帝国主義の諸形態、ロシア、中国 歴史的文脈を中心とした論争への寄与(抄訳)(上)
ピエール・ルッセ
現代の光に照らした地政学的用語の部分的再検討
複合的な危機の中で世界情勢は変化し続けているため、われわれが使用する語彙・概念・思想の再検討が必要となっている。現代の特殊性は、資本主義的・市場的・金融的グローバリゼーションによって引き起こされた「歴史的な転換点」にあるため、かつての時代から受け継いだ用語の使用を明確にすることは根本的な問いを立てる助けとなる。
「第三世界」という言葉は、「日欧米の帝国主義ブロック」と「ソ連ブロック」との関係で定義されたものであるため、時代遅れになっている。これは「グローバル・サウス」などに置き換えられてきたが、明確な再定義が必要である。
「亜帝国主義」という概念は、ラテンアメリカにおけるブラジルの地位のように、第三世界内部の権力関係を考慮するために考案されたが、これはそれらの国々が地域警察の役割を果たし、古典的な帝国主義(この場合はアメリカ)の代理を務めることを意味していた。今や石油産出君主国や南アフリカを含むそれぞれの「橋渡し」国家は、こうした役割だけでなく、国際舞台で自らのカードを切り、自国の支配階級の利益を守る立場にあることは明らかである。
「南」の地政学的な範囲や名称については、「階級関係」という視点と組み合わせることが不可欠である。私は現在、「帝国主義諸国」よりも広い概念である「支配国」に対するものとして、「被支配国」あるいは「従属国」という用語を好んで使っている。
大資本主義国は帝国主義である
中国(と程度は異なるがロシア)の世界的な展開により、帝国主義の多様性は質的に増大した。新自由主義的グローバリゼーションは、ライバル関係にある帝国主義間の相互依存の深化、強力な「超国家的資本」の発達、(不安定なようだが)民間資源からの通貨創出の試み、帝国主義国家による主権的責任の一部放棄と民間セクターへの委譲(戦争における民間軍事会社など)といったグローバルな支配システムの再編を引き起こした。
こうした変容によって、「古典的」な帝国主義はもはや存在しないと結論づけることができるかもしれない。アメリカについても、その相対的な衰退に加え、国際環境の変化、国内統治の危機は非常に深く、無傷ではいられない。
アップデートは必要だが、「帝国主義」という概念は死守されるべきである。その使用範囲の時間的・空間的拡大を定める必要があるにせよ、少なくとも一つ明白なことがある。それは「すべての大資本主義国は帝国主義である」ということだ。帝国主義は必然的に自国の投資、影響力、軍事展開を守る。アメリカだけでなく、中国やロシアもそうしている。
ウクライナへの侵攻と、プーチンによる「汚い」タイプの戦争は、モスクワがそのためにどこまでやるつもりかを示している。ミャンマー人民は、西側諸国から意味のある援助を受けられないまま、軍事政権の壊滅的な暴力に直面している。しかし、北京はこの軍事政権を支援し、ロヒンギャの虐殺が起きたまさにその地域で投資をおこない、港を建設している。中国は(ロシアと同様に)殺戮的なミャンマー政権の主要な支持者の一つであり、経済的・地政学的な結びつきを強め続けている。習近平は自らの手を血で染めることを厭わず、中国の帝国主義には慈悲深いところなど微塵もない。しかし、これらの明白な事実は、左派の中の「陣営主義」的な潮流によって、疑問視されたり、不当に相対化されたりしている。
プーチンのロシアには世界的な覇権の野望を叶える手段はないが、東欧や地中海という自国の勢力圏で覇権を押し付けるためにはあらゆる手段を講じている。中国の指導部に関しては、新興勢力(中国)と既成勢力(アメリカ)の衝突が世界情勢の「構造的」要因の一つになるほど、世界的な覇権の野望を顕示している。
