減らす。しかし同時に、「消費および生活のモデルの画一性は社会的不平等と同時に消滅するであろう。諸個人と共同体は互いに異なるようになって行くだろうし、今日想像しうる範囲を超えて彼らの生活のスタイルを多様化するだろう」(ゴルツ 同上)。自由時間の革命的拡大は、無数の多様な使用価値を生み出し、芸術を育み、地域の文化を涵養するだろう。
12.修理・修繕しながら利用し続けることが基本となるのだから、リサイクルする物は大幅に減ることになる。リサイクルは基本的に「消費地」で行われる(アメリカの「ゴミ」がケニアに運ばれ、そこで分別されてアメリカでリサイクルされるようなことは許されない)。
ファストファッションが拡がって、衣類の使い捨てが当たり前になった。ファミレスやファストフードは、大量の食品廃棄物を生み出しているが、このような消費スタイルは排除される。
労働時間の革命的な短縮が実現し、「地域連帯経済」が拡大して、生活スタイルが大きく変化した社会では、「ゴミ」そのものがなくなっていく。江戸期の日本の都市は、産業革命以前の社会としては、商品生産が最高度に発達した社会だったが、徹底的なリサイクル社会、循環社会だった。農家は都市の糞尿を買って肥料にしたし、布切れや紙の切れ端さえ集められて再利用された。生産物の「計画的陳腐化」や大量廃棄など論外の「持続可能な循環型社会」には、資本主義よりもはるかに長い歴史がある。(つづく)

消費ベースCO2」マイナス「生産ベースCO2」
中国・インドは排出の「輸出国」(マイナス値)
アメリカ・日本・EUは排出の「輸入国」(プラス値)
アメリカとEU、日本のプラスと、中国とインドのマイナスがほぼ同量になる。
(数値は概算であり、Global Carbon Project やOECDの報告書をもとにした推定値)
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