より少なく働き、より良く暮らし、より良く働き、良い人生を生きる

 無駄で有害な生産や消費を排除することによって最終的なエネルギー消費を根本的に削減することは、論理的には、有給の社会的労働の時間を根本的に削減する効果がある。この削減は集団的なものでなければならない。資本主義の浪費はその規模が大きいので、その抑制は間違いなく、週労働時間の非常に大幅な削減(半日労働へ)と定年年齢の大幅な引き下げの具体的な可能性を開くだろう。この削減へと向かう傾向は、必要な労働リズムの削減、および(主に女性が無償でおこなっている家事労働の一部を社会化することを含めて)人々と生態系のケアをするために必要な社会的・エコロジー的再生産作業の増加によって部分的に相殺されるだろう。民主的な計画作成は、さまざまな方向へのこうした動きを徐々に明確にしていくために不可欠である。資本主義的成長からエコ社会主義的に脱却することは、労働を[量的にも質的にも]二重に転換させることを意味する。量的には、われわれの労働は大幅に減少する。質的にも、労働を良き生活の営みとするための条件、つまり労働を人間同士(したがって男女間でも)、あるいは人間とその他の自然との間の意識的な媒介とするための条件が整うことになる。労働と生活のこの深い変容は、主に先進国の労働者階級の中でも最も賃金の高い層に影響を与える消費の変化を補って余りあるものだろう。