生活賃金と物価統制こそ必要
継続する「物価高」に反撃を
西島 志朗
止まらない「値上げ」の波
食品をはじめとする消費財の値上げが止まらない。
「帝国データバンクは29日、7月に値上げを予定する飲食料品が2269品目と発表した。1078品目だった6月から大幅に増え、4月以来3カ月ぶりに単月で2000品目を超える。中東情勢の悪化を背景に、夏以降に広範囲な値上げラッシュが続くとみる。主要メーカー195社を調べた。値上げ品目総数は1〜10月の判明分で9361品目となった。値上げの要因については「原材料高」が97・7%で最も高かった」(日経5月29日)。
ウクライナ戦争と円安で、輸入原材料が高騰し始めて以来、毎年数千品目の消費財が値上げされてきた。2020年の価格を100とすると、25年には、食パンが124、即席麺が117、小麦粉132、牛乳127、食用油144、マヨネーズ150、等々である。
総務省の発表では、2025年の消費者物価上昇率は生鮮食品を除いて3・1%だが、毎年少しずつ値上げしていけば、数年間で20~50%の高騰となる。
「ホルムズ・インフレ」?
「既に物価高が再加速する兆候は見え始めている。消費者物価の先行指標となる企業物価指数は4月に前年同月比で4・9%上昇した。・・・原油高の影響を直接受ける石油・石炭製品のほか、・・・円ベースで見た輸入物価の上昇率も17・5%と22年12月以来の高水準で、消費者物価を押し上げる可能性がある」(日経5月22日)。
先行指標はすでに急騰している。夏以降に広範な値上げラッシュとなるのだろうか? 予測は困難だが、「値上げ」に自然現象のような「必然性」はないことを確認しておきたい。

販売価格、費用価格、利潤
経営学では、販売価格とは、費用価格+利益である。費用価格(費用原価ょとは、 生産原価+販売管理費であり、賃金は費用価格に含まれる。
だから、ある商品の販売価格が1000円で、費用価格が500円であれば、利益は500円となる。いま、原材料価格や燃料代や賃金が上がって、費用価格が600円になった時、同じ価格=1000円で販売すれば、利益は400円に下がるだろう。同じ利益を確保するためには、1100円で販売しなければならない。
小学生でも理解できる単純な算数だ。要するに、利益を減らせば、値上げは回避できる。独占・寡占企業は、費用価格の高騰による利益の減少を、消費者に転化しているのであり、物価高に苦しんでいる多くの国民を犠牲にして利益を確保し、株価を維持し、株主に配当を払っているのである。
マルクスの言葉で言えば、商品の価格は、生産価格(費用価格+平均利潤)であり、生産価格を中心に販売価格(市場価格)は変動する。生産性に変動がないことを前提にすれば、原材料価格の高騰は、総投下資本に占める不変資本部分を増価して、利潤率を押し下げる。賃金の高騰は、剰余価値率を引き下げ、利潤率を下押しする。だから、販売価格と利潤率とは、同方向に変化する。と同時に、長期的には生産価格を反映するとしても、需要と供給の量的不均衡やその他の要因によって、販売価格は常に変動する。
例えば、資本が非消費財生産部門 ― 軍需産業やAIデータセンター建設など ― に集中し、最終消費財生産部門の生産が需要に追い付かずに、生活必需品の高騰を招くことはありうるし、資本主義社会では必然的に、いわゆる「便乗値上げ」や「売り惜しみ」、「投機筋の介入」などが、インフレに拍車をかける。
反対に、販売会社が価格を引き上げても、所得の低迷や人口の減少などの影響で需要が弱く、消費が目に見えて落ち込めば、販売価格の騰貴にはブレーキがかかるだろう。安価な輸入品と競合すれば、国内では「安売り競争」を余儀なくされ、原材料の高騰や賃金の上昇を販売価格に転化できないだろう。
カルテルと買い叩き
