声明「法改正の前に難民認定手続きの正常化を求める~柳瀬参与員の発言から明らかになった異常性~」
全国難民弁護団連絡会議代表 渡邊影悟
全難連より「法改正の前に難民認定手続の正常化を求める~柳瀬参与員と浅川参与員の発言から明らかになった異常性~」声明を出しました。
2023年5月25日の参議院法務委員会の審議で、政府が提出している入管法改定案(以下「政府案」)の前提(立法事実)が崩壊していることが明らかになりました。
私たちは、改めて政府案の廃案を求めます。
【「認定率が低いのは難民がいないから」という政府案の前提について~立法の前提事実である柳瀬房子氏の担当件数にみる】
出入国在留管理庁は2023年2月、「現行入管法の課題」[1]をWebサイトで公表しました。ここでは、2021年4月21日の衆議院法務委員会に参考人として出席した柳瀬房子・難民審査参与員の発言のうち、「参与員が・・難民を探して認定したいと思っているのに、ほとんど見つけることができません」、日本の「難民の認定率が低いというのは、分母である申請者の中に難民がほとんどいない (からだ)」といった発言を強調して引用し、難民申請の濫用が極めて多いことを印象づけています。これこそが、政府案の立法事実となっているのです。
ところが、2023年5月25日の参議院法務委員会で明らかになったところによれば、この柳瀬氏は参与員として、2022年の全体処理数4740件に対して1231件(勤務日数32日)もの審査を行い、2021年の全体処理数6741件に対して1378件(勤務日数34日)もの審査をしていたということです。この数字を前提とすれば、2021~2022年の柳瀬氏の平均処理件数は1日あたり40件程度です。仮に、1期日8時間従事したとすれば、1件あたりに掛けられる時間はわずか12分となりますが、その後の入管庁の説明によれば、1期日の従事時間は午後(の4時間程度)ということなので、1件あたりに掛けられる時間はさらに短い6分ということになります。また、2021~2022年の参与員は110名ほどいたことを踏まえれば、上述の柳瀬氏一人の担当件数がいかに突出した異常な数値であるかがわかります。
この点、柳瀬氏は、上述の2021年の参考人招致の際、
「私は、申請者一人一人に丁寧に話を聞き、難民の蓋然性、いわば難民らしさですが、というものを尋ねて、何とか難民の蓋然性のある人を必ず見つけて救いたいという思いで参与員の職務に当たってまいりました」
「さて、私どもの参与員による審査ですが、改めて、第三者として、申請者の意見を聞き、徹底的に聞き直します」。
「私は、今後も、丁寧な審理を続け、難民の蓋然性が認められる方を絶対見逃さないという気持ちで参与員の職務を行ってまいりたいと思います」と述べています。
政府は2020年以前の柳瀬氏の審査件数等は明らかにしていませんが、2021~2022年の件数からして、およそ丁寧な審理は不可能です。柳瀬氏の発言に依拠した、難民申請者は濫用者ばかりという政府案の立法事実は崩れました。
入管庁と同じ判断をする参与員への「超」偏重配点
また、全国難民弁護団連絡会議の調査によれば、日本弁護士連合会推薦の難民審査参与員(常設班所属の10名)の年間平均担当件数は36・3件です[2]。同じ参与員であるはずの柳瀬氏の処理件数を知って、日弁連推薦参与員らからは「信じられない。通常の事件ならあり得ない件数と思う」「記録を精査しているのかはなはだ疑問である」などの声も寄せられています。その点からも、年間1200~1300件というのは、およそ慎重かつ丁寧な審査は不可能な件数であることが明らかです。
また、柳瀬参与員への配点件数は日弁連推薦参与員の30倍以上、また前述のとおり年間総処理件数の20ないし26%に及び、あまりにも偏りが大きすぎます。他方で、認容(認定)意見を少なからず出していたところ、配点される案件数が減っていった参与員の例もあります。難民不服審査事務をつかさどる入管庁により、極めて恣意的な事件配点がなされていることが明らかとなったというべきであり、難民不服審査手続の不適正・不公正な運用が長年にわたって続けられてきたことが強く疑われます。
【1日で50人の難民の審査をしてはまともな判断はできない
~浅川晃広参考人の発言から参与員審査の実態をみる】
上記の点だけでも政府案は前提を欠き、廃案にしなければなりませんが、2023年5月25日午後の参議院法務委員会における難民審査参与員・浅川晃広参考人の発言では、より衝撃的な事実が明らかになりました。
