12.18大阪「防衛3文書」を斬る!

今こそ「防衛」ではなく平和の準備を
一人ひとりの人権の問題として考え・行動を

 【大阪】止めよう改憲!おおさかネットワーク主催の講演会が12月18日、大阪PLP会館で開かれ、130人の市民が参加した。

体力弱るも軍拡
強行の岸田政権
 中北龍太郎さん(ネットワーク共同代表)が主催者あいさつをし、「核返還に伴うブタペスト合意(ウクライナ・ベラルーシ・カザフスタンが核不拡散条約に加盟したことに関連して、『協定署名国─アメリカ・イギリス・ロシア─がこの3カ国の安全を保障するという内容)』にもかかわらず、ウクライナのオレンジ・マイダン革命後ロシアはクリミアを併合、第2次チェチェン戦争、そして2022年のウクライナ独立記念日2月24日にウクライナを侵略した。この侵略を口実に岸田政権は大軍拡に舵を切った。その背景には米中対決がある。日本は米戦略に沿って、従来のタテの役割からタテとホコの役割を担う方向に転換。その象徴である敵基地攻撃能力は、専守防衛の枠を破棄し民間をも攻撃する。改憲について、今年の憲法審査会は衆院7回、参院4回開かれ、それを維新の会がリードした。国会の改憲勢力3分の2を確保した岸田政権は黄金の3年間を手にしたが、国葬と統一教会との黒い癒着を解明しないまま、救済にはほとんど役に立たない被害者救済法を成立させた。支持率は下がり続けて、体力が低下している中で軍拡へ強硬路線を取っている」と批判。
 続いて、青井未帆さん(学習院大大学院法務研究科教授)が「『防衛3文書』を斬る」と題して講演をした。以下要旨。

青井未帆さんの講演から

敵基地攻撃
能力とは
 閣議決定(2022年12月16日)された国家安全保障戦略【NSS】の17ページに、改訂の理由・目標が書いてある。「力による一方的な現状変更が恒常的に生起し、我が国周辺における軍備増強が急速に拡大している。ロシアによるウクライナ侵略のような事態が発生することは排除できない。このような事態に対処すべく、防衛力を抜本的に強化していく」と述べている。どうするのかというと、既存のミサイル防衛網だけでは完全ではなく、鍵となるのはスタンド・オフ防衛能力を活用した反撃能力であることが明記された。
 この反撃能力は、我が国に弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合、武力の行使の3要件(存立危機事態であり・他に適当な手段がない場合・必要最小限の実力行使)に基づき反撃する能力と定義されている。この3要件の中には、我が国と密接な関係にある他国が攻撃された場合が含まれている。この反撃能力を行使して、相手からのさらなる武力攻撃を防ぎ、国民の命と平和な暮らしを守っていくと続く。
 この閣議決定は、2014年憲法解釈を変更し、集団的自衛権の行使を容認した閣議決定の効果であると思う。この文章には全くリアリティがない。

政府・憲法問題
は決着済み
 岸田政権は国会の議論が全くない事柄を、閣議決定した。有識者会議がどれだけ論議をしたのか疑わしい。有識者会議は国会で論議させないためにもたれるものだ。圧倒的に論議が不足している。民主主義が無視されている。
 2014年の閣議決定の翌年2015年安保法制法が成立したが、「私たちの頭の中では憲法論は59年の砂川事件判決で決着済みでした。憲法は九条で権力不保持をかかげるが、自衛権は否定していないと最高裁は判断し、しかも自国を守る個別的なものとは限らなかった。安倍首相は、『俺が言うことを聞くのは、』最高裁だけだと言っていました」と、元安倍首相のブレーン:兼平さんは述べている。
 NSSが防衛問題というのは、本当に「我が国」の防衛問題なのか。そうだとしたら、我が国にミサイルが飛んでくることを国民は覚悟せよというべきだ。台湾有事という言い方で、国民の気を引こうとしているが、この有事はどことどこの有事なのか。肝心なことに政府は触れていない。石井暁記者は「台湾有事と日米共同作戦─南西諸島を再び戦禍の犠牲にするのか」(世界22年3月号)でそのことを指摘している。また、「沖縄 憲法なき戦後」(小関彰一・豊下楢彦著)では、自衛隊に指揮権がない状態では、共同作戦とは言えないことが指摘されている。

