社会運動におけるわれわれの方向性と任務(5)

第四インターナショナル第18回世界大会決議

3.否定的な面では、目に見える反トランス潮流の進展に注意する―そして、覚醒し、反対するためのより効果的な方法をみつける―必要がある。この傾向は、レズビアンやゲイの、そしてごくたまにバイセクシャルの諸個人に限定されるものではなく―その最も著名な人物の多くはシス女性である―非常に多くの場合、活動家の中では少数派ではあるが、それにもかかわらずきわめて有害である。政治的には、極右活動家と共通の大義名分を得て喜んでいるように見える者がいると同時に、ジェンダーやセクシュアリティは固定的なもの(ときには神から与えられたもの)であるという考えをもてあそぶ「性の権利」というビジョンを奨励したいと考える者がいるというより広範な構図にいかに当てはまっているかを目にすることができる。そして、そのことによって、子どもや若者を「保護」するという必要性に影響を及ぼし、深い分裂が引き起こされるのである。こうした潮流のほとんどはまた、性的な活動や性的表現に対して否定的で、セックスワーカーと呼ばれる人びとを深く敵視している。

4.しかし、より肯定的な面では、以下のようないくつかの進展が見られる。


 対抗できるほどにまで極右思想が台頭しているにもかかわらず、若者の間では、セクシュアリティやジェンダーの表現を探求する人々に対して、多くの文脈でより肯定的な態度が見られる。これは、ノンバイナリー[ジェンダーアイデンティティが男性でも女性でもない、あるいはその両方の要素を含む、と認識する人々]やアジェンダー[性別の概念から自由でありたい、あるいはそもそも性別という枠組み自体が自分には関係ないと感じる人々]といった新しいアイデンティティの発展/拡散につながった。そうした新しいアイデンティティは、以前の時代には同じようには存在しなかったし、いくつかの文脈においてある程度までは、トランスフェミやトランスマスクの人々にとって社会的枠組みを分断するものである。断片化という点で、ここにはいくつかの危険性がある。以前の闘争期からの教訓が、それを探求するための強力なチャンネルを持っていないという事実が、それをさらに悪化させている。さらに、周縁化された人々に対して後期段階の資本主義が課しているアトム化と孤立のレベルは、フラストレーションから生まれる宗派主義をもたらす可能性がある。


 とりわけ先進資本主義諸国において、HIV/AIDsをめぐって浮かび上がったいくつかの教訓と実際の組織化の方法は、最も危険にさらされている人々を保護するために国からの保護の提供を求める闘いという点で、新型コロナウイルス感染症のパンデミックに対応したより積極的な集団主義的組織化に影響を与えた。エムポックスウイルスは実際には同じような影響を持っていないとはいえ、環境危機が他のパンデミックを不可避とする世界において、われわれはこれを基盤としていくべきである。


 トランスやレズビアンの活動家を含む多くのクィア活動家が、身体の自己決定権のための闘いを擁護し、拡大するキャンペーンに目に見える形で関与している。中絶の権利を法律と実践において擁護し、拡大するための闘いは、多くの地域と大陸で重要な意味を持ち続けている。同時に、こうしたキャンペーンにクィア活動家が参加することで、トランスの人々、特にトランスの若者たちによる肯定的な意味を持つ医療を求める闘いに対してより広範な支持を得ることができた。


 「ブラック・ライヴズ・マター」運動の間、ブラック・トランス・ライヴズについての具体的な言及が可視化されたことは、特に心強いことであった。このことが、さまざまな地域における黒人運動や先住民運動とクィアおよびトランスの運動との関係について何を物語っているかについて、われわれは結論を引き出せていない。


 急進的なクィアやフェミニストの活動家たちが、ハマスの疑いようのない性差別主義や同性愛者に対する差別主義を口実にしたイスラエル社会のピンクウォッシング[イスラエル政府がLGBTフレンドリーであると積極的に宣伝し、パレスチナの実効支配という負のイメージを作り変え、覆い隠すこと]を拒否し、パレスチナと連帯する姿がしばしば目撃されている。こうした活動家たちは、パレスチナの女性とLGBTIQA+の人々が等しくイスラエルによるジェノサイドの犠牲者であること、イスラエルの支配下(「グリーンライン」[イスラエルが1948年に画定した国境線]の内外)におけるパレスチナのLGBTIQA+の人々への抑圧はパレスチナ人であることを標的とするアパルトヘイト法によってさらに強化されていること、イスラエル社会は西ヨーロッパやアメリカ大陸の資本主義民主主義国家と比較しても、女性やLGBTIの権利のモデルとはほど遠いことを正しく指摘している。これらの組織や代表団は、この地域のクィア活動家や組織、そして国際連帯運動内部で活動する人々の双方によって、より長い期間にわたっておこなわれてきた活動を基盤としているが、昨年以降、この運動が国際的に成長するにつれて、より明白になってきている。一部の国(たとえば当初においてはデンマーク)においては緊張が見られたものの、全体的に見れば、これはクィア運動の重要なセクションを以前よりも可視化し、反帝国主義的アプローチと明確に一致させ、以前は壁となっていたかもしれない地域社会にとってよりアクセスしやすいものにした発展であった。これらの活動家によって提起された点は、より広範な連帯運動の言説に統合される必要がある。