まず、浅川氏は、10年間の経験の中で約3900件を担当し、書面審査だけで年間1000件以上審査をしたこともある、1期日(通常は午後の半日)に書面審査をまとめて50件ぐらい処理したこともある、と述べていました。およそ慎重な審査は不可能と思われ、かつ、事件配点の際立った偏りがあることは、柳瀬氏同様です。入管から送られてきた記録を自宅で検討し、入管ではその検討結果を持ち寄って3人の参与員で結論を決めて行くので、1日50件の書面審査は可能であると浅川氏は述べていましたが、自宅で検討する時間を仮に1件1時間だとしても、事前準備で50時間を要することになります。1日8時間検討したとしても、6日以上を費やすことになります。非常勤の難民審査参与員がそれだけの時間を掛けられるか、甚だ疑問です。
出身国の事情を勘案しないでなされた「不認定」判断は、審査の名に値しない
この点について、浅川氏は、①難民認定申請書、②一次審査における申請者の供述調書、③(審査請求段階の)申述書の「ワンセット」を中心に読み、その結果、出身国情報に当てはめなくても棄却判断ができる案件の方が多く、出身国情報は「たまに」当てはめなければならない程度であること等を述べていました。しかも、迫害主体から「暴行」ではなく「脅迫」された経験のみを供述する当事者については、「今帰国しても殺されることはないだろう」ということで「迫害のおそれはない」と即断している旨も説明していました。
しかし、本来は、難民認定実務において出身国情報の検討と事案への当てはめは、基本中の基本です。例えば、UNHCRハンドブックも、「申請者の供述は抽象的に捉えられることはできず、関連のある背景事情の文脈の下で考察されねばならない。申請者の出身国の状況を知ることは、第一義的な目的ではないが、申請者の信憑性を評価するに当たって主要な要素となる。」としています[3]。もちろん、迫害のおそれの的確な判断のためにも必要なことは言うまでもありません【4】。ほとんどの案件について出身国情報の精査とあてはめを省略して、専ら申請書等の記述だけを検討するのであれば、1日50件の審査の事前準備を本業に支障がない程度で自宅ですることも可能でしょう。ですが、そこには、難民認定が申請者の生命・身体の自由などの重大な人権侵害を被るか否かを決する極めて重大な責任を伴うものであるという自覚が欠如しているとしか言いようがありません。
「真の難民を見落としていないか」という迷いのない班審査に難民の運命を委ねられない
そして、最も衝撃的だったのは、浅川氏が難民審査参与員として10年間に合計約「3900件」の審査をしながら、認容(難民認定)の判断をしたのはたった「1件」である、と発言したことです。加えて、浅川氏は、3900件の中で難民該当性の判断に迷った案件を問われて、当該1件を挙げました(「正直・・相当迷ったというのはそこまでなかった・・むしろ非常に迷ったのが・・認定(した当該)1件・・これはかなり迷った」。すなわち、残りの棄却判断事案の大部分は、迷いすらなかった趣旨と理解できます)。かねてから、難民不服審査においては、認容(認定)率が極端に低いことが問題視されていましたが、入管当局による、浅川氏のような執務姿勢の参与員への恣意的かつ集中的な事件配点こそが、認容率低迷の大きな要因になっていることが、浅川発言によって強く示唆される結果となりました。
【結語】
このように国会審議によって、政府案の前提事実が崩壊したことは明らかです。明らかに偏りのある2人の難民審査参与員の発言を、全ての参与員を代表しているかのような取り上げ方をするのは、不公正・不公平です。改めて、私たちは、政府案を廃案にすることを求めます。喫緊の課題は、政府案を成立させることではなく、このような専門性・公正性のない難民認定制度を改め、入管庁から独立した審査制度を設けることです。
以上
[1] https://www.moj.go.jp/isa/content/001390378.pdf
[2] http://www.jlnr.jp/jlnr/?p=8672
[3] https://www.unhcr.org/jp/wp-content/uploads/sites/34/protect/HB_web.pdf
【4】 ACCORD 出身国情報の調査 研修マニュアル2013年版 17頁
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