吉村昭の残したもの
コラム「架橋」
映画「雪の花―ともに在りて」を見た。今年1月に公開された作品で、製作委員会が作り松竹が配給した。
原作は吉村昭の同名の小説である。生家のあった地元自治体は、中央図書館内に記念館を併設し彼の偉業を称えている。過去に映像化された作品も数多く、館内のホールで上映会を開くこともある。
吉村は、徹底した取材を基に歴史文学、記録文学というジャンルを確立した。作者自身と取材対象の感情を排除した筆致に特徴がある。書き起こすその日の気象状態までをも丹念に調べ、読者はその場にいるような臨場感を味わう。私が読みだしたのはここ数年間だが、すぐに虜になった。この原作もすでに読んでいた。
江戸時代末期の天保8年(1837年)、福井県。福井藩の領内には「天然痘」が広がり、折からの大凶作と相まって餓死者・病死者が増え続けた。とりわけ、感染力が強いと恐れられた天然痘の犠牲者は、なすすべもなく大八車で次々と捨て場に運ばれた。町医者の笠原良策(松坂桃李)はこの光景を、手をこまねいて見ているだけ。医師としての自分の無力を恥じた。
無名の漢方医が人々を救いたい一心で蘭学を学び、苦心の末に種痘術を導入。治療と予防の方法を普及させていく物語である。すなわちワクチンによる免疫療法だが、蘭学への無知や偏見、幕府・藩の権力と反対勢力。長崎―大阪―福井へと「種痘の苗」を移送していく地理的な困難さなど、さまざまな試練を乗り越え、不治の病を克服する医療映画である。
松坂の凛とした演技と、妻千穂(芳根京子)の献身。京都の蘭方医日野鼎哉(役所広司)、同じ町医者の大武了玄(吉岡秀隆)ら、志を同じくする者たちの、損得無縁の協同が感動を呼ぶ。舞台設備や撮影技術、町民たちの所作のありふれを差し引いて余りある、医療人の心意気が胸を熱くする。
時代劇を描く吉村作品の醍醐味は、吹雪の峠を行く行軍、あるいは少数による決死の「山越え」に多い。本作でもそのシーンがクライマックスではある。展開が早く消化不良を伴うかも知れない。原作や梗概に触れた後に、人気絶頂の俳優陣の演技を見つめるのが、私のお勧めである。 (隆)