「アイスクリームの希望小売価格で価格カルテルを結んだ疑いが強まったとして、公正取引委員会は16日、明治や森永乳業など食品メーカー6社を独占禁止法違反(不当な取引制限)の疑いで立ち入り検査した。関係者への取材で分かった。原材料や物流のコスト増を受け、食料品は値上げの動きが広がる。公取委は物価上昇を隠れみのに価格競争を阻害した疑いがあるとみて、カルテル疑惑の実態解明を進める。立ち入り検査したのはほかにロッテ、森永製菓、江崎グリコ、赤城乳業(埼玉県深谷市)。6社は国内市場で過半数のシェアを持つ」(日経6月16日)
「競争をできるだけ完全に除いて、価格にしたがって利潤を高めようとする目的での、可能な限りの全ての諸企業の利益協定、それがカルテルだ。だから、カルテルは独占的利益協定である」(ヒルファディング「金融資本論2」)。
カルテルの「定義」はこれにつきる。氷菓子製造6社は、2022年以降、ウクライナ戦争による輸入原材料価格の高騰を「口実」にして、足並みを揃えて販売価格を引き上げた。これはもちろん、氷山の一角にすぎない。
カルテルだけが問題ではない。「公正取引委員会は10日、下請法(現・中小受託取引適正化法)違反で再発防止などを求める勧告を、2025年度に39件出したと発表した。前年度から18件増え、平成以降で過去最多となった。勧告と指導を合わせた件数は8300件で前年度から49件増えた。業種別では製造業が全体の36%に相当する3024件で、卸売・小売業が1919件、情報通信業が907件だった。発注側の177事業者から5165事業者に対し、代金の減額分など総額25億円超が返還された」(日経6月10日)。
相変わらず、いわゆる「買い叩き」が横行しているのだ。中小下請け企業の「賃上げ原資」が不足しているのは、「生産性」が低いからではない。本当の原因はここにある。
販売価格を引き上げているのに、中小下請け会社からの買取り価格は抑え込まれたままだ。「官製春闘」で毎年数%の賃上げをしても、「労働分配率」は下がり続けている。当然、利益が増え、株価も上がる。昨年の上場企業の営業利益は、約72兆9000億円。5年連続で「過去最高益」を更新した。
ホルムズ海峡の閉鎖による原材料価格の高騰は、価格転化と供給不足によって、すでに「企業物価」を急騰させている。それは、生活必需品の一層の高騰を招くだろうか? それとも、内需の弱さが、最終消費財の販売価格の引き上げの限界となって、平均利潤を押し下げる結果になるだろうか? いずれにしても、労働者は、年金生活者を含む全ての消費者とともに、「物価値上げ」に反対し、資本の犠牲においてインフレを抑止すべきと要求しなければならない。「物価統制」が必要なのである。
賃金の「物価スライド制」?
物価研究が専門の渡辺努・東大名誉教授は、「物価スライド制」を導入すべきだという。
「労使は物価上昇分を賃金に反映する仕組みを導入すべきだ。春闘で組合がその年の物価上昇率を想定して賃上げを求め、企業が応じたとする。だが想定を超えて物価が上がると実質賃金は目減りする。翌年の春闘で目減りした分の補填を組合が求めた際に企業が支払う仕組みが必要で、政府も導入を促してほしい」(日経5月31日)。
確かに、インフレが継続している時、実質賃金の低下を回避するためには、物価スライド制は有効だし、一部の左派労働組合でも要求しているようだ。しかしそれは、実現したとしても、現状の異常な低賃金を固定化することにしかならない。
だから、「物価上昇を上回る賃上げ」を要求することは当然だが、「物価スライド制」が意味ある制度になるためには、あまりにも下がりすぎた賃金を、まっとうな賃金の水準に、まず引き上げることが必要なのであり、つまり、少なくとも最低賃金の水準を「生活賃金」(時給2000円以上)に引き上げることが、前提である。
2000年以降の20年間で、株主配当は5・9倍になり、内部留保は2・2倍に、経常利益は2・7倍に、役員報酬は1・4倍になった。しかし賃金は0・93倍、つまり低下した。
この現実から「賃金の物価スライド制」という要求は出てこない。配当金と内部留保を犠牲にして、つまり資本の犠牲において、まず、少なくとも役員報酬と同等に、40%の賃上げを行うこと、労働者にはその「正当な」権利がある。アメリカのUAWは、3年前のストライキで「40%の賃上げ」を求めた。その根拠は単純明快。「ビッグスリーの役員たちの報酬は過去4年間で40%増えた」から。