  憲法の外の番
外地の拡大
 ここから、憲法についての少し理論的な問題を話してみる。
 NSSでは他国防衛のために日本が先制攻撃をすることまで、憲法上可能となる。これは前述のとおり2014年7月1日の閣議決定の反映なのだが、他国防衛まで自衛に含めるとなると、憲法論はどこまで可能なのか。
 政府見解では、憲法論はすでに決着済みとなれば、この問題は政府の方からは言及しない。我々が指摘する以外にない。政府の憲法解釈論には限界があること、憲法を超えた平和主義構想が必要である。「我々には憲法がある」だけではもたないが、平和問題は憲法問題ではない。
 ポツダム宣言の受諾による軍の不存在という憲法的事実が出発点である。サンフランシスコ講和条約第5条では、主権国家として国際法上の自衛権を保持することを明らかにした。以上が根拠となり自衛隊が創設されたが、これは憲法に基づく決定ではない。
 またポツダム緊急勅令は、憲法に関わりなく、憲法外において法的拘束力をもつ(政令201号事件、最大判S28年4・1)。

NSCに「おまか
せ」の安保政策
 何が憲法外の事実として議論の前提に置かれてきたのか、ということを考えなければ、日本の安保政策は理解できない。日本の国内憲法秩序に閉じていない番外地があるということである。日本政府は、武力行使との一体化論について、「あらかじめ、類型的に一体化が生じないような行為を限定して、その範囲内で一体化が生じないように行う」(1998年衆議院予算委員会、大森法制局長)と述べている。つまり、狭い独自解釈を取ることで、国際法や憲法との接触を回避してきた。その一方で、憲法外の事実が「日米同盟の深化」により膨らんでいった。今日では、米国と中国との関係次第で、「台湾有事」へ自動参戦し(2015年安保法制法)、他国防衛のために敵基地攻撃をも憲法上問題なしとされた。
 国家安全保障会議(NSC)を司令塔として安保政策を決定していく。だがこれは基本的に「おまかせ」体勢である。特定秘密なので、内部のことは分からないブラックボックスだ。
 2017年朝鮮半島危機について、河野前幕僚長が引退後の著書で「存立危機事態や重要影響事態が想定されていた」ことを明らかにした、「米国が軍事行動に踏み切る可能性も6割あると思った時期もあった」と。「私の責任で頭の体操をした」のだが、後ほど行政文書開示請求により明らかになった情報によれば、米国防省次第であった。安保政策の正当性は、憲法理論によってはもはや担保されない。
 
戦争ではなく
平和の準備を!
 憲法を超えた平和主義構想が必要だ。重層的な統制方法の構築が必要だ。平和と人権を一体に、個々人の問題としてとらえること。SDGsのように、次世代へと安全をつないでいくことが当然だと考える人が増えていけば、国家の安全ではなく、個々人の安全をどう保障するか、つまり人間の安全保障を考える。戦争ではなく、平和の準備を!

 質疑応答があったが省略する。連帯のアピールが2つあった。山本健治さん(憲法をかってにさせない高槻市民の会)「毎月24日にロシア総領事館前で、停戦のために行動を」、根本博さん(南西諸島への自衛隊配備に反対する大阪の会)「宮古島、石垣島、与那国島、沖縄島、奄美大島、馬毛島と全体が要塞化されつつある。これらの島を戦場にするな」。
 最後に、松岡幹雄さん(事務局)がまとめをして終了した。     (T・T)

憲法を超えた平和主義構想を、熱弁をふるう青井美帆さん(12.18)

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