11・11横堀農業研修センター第4回裁判 栁川秀夫 陳述書②

 しかし、次第に「条件派」と言われる集団が形成されてきました。反対同盟員が日を追って少なくなっていくことに、口惜しさと苛立ちがつのり、私たちは条件派のことを裏切り者と罵っていました。しかし、その一方で「なぜ条件派が生まれるのか」という疑問は、私たちの頭のなかから離れませんでした。なぜなら「明日は我が身ではないか」、そんな不安が私たちの「強がり」の裏にはりついていたからです。彼らが空港に賛成して条件派になったのなら、何も恐れることはなかったのです。そうではなく、もっと別の理由で土地を手放していったことを、私たちは感じていました。数年がたち、私たちは「百姓が土地を売るのは、自分たちがやっている農業に問題があるからだ」とようやく気づきました。
 農業の未来に自信をもてないと思ったとき、土地に固執する精神は急速に崩れていくのではないか。条件派と言われた農家も空港に賛成したのはごくわずかで、「農業の将来への展望」と「いっときの大金」とを比べさせられたとき、農業を続ける意思は砂が崩れるように失せていったのではないか。そのような目でみると、当時の時代の波のなかで、多くの農家が淘汰されていくのがよく見えてきました。時はちょうど高度経済成長の真っ只中、すべての価値が工業へ都会へとなびいていた時期です。私たち自身ですら、空港問題がなく、また農家の跡継ぎとして生まれていなかったら、まちがいなく都会へ出奔していただろうと思います。
 この頃、日本では農業をいかに工業的な手法に近づけるかに腐心していました。能率だけを考えた大規模経営、単一作物栽培による作物別産地化、収穫物の均質化と農協による大規模流通のすすめ、そしてそのための機械化、化学肥料、農薬の大量使用、どれをとってもそこには農業のもつ固有性を生かそうという姿勢は見られず、工業的な能率主義を指向したものでした。私たちはそのようなことに気づかず、国や農協の指示に従って農業をやり、懸命になって空港反対を戦っていました。そして年々土が痩せ細り、作物が穫れなくなり、しかも穫れた作物は目にみえて貧弱になっていくという現実に直面したのです。このまま国の農業政策に乗っかっていたら、自分たちの農業が見えなくなり、空港に反対する根拠も見えなくなってしまうと思いました。

2、有機農法から見えてきたもの

 それが私たちが有機農法と出会うきっかけでした。そして土づくりからやり直していったのです。極端な言いかたをすれば、空港反対を続けていく本当の根拠を探るために、有機農法への転換を行ったのです。空港反対の政治論理よりも、「ここで百姓を続けていく、強い意志を持てるかどうか」が問われていると私たちは感じていたのです。
 有機農法を選択するということは、いままで疑問に感じていた農業の一つ一つをやり直し、点検していくという作業にほかなりませんでした。それは明治以来すすめられてきた、近代農法、合理的農法に対する根源的な批判を含んでいると思いました。例えば、必要以上に大きな機械や大規模な施設を導入するために、借金や出稼ぎでまかなったりすること、自分の身体を悪くするほど農薬をかけること、いたるところでビニールを使って季節はずれの作物をつくることなど枚挙にいとまがありません。
 当時は水俣や四日市などで公害の問題が深刻な事態を迎えていました。工業化一辺倒の政策にはじめて疑問が出されていました。そのような中で有機農法への試行錯誤を続けていた私たちは、「空港」がまったく違った姿で見えてくるように感じました。きわめて直感的ですが、空港は合理性と能率性の哲学に導かれた、工業化時代の一つの象徴のように見えました。成田空港も新幹線や高速道路と共に、高度経済成長によって膨張した経済を支える交通革命の一環だったのです。