「賃金の物価スライド制」が、何時でも有効なスローガンになるというわけではない。
物価高と闘うスローガン
連合の「リビングウェイジ報告書2024」埼玉県モデル」によると、単身世帯の生活賃金は1250円(自動車保有の場合は1570円)。働き手が2人・子供2人(中学生と高校生)の世帯では、3440円(1人当たり1720円)。働き手が1人・子ども2人(中学生と小学生)の世帯では、2270円である。
全労連は7月10日、「最低生計費試算調査」を公表した。調査に参加した静岡県立大学短期大学部の中澤准教授は「2022年以降、食費や水光熱をはじめとした物価上昇が激しく、・・・政権が掲げる1500円はすぐに達成しなければならず、労働者が健康で文化的な生活をするためには1900円、さらには2000円という水準をめざさなければならない」とのべている。
どちらの調査も、「まともな生活ができる賃金=生活賃金」の水準は2000円程度であることを明らかにしている。1000円を少し超えた程度の現在の最低賃金は、「飢餓賃金」以外の何物でもない。「中央最低賃金審議会」が決定する水準は、「飢餓賃金」を合法化している。最低賃金はただちに生活賃金の水準に引き上げられねばならない。現行最低賃金は「労働力の再生産費用=生活賃金」を大きく下回っているのだ。
左派労働運動は、常に、労働者階級を資本との対決に向かわせ、資本の犠牲において、生活賃金と物価統制を闘いとる方向へ向けた諸要求の体系を提示し続けねばならない。物価高と闘い、「生活苦」から脱出するための原則的な、最低限の要求を、スローガンのかたちで簡潔に整理したい。
◦最低賃金2000円以上、最低賃金を生活賃金に
◦8時間労働・週休二日、残業なしで生活できる賃金を
◦「短時間正社員制度」の導入、全ての非正規の正規化
◦労働者派遣業・雇用仲介業の禁止、没収と公営化
◦消費財販売価格ゅ家賃を含むょの引き下げ、凍結
◦「基礎年金」の倍額支給
危機の構造
バブル崩壊以降の「低価格販売競争」で、「価格転嫁」は進まず、利潤率は低迷してきた。賃金水準を下げ過ぎ、人口減少と雇用の劣化が追い打ちをかけて、消費の低迷を長期化した。国内で稼げない資本は、海外に販売拠点を増やし、販路を拡大した。
この数年間の原材料価格の高騰を、大資本は利潤率の回復に利用した。海外の経済学者から「日本化」と揶揄される長期「デフレ」から、ようやく脱却し始めたところで、「ホルムズ・インフレ」である。今度は、「価格転化」の口実にできるレベルを超えて、原材料の供給制限が生産の継続そのものを脅かすかもしれない。費用価格の急騰が、利潤の確保を困難にするかもしれない。生産と流通と販売 ― この循環が、どこかで滞り寸断されることだけは、なんとしても避けねばならない。
政府と資本は、「サプライチェーン」の再構築を急いでいるが、ナフサ(粗製ガソリン)の供給網の混乱だけを見ても、「夏以降に広範な値上げラッシュとなる」と予想する帝国データバンクの不吉な予想は、真実味がある。
日本資本主義の危機は、
新たな局面を迎えた
▼資本は、AI・半導体関連企業とデータ建設に集中し、株価を押し上げているが、国内産業を全体としてみれば、停滞は続いている。実質GDPはほとんど成長していない。実質GDP成長率の推移

実質GDP成長率の推移
▼この間の「価格転嫁」(インフレ)によって、利潤率はある程度回復してきたが、低賃金・低年金・人口減少による消費の低迷が、一定の限界を形成している。資本は、資本主義の歴史と同じだけ古い「剰余価値実現の困難性」に直面しているのだ。
▼深刻な「人手不足」を背景に、一部の職種で賃金が上がり始めた。過去5年間で、タクシー運転手は40%、建設躯体工事従事者は18%、自動車整備士は14%、賃金が上昇した。労働市場は、バブル期に次ぐ「売り手市場」であり、採用時初任給の引き上げが継続している。
