読書案内『環状島=トラウマの地政学』
宮地尚子著 みすず書房(2018年、新装版) (上)
伊井未来
本書で取り扱われているのは、「トラウマについて語ることの可能性、そして語る者のポジショナリティの問題」である。環状島とは、宮地尚子さん(一橋大学大学院教授、精神科医)によるトラウマを説明するためのイメージ(メタファー)である。(以下、「著者」は宮地さん、「筆者」は本稿筆者を表す。敬称略。)環状島がトラウマにおいて形成され、〈内海〉の深淵は出来事の中心であり、傷ついた人が尾根まで〈内斜面〉を登り、自分を取り戻そうともがいている。外海から尾根までは〈外斜面〉に支援者の姿がある。そこで生じる風や重力が、対人関係の混乱や葛藤などであり、社会の否認や無理解がある。運動内部での軋轢や対立はそうした構造から生じる。臨床や対人援助の経験を基にしつつも、社会的な運動のあり方全般に関わる視点について提起されている。複合的に差別の問題をとらえること、ポジショナリティ(立ち位置)、そして、アイデンティティの重要性。差別の問題は、重たいテーマであり、歴史的社会的政治的にとらえることはとても重要であるが、本書の視点も必要と思われる。著者は、本年1月の番組「100分de名著」(2025年1月の再放送)において、『心の傷を癒すということ』(安克昌著)の解説をされている。主な引用部分にあたるところは「」にて示しているが、紙幅に限りがあり、章の内容をまとめている。また、筆者が思ったところについては、( )内にて、触れている。
1 トラウマについて語ること―環状島というモデル
トラウマについて語ることについて、「なぜあなたがその問題について語ることができるのか?」…問いは生まれ、自身を責めさいなむ。周りからの批判が気になって、言葉を控える。当事者から激しい感情をぶつけられることもある。燃え尽きず、関わりつづけるのはたやすいことではない。「逃げる」という選択肢がある分、支援者が関わりつづけることは難しい。支援者や代弁者が委縮したり、傍観者になると、当事者が声を発する機会を奪うこととなる。「非当事者だからこそできることがあること。核心の「ずっと手前」でたんたんと仕事をすることには大きな意義があること」とされる。
2 〈内海〉に沈む被害者たち
被害内容が重く、症状が重い人ほど、救済がされにくくなることがある。なぜなのか。被害届を出したり、事情聴取に応じたり、証言に立ったりというプロセスに耐えられなくなる。訴える気力も奪われる。被害を訴えても、「なぜもっと早く助けを求めなかったのか」と、逆に疑問が呈される。フラッシュバックやパニック発作などの症状がひどい場合は、幻覚や妄想等と疑われて、信用性に疑問が呈されることがある。裁判を乗り越えるには、時間、経済的資源、支援者が必要となる。自分を責め、加害者に怯えつづけながら生きている。一方支援者は、同一化したり、被害者を支配しようとすることもある。「共感疲労」が起きたり、燃え尽きてしまうこともある。重要なことは、当事者や非当事者が島の上に立ちつづけ、発言しつづけることである。
3 環状島の生成過程―セクシュアル・ハラスメント裁判から 1
『さらば、原告A子―福岡セクシュアル・ハラスメント裁判手記』(晴野まゆみ著、海鳥社2001)
1989年に日本で初めてのセクシュアル・ハラスメント裁判を起こした原告・晴野まゆみが、1992年の裁判勝訴後、10年目にして出版した。「味方の弁護士や支援者との間で起きたさまざまな齟齬と傷つきのほうが深く作用した…一連の流れや動きに、環状島特有の地勢が鮮やかに顕れている」とし、当事者と支援者との間で生じた葛藤について、著者による考察がなされている。坂井フタという歴史上の人物を、晴野は裁判中ずっと心の支えとした。坂井は函館遊郭の遊女で、1900年、函館地裁で初の「遊女の自由廃業権」を訴え、一度は敗訴したが大審院に控訴し、勝利判決を得た人物。遊女たちは当時、金銭で身を売られ縛られ、自分の意思による廃業を認められていなかった。坂井が「遊女は家畜にあらず」と訴えた裁判は全国に知れ渡り、遊女たちの間で自由廃業を求める声が広がる。彼女の後に続いた遊女たちの多くは、置屋からリンチを受けて廃業を諦めさせられる。「私は一人の遊女が弁護士に宛てて書いた裁判取り下げ願いを読んで目頭が熱くなった。多分教育を受ける機会もなかった遊女が、たどたどしい文字と文章で弁護士に詫び、この身が辛くて仕方ないので訴えを取り下げてほしいと懇願していた。その無念を思うと哀れだった。同時に坂井フタさんの決意に頭が下がった。私も彼女を見習おう。どんなことがあっても初志を貫こう…そう決めていたのだ。」(『手記』)。「遊女でありながら法的権利を主張した坂井の存在は…性の二重基準が女性の声を抑え込むからくりをしっかりとみすえるための、重要なロールモデルでもあった」。晴野を囲んで七人の女性弁護士から成る弁護団と支援の会が結成され、裁判が始まる。しかし、晴野自身は自分と原告A子の間、自分と支援者との間に溝を感じはじめる。「支援者から『この人が何もしない原告』と言われたこと…いてもいなくても気づかれなかったことに深く傷ついた」。「7時間もの弁護団会議でさまざまなことを詮索され…法廷の廊下で(証人に)平手打ちを食わした後、弁護団や支援者からひどく非難され…晴野の心に深い傷をもたらした」。2年8カ月の法廷での戦いの末、裁判は全面勝訴で終わる。支援者との間に決定的な亀裂が生じ、…実名を公表し自分の言葉で裁判の経過を綴るようになる。著者は、社会運動の中で当事者と支援者の間に葛藤や対立が起こること、〈風〉はない方がおかしいとする。(1)〈支援してあげる・してもらう〉というつながりは、支援する側にも「やってあげている」という意識が生まれる。(2)支援者は当事者に自分の思いを仮託し、当事者に同一化する。逆に、当事者も支援者に同一化する。共通点をもちながらも、さまざまな差異をもつ。平等を重視するほど、差異は抑圧されていく。(3)被害者はつねに脅威や恐怖感にさらされている。けれども加害者はいない。(4)運動には具体的な目標がある。運動に関わる以外の属性を捨てさせられ、自由を制限させられる可能性は高くなる。社会や加害者からの攻撃や圧力が、当事者と支援者の間の葛藤に転化し、傷つけ合いとして表出しやすくなる。(2024年8月の番組「ザ・世界仰天ニュース」において、本裁判について紹介され、番組の最後に、晴野さんご自身も映像にて話されている。また本年10月には、本裁判に着想を得た映画が上映される。)
4 複数の環状島―セクシュアル・ハラスメント裁判から 2
なぜ晴野は声を挙げつづけられたのか。「五年後、十年後に続く人たちのために」という使命感の強さ、「自分の存在価値を汚されたまま泣き寝入りするわけにはいかない」という、自己尊重感を持っていたこと…それが「女性としての人格を貶められた上に働く権利を奪われた怒り」という裁判の原動力につながった。
(つづく)

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