深夜の大病院

コラム「架橋」

 午前中は図書館にパソコンを持ち込み原稿の執筆。午後は地域のボランティア活動。曇天の日曜日、夕食後に寝転んで本を読んでいた。
 頭のふらつきを感じつつ、すぐに治るだろうと放置していた。入浴後は滝のように冷や汗が流れ、上半身を起こすだけで激しいめまいが起こるようなった。
 起き上がれないのだから自力では病院に行けない。「#7119」で現住所を告げると、看護師は近隣の医療機関を挙げた。どれも通院歴があったがすべて受け入れを断られた。「救急車を呼んだほうが早いですよ。軽症でも気にすることはありません」――最後のひと言が決め手となった。
 救急隊に抱えられて階段を降り、ストレッチャーで明治通りに停車中の救急車へ。車内で隊員による問診や検査を受けた。「それでは耳鼻科と脳外科があるA大病院に行きましょう」。政治家や大物俳優など著名人を診た国内屈指の巨大施設である。
 15分後、救急入口から入棟するとすでに患者と家族が何組もいた。若いスタッフが苦労の末に左腕の採血血管を探し当て、生理食塩水の点滴を始めた。2回のMRI検査まで1時間も待たされた。地球防衛軍秘密基地のような薄暗い廊下を何度も曲がった。無機質な検査室は冷房が強く、ガタガタと震えながらじっと仰臥していた。
 「良性発作性頭位めまい」――脳と全身には異常がなく、耳石の移動による症状との診断で、5日分の投薬処方を受けた。3社目でやっと確保したタクシーのライトがERの看板を照らした。帰宅したのは午前2時過ぎ。翌月曜はポカ休。火曜日に出勤すると派遣職員が第一声で経過を尋ねてきた。
 同じ症状で連れ合いは薬を持ち歩いていた。まさかの自分は血圧が高く、耳鳴りや立ちくらみ、気圧変化のような圧迫感が頻繁に起きていた。奇しくも地域の活動仲間が「脳梗塞になった」と聞かされたばかりだった。
 救急車内での問診で、およその診断がついていたのだろう。昼夜を違わず駆けつける救急隊と、病棟のスタッフには頭が下がる思いだ。かたや相談電話で患者を拒絶した地元病院は何だったのか。「軽症」と察知してトリアージしたのだろうか。    (隆)