▼人手不足への対応として、AIの導入が生産性向上のカギを握っていると期待されているが、「収益モデルがまだ定まらない技術で巨額の投資だけが先行している」(日経25年10月16日 )と言わざるを得ない。
▼政府は、重点項目とする「17の戦略投資分野」に、官民で370兆円もの投資を行うと発表したが、軍需産業を除いて、いずれも「即効性」に乏しい。企業が政府の計画通りに投資を行う保証はない。だから、毎年10兆円程度の政府支出を追加するとしているが、財源には「赤字国債」が想定されている。「財源の壁」が立ちはだかる。
▼2025年時点で、世界の債券市場の規模(時価総額)は約135兆〜140兆ドル(約2京円)と推定され、これは株式市場を上回る。この市場は国債や社債で構成され、その約60%が国債だ。先進諸国の政府債務は、第二次世界大戦時のレベルを超えている。中でも日本は特に深刻で、それはGDPの2年分に相当する。債権市場はだぶついていて、各国政府は、安易に国債を増額発効すれば途端に信用危機に直結する瀬戸際に立たされている。
▼政府の戦略投資関連部面では、供給制約が目立つ。建設部面では、工事の遅延や計画見直しが多発している。建設関連だけでなく機械製造でも、幅広く受注残の積み上がりがみられる。人手不足がすでに供給を制限し始めているのだ。供給制限は投資コストを膨らませる。
先行きが全く不透明なこのタイミングで、「ホルムズ危機」が、「最も重要な同盟国」の「失策」で発生した。それが、どの程度の深さと広さをもって世界経済とサプライチェーンに影響するのかは、まだ分からない。原材料の供給制限と価格高騰、AIへの先行投資による固定資本(不変資本)の増価、インフレによる消費の減退、労働コストの上昇傾向、「財源不足」、円安の継続、金利の上昇傾向・・・あらゆるベクトルが、利潤率の一層の低下へ向かう危機の新たな局面の方向を向いている。
危機は深刻化する
反撃の準備を
ただ単に財政投資を拡大すれば、民間資本の国内投資が増えるわけではない。それは、安倍政権と黒田日銀の「異次元の量的緩和」が、ほとんど何の効果も発揮せず、金融投資を拡大し株価を引き上げただけだったことで、すでに証明されている。
政府の期待通りに民間資本が実体経済に投資する環境を整備しなければならない。莫大「補助金」は固定資本の増価を軽減するだろう。それは利潤率を引き上げる要因のひとつである。しかし、利潤とは剰余価値(不払い労働)以外の何物でもない。
国内への投資で、資本が期待する利潤を獲得できるようにするためには、搾取率(剰余価値率)の抜本的な引き上げと販売価格の一層の引き上げが不可欠だ。それが、政府が進める「国内投資基盤」形成の最低限の条件である。
▼AIの導入で、高賃金ホワイトカラーを大量に削減すること(ただしこれは、簡単には進みそうにない)。
▼「裁量労働制」の拡大や、労働基準法の「デロゲーション」で、さらに長時間労働と不払い残業を強制すること。これはすでに「定額残業代制」や「名ばかり管理職」「成果主義賃金」などによって既成事実が先行しているが、もし法制化されれば、資本にとって「合法的不払い残業」の拡大は重大な意義を持つだろう。
▼女性と高齢者の労働参加と副業・複業をいっそう拡大すること。これは、低賃金と貧年金の中で急速に進行してきた。生産とサービスのあらゆる部面で、労働を細分化し単純化するスポットワークの利用が進められている。「副業・複業の労働時間通算」を不要とすることも目論まれている。「資本が仕掛ける階級闘争」の核心は、「労働時間規制の緩和」と「雇用の一層の劣化」にある。
労働運動は、「生活苦」との闘いの本格化に備えねばならない。労働組合は、全ての消費者、年金生活、派遣労働者、スポットワーカーとともに、「国民的な生活防衛運動」を組織しなければならない。反撃の旗印は、「最低賃金2000円」と「物価値上げ反対」だ。
(7月12日)


50年前には、消費者団体による物価値上げ反対デモが行われた
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