米はどこへ行った
コラム「架橋」
土嚢のように堆く積まれた米。最後尾の見えない大行列。手ぶらで5キロ袋を抱え、画面から消えていく客たち。
小泉進次郎農水相が「放出」した備蓄米が売られる様子をワイドショーが横並びで垂れ流した。支持率上昇を狙うパフォーマンスは父親譲り。これで「令和の米騒動」が終わるはずだった。
しかしこの光景。列に並べない高齢者や、大規模小売店がない地域の人々には他人事である。安い米は、情報と体力に恵まれた一部の市民しか手にできなかった。
「コンビニでも1キロ単位で売られる」という報道に触れ、私はさっそく訪ねた。年配の女性のコンビニ店長が警戒感丸出しで「お米って、レトルトですか?」と声をひそめた。「備蓄米のことです。あるんでしょう?」「ないですよ。ウチは都心の大きな10店舗にしか置いていません。いつここに来るかも、まったく分かりません」とにべもない。
行きつけのスーパーAでは、従来の米の価格はさらに上がっていた。備蓄米がくまなく店頭に並ばない限り、価格は下がらない。資本主義の市場論理では当然である。
今回の米騒動は、主食の生産、流通の問題に改めて光を当てた。気候変動による不作、減反、農家の後継者不足。国による転作・輸出米生産の推進と地形に合わない大規模効率化の奨励。肥料の高騰と耕作放棄地の拡大。コロナ禍前後の需要の激変―インバウンドの拡大。加えて農水省による実態とかけ離れた作況指数の発表は、生産者―中間業者―消費者の間に楔を打ち込み、疑心暗鬼と分断を加速させた。民営化の波にのまれたJAはじめ、「買い占め」集荷業者に批判が向けられた。政府自民党による長年の農業政策―市場主義の推進と需給調整の怠慢のツケが、「米不足」と「価格暴騰」という形で爆発したのである。
両親が元気な頃は、故郷新潟からふんだんに米が送られてきて、東京からはみかんの箱詰めを送り返し、縁故関係が続いた。うまい米を食べることが当たり前の暮らしは、もはや過去の話になった。
週末は食料の買い出しに走り回る。先日スーパーAで偶然、備蓄米「限定販売」に出くわし初めて買った。税込約2000円、22年産の古古古米である。 (隆)

