横山晋さん急逝によせて

佐藤 隆

 5月6日夜、私のスマホにSMSが入ってきた。「横山晋さんの死亡の知らせが妹さんからあった」という内容だった。
 三里塚、山谷、東京北西部地域の労働運動や反戦運動を精力的に、献身的に担い続けてきた。私より2、3歳若いはずだが、正確な年齢は知らなかった。
 いつだったか。東部地域で開かれた屋内集会が終わり、お互いに定年後の去就を話したことがある。現在の職場に好条件で残れると言っていた。最後に姿を見かけたのは今年4月7日、文京区民センターでの横堀合宿所裁判の集会。特別に親しい間柄ではないが40年来のつながりである。

学生服と「共青同」腕章

 彼の鮮烈な姿が目に焼きついている。80年代初頭の頃の渋谷駅前での情宣。黒い詰襟の学生服を着て、「共青同」の真紅の腕章を巻いてビラを配っていた。自身の基幹所属組織を明かし、元気いっぱいに通行人に呼びかけていた。私は高卒後の職場でオルグをされたので、学生服での登場などあり得なかった。
 山谷労働者福祉会館の建設では、彼が猫車を押して楽しそうに働いている写真があった。スクラムデモをやれば、指揮者として前面に出て力強く部隊をけん引した。「奴は根が好きなんだよな」。他の同志の言葉に私は共感の苦笑を返した。
 少年時代。柔道を習うために地元の警察署の道場に通い、機動隊に入るつもりだったとも聞いた。都内の私立A高校で彼は、クラスメートを学生運動から引き離そうと押しかけて、逆にオルグされてしまったという。その出身高を今回知った。奇しくも私も同校を受験し合格したが、わが家に私立高に入学する経済的余裕はまったくなく、都立高に進んだ。そして私は社会運動とは無縁の高校生活を送った。
 いつだったか。首相官邸に迫る行動で、阻止線を張る機動隊員に彼はたった一人で敢然と抗議していた。そのうち仲間たちは三々五々散らばったが、彼の姿が見えなくなり「逮捕されたのでは」と心配した。

涙は、そうそう出ないが

 いつでもカメラを首から下げていた。山谷地域では、支援者とはいえ第三者がやたらと撮影できない厳しい不文律がある。彼が長い年月をかけて、闘いの現場で盤石の信頼関係を築きながら記録したであろう膨大な作品群に、私もいつかは触れてみたいと思う。
 冒頭のSMSでの悲報を、私が地域で活動している団体のMLに流すと、山谷で彼が親しかった女性から、短い文章が寄せられた。以下はその一部である。
 「横山晋さんの突然の訃報に、私も愕然としています。訃報に触れて、ショックだとか残念だとか思っても、そうそう涙までは出ないものですが、今回ばかりは泣いてしまいました。山谷も変質し、ベテランの支援活動者が次々と去るなかで、横山さんが残っておられたことが、私にとって関わり続ける支えでした」。彼女の言葉で私も初めて涙を流した。

どうしても真似できない

 彼の通夜の席では、新時代社の幹部たちがひと塊になって酒を飲んでいるのを横目に、私はたまたま前述の女性と同じテーブルに就いた。おかげで生前の豊かなエピソードを知ることができた。
 写真家であり、ギタリスト、そしてゲーマーでもあったという。仕事と活動の両立が彼の体を蝕んでいたのか。血圧が最高200にも達したとも聞いた。
 さぼり上手の私だから、どう頑張っても追いつけない、絶対に真似のできない活動量と人脈。運動に対する誠実さと謙虚さ。人を観察するような沈黙と呼吸。はにかむような、いたずらっぽい笑顔。心身ともに健康そうで、人民を組織するためのあるべき姿を示す、見本となるような人物だと思っていたのに。
 彼が最後に訪れたスーパーに、先日私は一人で訪れた。酒や生鮮食品が所狭しと並び、通路は極端に狭い。日雇い労働者と思われる男性がジャージのポケットから千円札を鷲づかみにし、チェッカーの女性に突き出していた。
 この店のどのあたりで倒れたのだろうか。暑い日に、仲間のためにアイスクリームを買いに出かけ、そのまま二度と戻ってはこなかった。

最後まで、仲間のために

 日本堤の街は、玉姫稲荷の夏祭りの準備に追われていた。軽快な祭囃子がスピーカーから流れ、神輿が道路に運び出され、花掛掲示板の設営が進んでいた。住宅の玄関先には紫陽花が咲き、法被姿の関係者が忙しそうに動いていた。
 何年も何年も下町の風景に囲まれ、溶けこみながら、底辺の労働者と共に過ごしたのだろう。私にとって彼は大きな存在だったが、近い存在ではなかった。
 悲報の度に、追悼の筆を取ろうとするものの、いかにも相手のことを知っているとひけらかすようで、迷いが消えない。彼の存在に相応しい書くべき、語るべき、そして彼を愛した人材が何人もいるはずで、私などが貴重な紙幅を使っていいのか。
 横山晋さんが生涯かけて通い続けた山谷の地から旅立ったことは、彼自身と、仲間たちの、せめてもの慰めだろうか。合掌。(6月10日記)

週刊かけはし

購読料
《開封》1部:3ヶ月5,064円、6ヶ月 10,128円 ※3部以上は送料当社負担
《密封》1部:3ヶ月6,088円
《手渡》1部:1ヶ月 1,520円、3ヶ月 4,560円
《購読料・新時代社直送》
振替口座 00860-4-156009  新時代社