駅頭に立つということ
コラム「架橋」
「お前たちが女子高生を殺したんだ。この人殺し」。休日のターミナル駅前。沖縄・辺野古新基地の工事中止を求める情宣での出来事だ。長身の男は、大声で吐き捨てると立ち去っていった。
こうした誹謗中傷は、今に始まったわけではない。まず1対1で口論が始まり、やがて相手が興奮してくる。男は去っては戻り、何度も難癖をつけていた。今年3月の辺野古沖平和学習での小型船転覆。高校の研修旅行は40年以上続けられてきたが、事故以降バッシングが続いている。
毎月23日の「狭山23デー」。石川一雄さんが不当逮捕された1963年の5月23日にちなんで、再審開始を求め行動に起つ日だ。そして「反原発」の宣伝がある。
いずれも参加者が交代でマイクを握るリレートーク形式。約1時間を人数で割っても、話し始めるとついつい長くなる。内容は使い回しでもいい。学習不足でも情勢に変化がなければ、重要な点を繰り返し訴えればいい。他者といかに差別化するか、慣れれば余裕も生まれてくる。
自分が住む街で駅前に立つことは、勇気が必要だった。しかし今は楽しみでもある。袴田巌さんの無罪決定以降、人々はえん罪に関心を寄せ敏感になっている。ビラの受け取りと署名の数に、それが如実に現れている。
私は1980年代初頭に政治活動を始め、すでに40年が過ぎた。思えばこの「同志関係」が人生最長の人間関係か。3・26決戦で命を落とした先達は「人間が丸くなった」と自身を見つめた。20歳代では早すぎる言葉か。
還暦を過ぎ、42年間勤務した前職同僚の夢をよく見る。奇しくも「ナフサ不足」でテレビ局の取材を受ける、懐かしい生産現場だ。過去への思いは時間とともに変わる。いつも誰かに助けられ、今日まで生きてきた。
「集会の写真を貸してほしい」ーーある夜、地元のA氏から電話があった。B氏が私の名を挙げたという。融通して仕事を分け合う営為は、実に心地よいものだ。
運動だけの間柄から飲み友達に。毀誉褒貶もあろう。それでも人間の考えることは、そんなに大きく違わないと悟るこの頃。もちろん冒頭の妨害者を除いての雑感。私もいよいよ丸くなったか。(隆)