補足3 反レイシズム

 レイシズムと人種差別問題へのすり替えという点では、結論で述べたような困難があるにもかかわらず、二つの大きな世界的な出来事がこれらの運動に強い影響を与え、分裂させることになったことに注目するのは有益である。つまり、2001年にダーバンで開催された国連の「人種主義、人種差別、外国人排斥および関連する不寛容に反対する世界会議」と2001年9月11日の同時多発テロがそれである。ダーバン会議において、白熱した議論と主張の対立の中心となったのは、シオニズムが人種差別の一形態であるかどうか、反ユダヤ主義の高まりはイスラエル国家のさまざまな政府によるパレスチナ人への抑圧が原因によるものかどうか、過去に奴隷制に関与したすべての国家からの個別的謝罪という要求や奴隷制を賠償をともなう人道に対する罪として認めること、難民の権利や民族的・文化的・言語的・宗教的マイノリティを保護する必要性の再確認、ロマや移動生活者に対する差別、性差別とレイシズムの間の関連性を明確に認めることをめぐってであった。ニューヨークの世界貿易センタービル・ツインタワーへの攻撃は、新たなレイシズム、つまりイスラム嫌悪を増幅させる口実として利用された。いくつかの国々(フランスやベルギー)においては、そのことを認めるのに大きな困難を生むことになった。レイシズムとの闘いにおいて、重要な転換が二つあった。つまり、1990年代には、生物学的レイシズム(人類にはそんなものは存在しない)が放棄され、文化的レイシズム、後には宗教的レイシズムに取って代わられたこと、2000年代には、国家による反レイシズム、および国家による外国人嫌悪(ステレオタイプと偏見)や個人間での差別との闘いに基づく道徳的反レイシズムが、人種差別を受けている人々の若い世代が牽引するより急進的な運動に追い越されたことである。そうした人々は、組織的・制度的・構造的なレイシズム、とりわけ国家やその機構・政府によって作り上げられたレイシズムに立ち向かうことを望んでいる。

 2020年、三つ目の出来事が反レイシズムの現場を震撼させた。1960年代の公民権闘争以来の大規模な反レイシズム動員である「ブラック・ライブズ・マター」がそれである。世界中で、何十万人ものデモ参加者が街頭に繰り出し、われわれの社会における黒人やアフロ系住民の居場所(心の脱植民地化、教育、博物館、公共空間)を根本的かつ永続的に変えることを要求した。これらの闘いは、特に警察の暴力とレイシストによる行動を浮き彫りにした。

 今後、レイシズムとの闘いは、民族的・宗教的マイノリティ、移民・亡命希望者、亡命を拒否された人々、反ユダヤ主義、イスラム嫌悪、黒人嫌悪、ロマ嫌悪(少なくともヨーロッパでは)など、あらゆる形態のレイシズムに関わるものでなければならない。抑圧され、人種差別を受けている人々の自己組織化を支援する一方で、交差マルクス主義的なアプローチを守りながら、これらの闘いを急進的で、広範で、多元的で、統一的な運動(収斂する闘い)に統一するよう努めなければならない。独裁政権を支援し、欧米・ロシア・中国の多国籍企業のための原材料を支配・略奪するための帝国主義的政策や戦争、グローバル・サウスにおける構造調整政策や債務、地球温暖化、大都市への移住のさまざまな原因などの間の関連性を明らかにすることは、われわれにかかっている。それゆえ、国境を開放し、移動と定住の自由を防衛する一方で、同時に、グローバル・サウス諸国が発展することができ、知識人を維持できるように要求するのである。

 最後に、ファシズムと闘うということは、極右政党と闘うことを意味し、極右政党の存在とその考え方を政治の舞台で常態化させるためのあらゆる構造(メディア、国家政策、政府与党)と闘うことを意味する。それは、ファシストの脅威と闘うための同盟について、戦略的(長期的)に、戦術的(短期的)に考えることを意味する。われわれの反ファシスト闘争において不可欠なことは、国家権威主義と抑圧の主要な標的となっている人々と極右の具体的な標的となっている人々との間に、このような結合を作り出すことである。こうした人々には、移民や人種差別を受けている人々、女性、LGBTQIA+の人々、民族的・宗教的マイノリティ、労働組合員やその他の左翼活動家が含まれる。われわれは、こうした抑圧を最も激しく経験している人々の存在なしには、反ファシスト闘争を強化することはできないだろう。これらの抑圧に立ち向かうことができるためには、社会一般とファシスト・イデオロギーにおける人種差別の重要性を認識することが必要である。
(おわり)