世界自然遺産の落とし穴

コラム「架橋」

 落とし穴ではなく、欺瞞と書くべきなのかもしれない。2021年7月に世界自然遺産に登録された奄美大島のことである。たとえ基地開設が世界自然遺産登録に先立つ時期だったとしても、奄美大島の自然を破壊してミサイル基地を開設したことは、世界自然遺産に対する大きな欺瞞である。しかし、私がここで問題にしたいのはそのことではない。
 奄美大島の南端部に嘉徳浜(かとくはま)という自然海岸があり、嘉徳川がそそいでいる。この場所は国立公園に指定されており、きれいなアダンの砂丘も広がっている。
 砂浜はアカウミガメとアオウミガメの産卵地になっており、2002年にはオサガメの産卵も確認されている。オサガメとは2億年前、つまり恐竜の時代から姿を変えていない古代ガメであり、日本での産卵の記録はこの浜でだけである。また天然記念物のオカヤドカリをはじめとするヤドカリ類、絶滅が危惧される希少な貝類も6種確認されている。
 また、嘉徳川は奄美大島で唯一の砂防ダムのない川で、リュウキュウアユが生息している。リュウキュウアユとはアユの琉球列島の固有亜種であり、沖縄島の個体群は絶滅し、今では奄美大島にのみ生息している。
 このように嘉徳地域は生物の多様性に富み、地元の人たちはこの海岸を「奄美のジュラシックビーチ」と呼び親しんでいる。鹿児島県はこの砂浜を破壊し、全長180メートル、高さ6・5メートルのコンクリートの護岸を建設しようとしている。
 私たちは自衛隊のミサイル基地の瀬戸内分屯地の訪問を終えた後(かけはし2022年5月23日号参照)、この浜辺を訪れた。護岸工事に反対している人たちが監視活動をしていると聞いたからである。
 アダンの砂丘に沿って、車がやっとすれ違うことができるぐらいの車道が走っている。その道路に軽ワゴンが止まっており、女性が一人立っている。彼女は奄美市の中心地である名瀬から土日を除く毎日、一時間程かけて監視のために通ってきている。
 彼女の話を聞き、質問する。「世界自然遺産なのに、なぜそんな工事が認められるのか」と。彼女の答えは、「海岸部は自然遺産になっていないんです」。世界遺産登録のなんという落とし穴。工事を予定していた行政が意図的に外していたのなら、なんという欺瞞。
 アダンの砂丘を抜けて、砂浜に出る。砂浜は小さな湾に沿って伸び、波が浜を洗っている。
 浜の西端で嘉徳川は海にそそいでいる。その川の左岸に沿って高さ6・5メートルのコンクリートの壁がアダンの砂丘を断ち割り、浜辺を横切り、海の中まで180メートルも続いていくことになる。護岸を計画した人間は、この浜辺に立って海を眺めたことがあるのだろうか。
 国際自然保護連合は自然遺産登録推挙にあたり、嘉徳川水域を緩衝地区に編入するよう環境省に打診したという。しかし、環境省がその件を検討したという話を聞かない。
 その嘉徳川が21年6月、白濁した。上流では弾薬庫の建設が進んでおり、当然、工事の影響が考えられる。原因調査の要望書が住民等から出されているが、きちんと調査はなされたのだろうか。ここにも欺瞞が潜んでいる。
 詳しい情報を得たい方は、スマホで「奄美大島の嘉徳浜」、「嘉徳川の白濁」で検索を。   (0)

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