3、産地直送から見えてきたもの

 また、私たちが選んだ産地直送という流通方法は、生産者と消費者が顔の見える関係を結ぼうというものでした。そのふれあいと討論のなかで、今まで当然のように使っていた農薬の使用をやめ無農薬栽培を実践してきたわけですが、それは高度成長の嵐のもとでどちらかと言えば被害者意識ばかりが濃厚であった私たちに、加害者という視点を学ばせてくれた貴重な体験でした。
 また、その頃から始まった政府による減反政策の結果、次第に村の中にも田圃が荒れたまま放置されるところがでてきました。私たち農民は田圃を作ることによって同時に風景を守り、そのことによって村の秩序を維持してきたことを強く自覚しました。
 農業は合理性、能率性、採算性という側面からだけでは、割り切れないものをたくさんもっているのです。むしろ、農業的な価値を工業と比較すること自体が、何か根本的に間違っているのではないか、農業にはもっと別の深い意味がある、そんな確信が土を大切にする農業を試みているなかから少しずつ育ってきました。

4、有機農法、産直運動と地球環境問題

  ① 地球温暖化

 それでもその頃から急速に叫ばれてきた地球環境破壊の問題を、身近で切実なものとして受け止める姿勢は、まだできていなかったように思います。八十年代の後半に至り地球温暖化やオゾン層の破壊など、環境問題が世界的規模で問題にされてきたとき、私たちは自分たちが選択してきた有機農業や産直運動が、時代と大きく関わってっていることをしみじみと感じました。
 2012年、ブラジル・リオデジャネイロで開催された「国連持続可能な開発会議」(地球サミット リオ+20)では、人類が進めて来た文明の規模が、温暖化やオゾン層の破壊に象徴されるように、地球がもっている生命圏の許容度を超えてしまっているのではないか、という深い危機感が共通の認識となっていました。未来世代のために地球を破滅の危機から救うための行動が、世界的な緊急課題であることが地球サミットで示されました。
 地球環境問題は国家だけでなく企業や自治体の方針変更、そして私たち一人一人の生活様式の変更を迫る重大な問題を含んでいます。特に先進国においては、これまでの経済成長至上主義の抑制が大きな課題となってきています。私たちが細々と始めた有機農法の実験は、私たちの暮らし方やものの見方を根底から変え、空港問題や地球環境の問題を共通の視点でとらえるところまで、ようやく到達したという気がします。

  ② 生物多様性

 また、北総台地の起伏に富んだ農村の風景は、単に雨水の保持力をという観点だけでなく、生物多様性の観点からも重視されるべきです。
 谷津(やつ 谷間に作られた田)や屋敷を囲む林や竹藪、季節ごとの野菜が栽培される畑や田んぼ、そして農地に続く小道や田んぼの畦も含めて、様々な環境がモザイク状に存在するこうした二次的な自然は、原生の自然より生物多様性が高いとも言われています。
 農村の風景は、多くの優れた公益的な機能性を持っているのです。
 重要なのは、こうした環境は、ただ放置していれば自然にできあがり持続していくものではない、と言うことです。そこには農業を通じた人の節度ある生活・生産と自然との関わりがセットとなって、初めて生物多様性に富んだ環境が維持されるのであり、持続可能な世界へと繋がっていくのです。

第4 成田空港問題シンポジウム・円卓会議

 シンポ・円卓会議では、空港公団(当時)が、高度成長期から続く経済拡大を唯一とする価値観を持ち続けたまま、空港拡張(当時はB滑走路建設の二期工事)を主張してきたのに対して、私たちはその価値観を見直す「腹八分目の思想」をもって対峙しました。
 ここではシンポ・円卓会議での具体的な議論・詳細は述べませんが、その結論は、成田空港問題の原因として国・空港側の一方的・暴力的な空港づくりの手法に問題があったことを確認して、国・空港側がそれまでの手法について反省を表するものでした。
 そして以後は、「あらゆる強制的手段」は用いず、誠意ある話し合いにより問題を解決するというという合意がなされました。