ロシアや中国の国際的役割は、植民地支配の過去に根ざしておらず、被支配国に対して歴史的に支配してきた帝国主義に代わる選択肢を提供しているので進歩的であると考える人々もいる。国家の二つの行動領域をそのように切り離すことはできない。国家の政策は、その階級的性格、資源と手段の性質、権力構造の特殊な構成によって形作られた同一の視点から生じるからである。
ロシアと中国の歴史的軌跡の共通点と相違点
ロシア革命と中国革命の歴史的軌跡は、支配的な世界秩序との最初の決別の条件、革命から生じた社会の性質、革命が危機に陥った理由、世界資本主義秩序への再統合の条件、新しい帝国主義勢力としての再浮上といった共通の理論的問いを投げかけている。
ロシアと中国の共通点は、ユーラシア大陸で最も大きな二つの国であるということだ。しかし、地政学的な重心と特権的な影響圏においては異なっている。両国は同じ方向を向いてはいない。
歴史的に、ロシア帝国はシベリアを広大な後背地とするヨーロッパの大国だった。中国はアジアの大国であり、その干渉範囲は中央アジアから北東アジアに及ぶ。北京は、モスクワが自国の帝国主義的遺産の一部と見なしている中央アジアで影響力を拡大している。この中国の台頭により、この地域の国家はロシアへの依存を減らし、地政学的な選択肢を広げることが可能になった(カザフスタンなど)。
スターリニスト支配下のロシアは、毛沢東主義の中国を対等な存在として認めたことは一度もなかった。モスクワにとって、中国は衛星国でなければならなかった。中国共産党はこれを受け入れることができなかった。今日、中国の力がロシアの力をはるかに上回るという「力の均衡の逆転」が起きているが、プーチンはそれを認めることができない。
20世紀初頭、ロシアと中国の社会は「不均等かつ複合的な発展」と呼ばれる特徴を備えていた。ときには強力な労働者の集中をともなう工業化の拠点が、ほとんど「近代化」されていない広大な農村世界からの労働力を引き寄せていた。この二つの国において、共産主義運動は当初プロレタリアート(およびインテリゲンチャ)に向けられていたが、やがて農民が革命において果たしうる役割という問いが浮上した。少なくとも、この問いへの回答が議論の対象となったことは間違いない。
ロシアの不均等かつ複合的な社会構成は、明らかな違いを超えて、ロシア帝国を近代中国に近づけるものである。ロシア革命は「第三世界」の革命サイクルを切り開き、中国革命がそれを力強く延長させたと言える。両国の革命プロセスを分析する上での永続革命理論の有効性は、ロシアと中国のプロセスが多くの共通点を持っていたことを示している。
ロシアと中国は、実際には二つの異なる歴史的発展経路に属していて、これが深い政治的・文化的影響を及ぼしてきた。ロシアは非常に特殊な形だが、封建制から資本主義への長い移行をともなうヨーロッパの系統に組み込まれる。中国帝国の時期は、歴史の複線的な概念における「アジア的生産様式」に由来し、中央集権的な国家官僚制が灌漑を含む大規模な工事の実施にその正当性を置いていた。中国は、都市ブルジョアジーが最も発達した非西欧諸国の一つだったが、帝国の権力がそれを支配し続けていた。「アジア的生産様式」という理論的枠組みによって、中国の歴史を「後進性」や「遅れた発展」という観点だけではなく、理解することが可能となった。中国は多くの分野(発明、都市開発など)で先進的だったからである。
毛沢東主義の官僚制が帝国官僚制の社会学的な継続ではなかったとしても、過去の役割から一時的にある種の正当性を引き出すことができた。中国では国家権力が中心であることは長年の明白な事実であり、国家権力を確保したという事実はまさに「天命」に値するものだった。大衆的・革命的闘争の経験も豊かで古く、19世紀最大の社会運動とされる「太平天国の乱」まで遡ることができる。 (つづく)
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