第5 誘導路が当該土地(横堀農業研修センター)を通らなければならない理由はない

 本件の当該土地は、今回の第3滑走路計画が持ち上がるまでは、そもそも空港の予定地には含まれていませんでした。
 昨年の6月に、突然、原告から当該土地の譲渡や建屋の撤去を求める通知が一方的に送りつけられ、わずかな期間の間に訴訟を起こされました。
 訴状に添えられた別紙7(略)には、当該土地が第3滑走路への誘導路にかかる図面が載っていますが、最近公表された「『新しい成田空港』構想検討会のとりまとめ2・0(2024年7月)では、第3滑走路に続く誘導路の位置が訴状の図とは全く別の場所を通っており、当該土地からは離れています。空港の拡張計画の変遷からは、当該誘導路が今後何度も付け替えられることが分かりますが、なぜ、そんな手間や無駄を重ねるのかについては、全く説明がされていません。
 原告の訴状や準備書面のどこを読んでも、誘導路が当該土地を通らなければならない理由は書いてありません。訴状の別紙7(略)を見ても、誘導路をわざわざくの字に曲げて当該土地を通らなければならない必然性は見えませんし、当該土地をよける設計が十分可能であることが分かります。
 現に、現在でも空港敷地内の誘導路の近くには木の根ペンションや横堀鉄塔、案山子亭がありますが、空港は平穏に運用されています。
 当該の地権者に何の相談もなく、かってに誘導路がわざわざ当該土地を通る計画を立てて土地建屋の明け渡しを迫る、という空港のやり方にはとうてい承服はできません。

第6 今、空港拡張に反対する理由(地球環境問題)

 空港反対運動も、当初は自分が住んでいるところを守る農地を守る、がメインでした。
 しかし、成田空港の拡張のような巨大開発による環境破壊の問題は、単に飛行機による騒音公害や落下物という地域周辺への公害被害だけでなく、地球の人類の生存、地球全体の生存に関わるところまで事態は深刻化しています。
 待ったなしの地球温暖化に関して、飛行機は温室効果ガスである二酸化炭素の排出量が他の交通機関に比べて桁違いに大きく、また窒素酸化物によるオゾン層の破壊も懸念されています。「飛び恥(Flight Shame)」という言葉が世界的に使われるようになるほど、飛行機の利用には批判の目が向けられるようになっています。
 畑で農作業をしていると変化がよく分かります。昨年は雨が降らない日々が何カ月も続き、雨となるととんでもない大雨が降りました。
 毎年のように熱波や豪雨による大災害が全世界で繰り返され、国連の事務総長に「地球の沸騰化」とまで言わしめるまでになってます。
 地球の温暖化が問題になっているこのときに、土をひっぺ返して、なおさら温暖化に近づくようなことをなぜやるのかと言わざるを得ません。横堀研修センターの周辺がまがりなりも樹木が繁り自然の状態を維持できていたのも、私たちが横堀農業研修センターと共有地を守ってきたからに他なりません。1966年より57年間守られてきた土地が蛮行の対象になろうとしています。更に緑の大地をひきはがし、コンクリートで固めようとすることはあらゆる意味で大罪です。
 それなのに、空港をもっと巨大化させ、高低差が20m以上もあるような谷津や田んぼを埋め、山を削り、コンクリートで固めようとしている。これは今の時代の要請に合致することではありません。
 私たちは空港会社のこのようなやり方を断じて認めることはできません。

第7 おわりに

 今まさに、高度成長期から続く大量生産・大量消費・大量廃棄にいろどられた生活を見直し、腹八分をものさしとした社会を目指して考えていくことが求められています。
 言わずもがなでありますが、裁判官におかれましても、右肩上がりの経済成長ではなく、私たちの子孫に豊かな地球を受け渡す、という観点に重きをおかれることを強く要望いたします。    以上

11・11横堀農業研修センター第4回裁判 栁川秀夫さん

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